ボン・ボヤージュ~はるかちゃんのハロウィン~
ようち園に行ったら、いつもとちがった。おへやの中がおばけやしきみたい。まっくろの布がカベにはってあって、おりがみのカボチャやまじょ、おばけの絵をきりぬいたかざりがたくさんぶらさげてある。
「はるかちゃん、おはよう!」
あたしがびっくりして、かたまっていると、ゆみちゃんが、うしろから元気よくやってきた。上ばきにはきかえて、おへやのなかをのぞきこんで、大きな声をあげる。
「うわあ、これ、ハロウィン? はるかちゃん、すごいよー!」
あたしもあわててくつをかえて、ゆみちゃんにつづいた。
あたしがなっとくがいくように、カバンやぼうしをまっすぐにそろえておいていると、おしたくのじかんはいつも足りなくなる。『せきぐち はるか』とかいてあるチューリップのカタチの名ふだを、がんばってひだりむねにとめていると、たんにんのゆうな先生が、ピアノをひきはじめた。やっと名ふだをとめて、あたしはピアノのまわりにあつまっているみんなのうしろにいそいだ。おうたのれんしゅうのじかんだ。
なぜか、カイゾクさんと、やたらに体の大きいおひめさまが、シュニンのひろこ先生のとなりにたっている。だれだろう?
おうたがおわると、ひろこ先生が、みんなのまえにでてきた。
「きょうのハロウィンパーティを、みんなといっしょにたのしんでくれる、ボランティアのお兄さんがきてくれました。わたいそうすけくんと、いちむらすぐるくんです」
カイゾクのお兄さんは、わたいそうすけ、と先生がいったとき、小さく手をあげた。となりの大きなおひめさまは、いちむらすぐる、でおおきく手をあげる。もしゃもしゃのわきげが見えて、みんなわらった。おひめさまだけど、どうみても、お兄さんだ。
「ハロウィンパーティは、おうちの人たちが十時半にきてくれて、はじまります。それまでは、自由あそびです。自由あそびのとき、きょうは、ゆうぎしつはつかえません」
のどのあたりがきゅっとした。
おうちの人は、こない。
おばあちゃんはこしをいためていて、あたしのおくりむかえをするのでせいいっぱいだ。さっきも、かえりにおむかえにくるからね、といってバイバイした。お父さんは、しごとの日だ。お母さんは、ニューイン中だ。
パーティで、おうちの人と何かをしてください、といわれたら、あたしはどうしたらいいんだろう。
先生が「かいさん!」といって、みんながそれぞれ走ってじぶんのしたいあそびのところにいったけど、あたしはうごけなかった。かたまってしまった。
さっき、そうすけ、といわれたカイゾクのお兄さんが、あたしの目のまえでしゃがんだ。先生がしょうかいしてくれたあと、お兄さんたちは、ふくのむねのところに、バッジをつけていた。カイゾクさんのバッジには、そうくん、とかいてある。
「はるかちゃん、ぼくはこまっていることがあるんだけど、きいてくれる?」
「なんですか?」
「自由あそびって、なにをしたらいいのかなあ。みかん組さんにきたのははじめてだから、わからないんだ」
あたしよりこまっている人が、ここにいた。あたしはあとのことをかんがえて、こまっていたけど、この人は、今こまっている。こまっている人は、たすけてあげないといけない。
「いっしょにあそびますか。あたしはおえかきをしますけど」
あたしがいうと、そうくんはうなずいた。
「ありがとう。おえかき、します。じょうずじゃないけど。よろしくおねがいします」
あたしは、お絵かきのガヨウシがあるばしょと、一まいずつもらうルールをおしえてあげた。テーブルにガヨウシを持ってきて、はたと気がついた。
「そうくん、クレヨンないね」
「おえかきするの? ゆみもやる!」
ゆみちゃんがおどうぐいれからクレヨンをもって走ってきた。そうくんとあたしが、ならんでガヨウシをおいていたのをみて、そうくんのおとなりにじぶんのクレヨンをおいた。
「そうくん、ゆみのクレヨン、つかっていいよ」
その手があったか!
