01.突然の打診
本日3話目です。
ゴードン大魔道具店の二階の、革張りのソファが置かれた応接室にて。
紺色のロングスカートスーツを着て白い手袋をしたオリビアが、向かいに座る若い男女に、黒いビロードのトレイに並んだ指輪を見せていた。
「こちらにあるのが、今流行りの形になります」
「まあ! どれも可愛いわ! こんなのどこの店にもなかったわ! これ全部オリビアさんがデザインしたの?」
「はい。私が担当させて頂きました」
「なんて素敵なのかしら……。台座に模様が彫ってあるのね」
「はい。これは蔦の模様ですが、花や星など、お好きな模様に変えることもできます。石はお選び頂けまして、ここにはめ込んであるのは解毒作用を付与した魔石になります。……試しにつけてみますか?」
女性が目を輝かせた。
「いいんですか!」
「ええ。もちろんです」
手袋をした手で、女性に指輪を渡すオリビア。
女性は右手の薬指にその指輪をはめると、うっとりとした顔になった。
「素敵……。細身だし、普段着けていても邪魔にならなそうね」
「はい。今年に入ってから流行り始めた形でして、従来の台座の上に石を乗せる形とは違い、石が金属部分に埋め込んでありますから、普段着けていても引っかかりません」
「石はどんなものがあるの?」
オリビアは、棚から小さなショーケースを取り出してきた。
中には色とりどりの小さな魔石が並べられている。
「指輪ですと、このあたりと相性が良いと思います」
「まあ! こんなに!? ねえ、見て! あなたの瞳と同じ色があるわ!」
「ああ。本当だね。こっちは君の色だ」
仲睦まじい様子で石をながめる若い男女。
順に魔石の説明をしていく笑顔のオリビア。
――そして、一時間後。
店舗一階の入り口で、オリビアは二人を見送っていた。
満面の笑みを浮かべた女性が、オリビアの手を握った。
「本当にありがとう! 貴女のところに来て正解だったわ!」
「私からもお礼を。良い品を彼女に贈れそうです」
男性もニコニコしながら帽子に軽く手をかける。
オリビアはにっこりと笑った。
「ありがとうございます。そう言って頂けると励みになりますわ。今後ともゴードン大魔道具店をよろしくお願いします」
*
楽しそうに馬車に乗り込む二人を見送った後。
オリビアは元居た応接室に戻った。
鍵付きの戸棚の中から、先ほどの女性が選んだ指輪のサンプル、リングゲージ棒、魔力での加工が可能な魔金属の三つをトレイに出すと、隣の作業部屋に移動する。
(※リングゲージ棒:指輪のサイズを測る棒状のもの)
作業部屋にいた仲の良い先輩女性魔道具師が顔を上げた。
「あら。オリビア。付与?」
「いえ。金属加工の方です。お時間がありましたら、少し見て頂けませんか」
「ええ。もちろんよ」
オリビアの横に並ぶ女性魔道具師。
オリビアは軽く息を吐いた。
「では、金属加工、始めます」
――この一年間。
彼女は必死で技術を磨いた。
先輩魔道具師達を見て、自分が知らない技術がまだまだあると痛感したからだ。
先輩に教えを乞い、ゴードンに「お前いい加減に休め!」と怒られるまで、フラフラになりながら何度も練習。
その結果、オリビアの技術は一年前とは比べ物にならないほど向上していた。
先輩に見守られながら、手際良く金属に魔力を通し、リングゲージ棒に巻き付けていくオリビア。
その上からゆっくりと模様を刻んでいく。
「できました」
出来上がったリングを指でつまんでしげしげとながめる女性魔道具師。
オリビアに微笑みかけた。
「……うん。よく出来てるわ。魔力の無駄もない。完璧よ」
「ありがとうございます!」
照れたように笑うオリビア。
そこに、眼鏡をかけた青年魔道具師が現れた。
「お、これ、オリビアが加工したのか」
「はい」
「凄いな。普通一年でここまで上達しないよ。――でさ、オリビアの上達を祝って、今夜食事にでも行かない? 俺、おごるからさ。良い店あるんだ」
意味不明なナンパをする青年魔道具師を、白い目で見る女性魔道具師。
オリビアは申し訳なさそうな顔をした。
「すみません。今夜仕事が終わったらゴードン店長に呼ばれているんです」
「え? そうなの? じゃあ、それが終わった後にでも……」
「いつ終わるか分からないんです。本当に申し訳ないです」
すみません。とぺこりと頭を下げるオリビア。
固まる青年魔道具師を尻目に、『行きなさい』とジェスチャーする女性魔道具師に会釈すると、足早に部屋を出る。
そして、隣の部屋の棚にトレイをしまいながら、心の中で呟いた。
(ふう。色々あるけど、毎日充実していて楽しいわ)
