人形と僕
「あなた、邪魔なのよ。」
そう言った彼女の蒼い瞳には嘲りの色が浮かんでいた。
「そうですか。」
僕の答えに彼女は不満げな様子だった。
「早くやめるって言ったらどうなの。」
「すいません、彼と一緒にいるのは、国からの指示ですから。」
「あなたのせいでみんな迷惑してるのよ、知ってるでしょう。あなたさえ居なければすべて解決するの、だから早く言いなさい、やめるって」
「・・・」
彼女の言葉に返答をしない僕に、彼女はとても苛立った様子だった。
「本当に日本って未開の国ね、あなたみたいなグズを送ってくるんだから。」
「話が終わったようならこれで。」
そう言った僕の頬を鋭い何かがかすめた。
それは彼女が投じたものだった。
「あなた一人どうこしたって私にはどうってことないわ」
そういって彼女は挑発めいた表情を浮かべた。
「さっさとかかって来なさいよ、いいわ、私は人形を使わなくてもあなたぐらい相手じゃないわ。もちろん、あなたはそのおもちゃみたいな人形を使ってもいいわよ。」
僕とて、感情を持った人間である。そもそも、この学園に入学すること自体不本意なものだった。補佐の対象である彼も、僕のことを恨んでいるようだった。父からの目立つなとの指示も相まって、これまでひたすらに耐えてきたが、今にも決壊を迎えそうになっていた。
そもそも、なぜこの学園において、渡された人形が蟹なのかが分からない。日本から遠く離れた地にあるこの学園に入学する目的は生体人形に関わる海外の技術を学ぶためだった。元々人形使いであった彼に与えられたのが、古来から伝わる技術と輸入された技術を持って作られた生体人形だったのに対して、僕が与えられたのは、機械人形だった、というよりどこから見ても蟹でしかなかった。開発者曰く前後左右に歩けるらしい。心底どうでもよかった。
そんなことをつらつらと考えるうち、怒りは収まったものの、釈然としない気持ちが心の中にむくむくと湧き上がってきた。このまま、彼女の誘いに乗って、好き放題してやろうかと思えて来た。
僕はまた直感的な人間だった。
「おい、蟹、親父に電報だ『ムチャクチャにしてやる』ってな」
僕はそう言うのと同時に、手に雷の槍を握った。
「どうしたの、ようやくやる気になったみた・・・」
彼女の言葉を遮るように、槍を投擲する。槍はそれ彼女の髪を少し焦がした程度だった。的を外した僕は、再び雷の槍を握った。
「な・・何よ、それ、まさかあなた自身が生体にんぎょグクッ」
彼女は話している途中で苦痛の声を漏らす。二回目の投擲は見事彼女の右肩を貫いたのだった。僕は感覚が戻ってくるのを感じるのと同時に、そう言えば彼女は、途中から最後まで、話しきれてないなぁと少し不憫に思った。
「来なさい、マクスウィくっ・・」
彼女はどうやら、このままでは、死ぬと感じたらしい。人形を呼ぼうとしたので、とりあえずもう一度投擲する。今度は彼女の首をかすめる程度だった。
とどめを刺さきゃなぁと思い、僕はもう一度投擲をしたが、何かに弾かれた。どうやら彼女の人形か現れたようだ。相手に出来ないこともないが、早く彼女にとどめを刺したいので、人形を再起不能にするために、人形に向けて空から雷を落とした。何も言わないのもアレかなと思い、
「神の裁きだ」
と叫んでみた。
彼女を見ると、再起不能になった人形を目にし、青ざめているようだった。昔から、落雷は的を外したことがないのだが、自分でとどめを刺した感じがないので、好きではなかった。
彼女にとどめを刺そうと再び槍を構えたところで、蟹がけたたましい音を挙げた。
「危険ヲ感知シマシタ」
その言葉が鳴り響くと同時に、蟹が鎧のように変形し、僕の体を包んだかと思うと、いつの間にか拘束をされていた。いくらもがこうとも動かなかった。びくともしないこの鎧に拘束される中、この機械人形が、鎧に変形すること、そして父が「使ってみたがびくともしなかった」といっていたことを思い出した。
びくともしないのは、鎧としての性能ではなく、使用者を拘束する性能のことだと今更納得したのだった。
彼女を見ると、その眼にはいまだ怯えを宿しながら、どこかほっとした表情を浮かべていた。僕は今後どうなるのかなとぼんやりと思った。