あたしはいそいでクレヨンをとってきて、テーブルにおいた。
「そうくん、あたしのクレヨンつかっていいよ」
ガヨウシをとってきたゆみちゃんが、ほっぺたをふくらませた。
「はるかちゃん、ゆみのいったこと、まねっこしてる!」
どうして、ゆみちゃんは、そんなふうにいうんだろう。どっちのをつかってもいいのに。こういうのを、むずかしいことばでいうと、ゴーリテキじゃない、っていうんだ。
「じゃあ、りょうほうから、かりるからね」
そうくんはこまったようにわらっていった。ゆみちゃんはそれでにっこりえがおになった。そうくんは、ゴーリテキな人だ。カイゾクなのに、えらい。
◇
ゆみちゃんは、お絵かきがはやい。あっというまに、三角やねの四角いおうちと、おうちより大きいチューリップと、チューリップとおなじくらい大きい女の子をかいて、二まい目のガヨウシをとりにいった。
あたしは、かきたいものがゆみちゃんとちがう。だから、ゆっくり、一まいのガヨウシをつかう。
「はるかちゃんはなにをかいてるのー?」
よこをとおった、まもるくんが、あたしの絵をのぞきこんだ。
絵をかいているときはあたしはおしゃべりしない。おしゃべりしていると、ゆがんでしまうのだ。
おへんじをするまえに、いまひいているせんを、ひいてしまいたい。それでいっしょうけんめい手をうごかしていたら、まもるくんがまちきれずにいった。
「しかくがいっぱい。ビルかなあ」
ちがうので、あたしはくびをよこにふった。
「じゃあ、たいる?」
「はるかちゃん、ほんがすきだから、ほんじゃない?」
みんなが口々にあたしのえをのぞきこんで、すきかってなことをいう。あたしはこまって、かたまってしまった。ぜんぶちがうし、さいごまで、かかせてほしいのに。
「できた」
あたしのとなりで、そうくんが、ひとりごとみたいにいった。みんな、いっせいに、そうくんの絵をみた。そして、みんなわらった。
なぜかって、そうくんは、じぶんでいったとおり、すごく絵がにがてみたいだったから。
そうくんの絵は、みずいろのもしゃもしゃしたものと、オレンジのちいさくてくるくるしたものが、ガヨウシいっぱいにひろがっていた。
「これ、なんだー!?」
まもるくんがたのしそうに大声をあげた。
「ええと、何に見える?」
みんな、てんでバラバラにそうくんの絵をあてようとした。
「くじら!」
「もつれた、けいと!」
「かきごおり!」
「きんぎょ!」
そうくんは、にこにこしながら、くびをよこにふっていた。
「ぜんぶ、はずれ」
あたしは、その大さわぎのあいだに、かきかけだった絵をしあげることができた。ひつようになったフェルトペンをとりにいって、もどってくると、みんなは、ひろこ先生にさそわれて、おにごっこをしにいってしまったところだった。
「はるかちゃん、かけた?」
一人でのこっていた、そうくんが、やっぱりにこにこしてきいてくれた。そのとき、あたしは気がついた。
さっき、そうくんは、あたしがみんなにシツモンされてこまってたのに気がついていたんだ。だから、そうくんの絵のクイズをはじめて、みんなをあたしの絵から、はなしてくれたんだ。
カイゾクなのに、いい人だ。
「おなまえをかいたら、かんせい」
あたしがいうと、そうくんは、あたしにじぶんの絵をみせた。
「はるかちゃんは、これ、何だと思う?」
あたしはその絵をまじまじみた。みずいろのもじゃもじゃ。オレンジのくるくる。まったく、わからない。くじらでも、もつれたけいとでも、かきごおりでも、きんぎょでもない。
うーん。
あたしがくびをかしげてかんがえていると、そうくんはこまったようにいった。
「クイズじゃないんだ。こたえ、いってもいい?」
「いいよ。おしえて」
「おそうめんに、かんづめのみかんがちょこっとのせてあるやつ」
「えーっ? そうくんち、おそうめんに、かんづめのみかんのせるの?」
「のせるよ。はるかちゃんちはのせないの?」
ふしぎそうなかおできかれた。
「のせない」
「そうか。ところで、ぼくの絵はぜんぜん、おそうめんにみえない。こまったなあ」
そうくんはしょんぼりしている。大きなお兄さんで、カイゾクなのに、ヘンなの。あたしは、だいじなことをおしえてあげた。
「そうくん、めんつゆをよこにかいてないからだよ。そうくんちのおそうめん、みかんのうえからめんつゆはかけないでしょ」
「ああ、そうか。うん。めんつゆは、べつ」
そうくんはにっこりして、ちゃいろのクレヨンをとった。あたしはもうひとつ、だいじなことをおしえてあげた。
「そうくん、めんつゆには、うつわがいるんだよ。つゆをかくまえに、うつわをかかないと」
そうくんはしんけんなかおでうなずいた。
「たしかに、そうだね」
あたしはフェルトペンをとった。それから、そうくんはめんつゆをかいて、あたしはだいじなお名まえをかきおわった。
字がだいぶ早くかけるようになったから、お絵かきがはかどる。れんしゅうはだいじだ。あたしは本をよむのがすきだから、かん字もすこしならよめる。でも、よめるのと、かけるのは、またべつだ。
「はるかちゃんの絵は、なんの絵?」