半年前。オリビアはゴードンに呼ばれて指輪のデザインを依頼された。
「知り合いが結婚するんだ。作ってやってくれ」
この国では、結婚の際に男性が女性に付与付きの魔石宝飾品――主に指輪を贈る習慣がある。
ゴードンの知り合いは、世界に二つとないデザインの指輪を贈りたいと思ったらしい。
オリビアは張り切った。
流行りを調査し、何日も考えて作った指輪は、独創性に溢れた美しい出来で、男性は大喜び。
贈られた女性が自慢して歩いたことから、「ゴードン大魔道具店には素晴らしい宝飾品を作る凄腕の魔道具師がいるらしい」という噂が拡散。
オリビアの元に宝飾品を求める客が来るようになった。
徐々に増えていく顧客に丁寧に対応しながら。夜な夜なデザインに没頭する日々。
お陰で、義実家とヘンリーについては、ほとんど思い出さなくなり、不眠や悪夢に悩まされることもなくなった。
忙しくも充実した日々を送りながら、オリビアはいつしか思うようになった。
いつか父親のように私も自分の店を持ちたいな。と。
(……まあ、まだまだ先の話だけどね)
王都に店を持つのはとても難しい。
人も多いが、競合店も多い。
新しい店が立ちあがっては潰れる様を、何度も見て来た。
(店を持つからには、しっかり技術を磨いて、準備しないと。あと五年はここで頑張って働かないとね)
実に堅実で真面目なオリビアらしい考えである。
だから、その日の夜、ゴードンに
「お前さん、店を持つ気はないか?」
と、言われ、
「……え?」
彼女は持っていたティーカップを落としそうになった。
(え? 今なんて……? み、店?)
目をこれ以上ないほど見開くオリビアに、「目が飛び出そうだぞ」と、面白そうに言うゴードン。
オリビアは思わず彼に詰め寄った。
「ちょ、ちょっと待ってください。店って、私個人の店ってことですか?」
「おうよ。まあ、扱い的には、うちの『姉妹店』にはなるけどな。まあ、早い話が住み分けだな」
「住み分け」
思わず繰り返すオリビア。
ゴードンが腕を組んでソファの背もたれにもたれかかった。
「お前さん、うちの店の主要顧客が誰だか分かるか?」
「富裕層の男性とそのご家族、ですよね」
「その通りだ。だから、品ぞろえも店の作りも、全て彼ら好みにしてある」
そうですね。と、頷くオリビア。
店の内装や調度品は、全てそういった男性や家族が好みそうなものばかりだ。
「だが、この店には、最近別の種類の客が増えて来た」
「若い女性、ですか」
「そうだ。お前さんのデザインした魔石宝飾品目当ての客だ。俺の予想では、お前の作る魔石宝飾品はまだまだ伸びる。だが、この店舗で売る限り、早い段階で頭打ちになるだろう」
オリビアは考え込んだ。
確かに若い女性が来にくい雰囲気の店ではある。
ゴードンの「早い段階で頭打ちになる」というのは当たってるかもしれない。
「それで姉妹店ですか」
「おうよ。こういうのは住み分けた方が、双方売上が上がるからな。――それに、まあ、お前にこっちで店を持たせてやりたかったっていうのもある」
最後は聞こえないくらいの小さな声。
その声が聞こえていないフリをしながら、オリビアは思った。
もしかして、ゴードンは父の店が乗っ取られたことを気にしているんじゃないだろうか。と。
(ゴードンさんのせいじゃないわ。力不足だった上に連絡すらしなかった私のせいよ)
しかし、責任感の強いゴードンのこと。
口にこそ出さないものの、何もできなかったことを後悔しているのかもしれない。
「どうだ。悪い話じゃないだろ。やってみないか」
真剣な目でオリビアを見るゴードン。
彼女は息をついた。
本当なら、あと五年はここで働きたいと思っていた。
でも、ゴードンの言うことはもっともで、遅かれ早かれ店を分けなければならない事態になる可能性が高い。
それに、恩人ゴードンの期待に応えたいという気持ちもある。
オリビアは、覚悟を決めて頷いた。
「……分かりました。前向きに検討させて頂きます」
そうか! と、嬉しそうに笑うゴードン。
「今日はもう遅い。食事でもしながら相談といくか。うまい店に連れてってやる!」
「本当ですか? ゴードンさんの食の趣味は微妙って話ですよ?」
「何だと! よーし! とっておきの店に連れて行ってやるから、覚悟しておけ!」
明るく笑いながら部屋を出る二人。
その後。
二人はゴードン行きつけの、見かけは汚いが味が抜群な居酒屋で夕食。
飲み食いしながら、あれやこれやと相談。
翌日、街の空き物件を調べることになった。
伏線パート大体終了です。
明日3つ目の投稿から、義妹と元婚約者の結婚式がらみが始まります。