「お名まえ、かいてあるじゃん。これは、JR313系だよ。オレンジとアルミカラー。オレンジとみどりは、JR211系。こっちのあかいのは、けいきゅう2100形、こっちのあおいのはなんかいラピート」
せつめいしようとすると、あたしのあたまの中はあたしの口をおいこしてしまう。だから、ほかの人からは、いつも、はるかちゃんは早口だといわれてしまう。あたしは、そうくんのかおをよこ目でちらっとみた。そうくんもあたしを早口だと思っているかな。
そうくんは、まゆげのあいだにたてのしわをつくって、あたしの絵をみていたけれど、うん、と大きくうなずいた。
「ああ、でんしゃなんだ。これは、まんまえからみた、でんしゃのおかお?」
あたしはうれしくなった。これだけで、でんしゃとわかってくれた人ははじめてだ。
一ばんだいじなのをおしえてあげようとしたときに、ひろこ先生がむかえにきた。
「そうくん、はるかちゃん、ハロウィンパーティ、はじまるよ」
それから、ひろこ先生は、とっておきのひみつをおしえてくれた。
「はるかちゃん、おねがいがあるんだけど。じつはね、そうくん、ひろこ先生のムスコなんだ」
「えーっ! こんなに大きいのに?」
「そうなんだよ。きょうね、おうちの人とやるところあるでしょう。でも、ひろこ先生、みんなのひろこ先生だから、そうくんのめんどう、見てあげられないんだ。だから、よかったら、はるかちゃん、そうくんのめんどう見てあげてくれないかなあ」
「じゃあ、そうくん、あたしといっしょにパーティーいこう」
そうくんが、ひろこ先生のムスコさんなら、カイゾクだけどぜったいにフシンシャではない。あたしは、そうくんと手をつないであげることにした。
あたしはもうみかん組さんなのだ。こまっている人のことは、お手伝いしなくちゃ。
お父さんもお母さんもこられないなんて、ざんねんなパーティーだと思ってたけど、ちょっと、うきうきしてきた。
◇
ゆうぎしつでは、もう、年中さんのりんご組とみかん組が、おうたをうたうためにならんでいるところだった。おばけがでてくるたのしいおうた。おうちの人にきいてもらうために、ゆうな先生と、まいにちないしょでれんしゅうしていたのだ。あたしはそうくんの手をはなして、いそいで、ゆみちゃんのとなりに走っていった。
おばけのおうたは、おうちの人にも大こうひょうだった。そうくんも、にこにこして見てくれていた。あたしのことを見てくれていたと思うな。
年長さんが、かぼちゃ大王がでてくるおゆうぎを見せてくれて、それから、きょうのいちばんだいじなプログラムになった。
「みんなが、ようち園のはたけで、だいじにそだてたさつまいもを、PTAのおかあさんたちがむしてつぶしておいしいあじつけをしてくれました! きょうは、このさつまいもをつかって、スイートポテトをつくります。じゅんびができた人!」
園長先生がみんなにいって、みんながはーい、と元気におへんじした。これから、おうちのひとといっしょに、組のおへやにもどって、スイートポテトをまるめるのだ。あたしは、はりきって、おうちの人たちのところにいた、そうくんをおむかえにいった。
スイートポテトをまるめるのは、おべんとうのはんごとのテーブルにわかれる。おべんとうのはんは、なかよしのゆみちゃん、なぜだかいつもちょっといじわるなまもるくん、しっかりものできょうりゅうが大すきなりきくんといっしょだ。
あたしが、そうくんをつれていくと、ゆみちゃんが、
「はるかちゃん、いいなあ」と大さわぎした。
「ゆみちゃんは、パパがきてるじゃない。そうくんは、おうちの人とできないから、あたしがおしえてあげるんだよ。年少さんのときに、もうやって、しってるからね。うちは、お父さんもお母さんもこれないし」
あたしはむねをはっていった。
「パパはいつでもいっしょにできるもん。そうくんといっしょにできるのはうらやましい」
ゆみちゃんがふくれたので、ゆみちゃんのパパがしょんぼりした。
「どようびのあさから、パパ、ちゃんとおきてゆみのようち園にきたのに。このしうち」
「はるかちゃんも、ゆみちゃんも、しゃべってないで、手をあらってきなよ。エプロンもつけるんだよ」
りきくんにチュウイされてしまった。
「そうだぞ。はやくつくらないと、やいてもらうジュンバンがおそくなるんだからな」
まもるくんは、すぐ、りきくんのいうことに、つけたしたがる。あたしは、こういうのをなんていうかしってる。しりうまにのる、とか、ダソクっていうんだ。
手をあらって、エプロンをつけた。あたしのエプロンは、お母さんがつくってくれた、お気に入りの電車のがらだ。そうくんは、どこかでみたことのある、あかいエプロンだった。
スイートポテトを丸めていたら、ゆうな先生が、竹ぐしや、アイスのぼうみたいなうすい木のいたを、テーブルごとにくばってくれた。おうちの人たちにむかって、こうセツメイした。
「まるめたスイートポテトの上に、格子状にすじをいれると、おいしいこげ目がはやくつくんです」
そのどうぐをみて、あたしはひらめいた。
スイートポテトが、まるいおだんごじゃなきゃいけないって、だれがきめたの?
そんなりくつは、ないはずだ。
あたしが、ひらめきをいっしょうけんめいカタチにしていると、まもるくんがあたしの手もとをのぞきこんで大声でいった。
「はるかちゃんのスイートポテト、四角い! なんかヘン!」
「ヘンじゃないもん!」
あたしは竹ぐしをとると、ていねいに、四角いカタチにととのえたスイートポテトの上に、四角いもようをならべてかいた。
「はるかちゃん、電車だね」
やっぱり、すぐに気がついてくれたのはそうくんだった。そう。あたしは、電車のカタチにして、まどをつけたのだ。
「でんしゃなんてダメなんだぞ。まるくするって、きょねん、みちよ先生、いってたぞ」
まもるくんはムキになっていう。ひろこ先生がまほうみたいにやってきた。
「はるかちゃん、電車をつくったんだ。おもしろいね。まもるくんも、なにか、作りたいカタチある?」
「ゆみ、うさぎさんにする! パパはねこさんつくってね!」
「ぼくは、きょうりゅうのあしあとのかせきをつくる!」
ゆみちゃんとりきくんがたのしそうにいったので、まもるくんもかんがえこんだ。
あたしたちの話をむこうのほうできいていたゆうな先生が、
「一人に一つくばった、アルミホイルのカップに入りきるカタチなら、どんなカタチにしてもいいですよ。おうちの人ときょうりょくしてつくってね」
と、みかん組のみんなにむかってお話ししてくれた。それでやっと、まもるくんもなっとくしたみたいだった。
「じゃあ、オレは、ハンバーガーつくる」
おうちの人もてつだって、みんないっしょうけんめいつくっていた。
あたしははじめたのが一足早かったので、めずらしく、早くおわった。そうくん、ちゃんとできてるかな、あたしがお手伝いしてあげないといけないかな。そう思って見てみると、そうくんはやっぱり、クセンしている。てるてるぼうずみたいな何かをつくっているけど、頭のてっぺんがとがっていて、てるてるぼうずではないらしかった。
「そうくん、これ、何?」
「わかんない、かな。たいやきなんだけど」
「たいやき?」
いきなり、たいやきはむずかしいと思う。あたしはアドバイスしてあげた。
「さいしょからたいやきは、むずかしいよ。おさかなにしたら。しっぽ、もうすこし小さくして、うろこつけたら、おさかなにみえるよ」
いつも、カンセイがはやいゆみちゃんも、あっというまにうさぎのスイートポテトをつくりおわって、そうくんのてもとをのぞきこんだ。
「そうくん、ねんどもとくいじゃないほう? そうくん、なにがとくいなの?」
ゆみちゃんのいいかたは、ちょっとシツレイだと思う。
そうくんは、あはは、とわらった。
「ぼくは、おえかきもねんどもちょっとにがてで、足もおそいけど、一つだけ、とくいなことがあるんだ」
りきくんがこだわりぬいて、オルトミニムスのあしあとと、りきくんのお母さんがつくっていたティラノサウルスのあたまのほねの化石をしあげているあいだに、そうくんは、とくぎをひろうしてくれた。
「ゆみちゃんとパパが、うさぎと、ねこ。まもるくんとパパが、ハンバーガーと、おにぎり。りきくんとママが、オルトミニムス……って、きょうりゅう? の足あとと、あたまのほねの化石。はるかちゃんがでんしゃ。ぼくが、おさかな」
そうくんは、目をつぶった。
「みんなで、ゆっくり、十かぞえて」
あたしとゆみちゃんとまもるくんは、ゆっくり一から十までかぞえた。
「……じゅーう!」
そうくんは、目をあけて、にっこりわらった。
「できました!」
「なにがー!?」
まもるくんとゆみちゃんは、そうくんのそでをつかんでぴょんぴょんとびはねる。あたしは、そうくんを見上げてじっとまった。
「うさぎさんと、ハンバーガーくんが、ぼうけんにでかけることにしました」
「あっ! おはなしだ!」
「そうだよ。じゃあ、すわって、きいてくれる?」
みんな、いそいで、おべんとうテーブルのいすにすわった。あたしも、ブドウのマークがついているじぶんのいすにすわった。
「さいしょからね」
そうくんは、いままでずっとかぶっていた、カイゾク船の船長さんのぼうしをぬいだ。
◇
『うさぎさんと、ハンバーガーくんが、ぼうけんにでかけることにしました。おべんとうは、ねこのカタチのパンです』
ゆみちゃんがわらった。
「パパのねこさん、パンだって!」
『おふねにのって、でんせつの、きんいろのさかなをさがしにいくのです』
そうくんは、ぼうしをひっくりかえして、おふねのかたちにしてゆらゆらとゆらしてみせた。
『でも、おさかなはみつかりません。まる一日、さがしたけど、みつからないまま、うみのむこうぎしにたどりついてしまいました』
ぼうしのおふねは、そうくんのひざの上におりた。
『おべんとうのパンは、おひるにたべてしまいました。うさぎさんと、ハンバーガーくんは、おなかがぺこぺこです』
「ハンバーガーをたべればいいんじゃない?」
ゆみちゃんがわらうと、まもるくんが口をとがらせた。
「いっしょにぼうけんしているともだちを、たべるのかよ」
まもるくんのいうとおりなので、こんどは、ほかのみんながわらった。
『ふたりに、でんしゃがはなしかけました。きょうりゅうのかせきのかみさまに、あいにいってみたら? いいヒントをくれるかもしれないよ』
あたしのでんしゃだ。そうくんは、あたしを見てにっこりした。
『でんしゃは、ふたりに、おにぎりもくれました。おひるのえきべんの、うれのこりです』
「パパのおにぎり、うれのこりだって!」
まもるくんがはしゃいでいう。まもるくんのパパは、まいったなあ、というように、あたまをかいてみせた。
『おなかがいっぱいになって、げんきがでたふたりは、でんしゃにのって、さばくのおくの、きょうりゅうのあたまのかせきにあいにいきました。きょうりゅうのあたまは、こういいました』
「ティラノサウルスだよ!」
こういうことにはきっちりしているりきくんがテイセイする。りきくんもしあげをおわっていたみたいだった。いつのまにか、あたしたちのスイートポテトはすがたをけしていた。まるで、おはなしのせかいにのみこまれてしまったみたいに。
『……ティラノサウルスのあたまのかせきは、こういいました。きんいろのさかなを、みずのなかでさがしたって、みつかるわけがない。きんいろのさかなをさがすなら、きんいろのすなのうみにさがさなきゃ。そして、さかなをさがすための、すなのうみのちずをくれました。それは……』
いったんことばをきって、そうくんは、くびをかしげてりきくんをみた。
「ええと、りきくん、なんのあしあとだっけ」
「オルトミニムス!」
「ありがとう」
『……オルトミニムスの、あしあとの化石でできた、ちずでした。おしゃべりして、ともだちになれる、まほうのちずです。うさぎさんと、ハンバーガーくんと、まほうのちずくんは、すなのうみをすすめるふねにのって、ちずくんのいうとおりにすすみました』
そうくんは、また、ひざのうえのぼうしをさかさまにして、ゆすってみせた。
『ちずのばつじるしのところにきたので、ハンバーガーくんは、じぶんのあたまのパンを、すこしだけちぎりました。うさぎさんは、みみのさきっぽにパンをのせて、ふなべりから、ちょこっとたらしました』
そうくんがことばをきった。みんな、かたずをのんで、つづきをまつ。
『ぼふんっ!』
そうくんがいきなり大きな声を出したので、みんなびっくりして、それからまたわらった。
『おいしそうなパンにつられて、のこのこと、きんいろのさかながやってきたのです! ウサギさんはすばやくみみをひっこめて、ハンバーガーくんがさかなをキャッチしました』
みんな、はくしゅした。ついにさかなをつかまえた!
『でんせつの、きんいろのさかなをつかまえたいっこうを、ちからもちのやさしいでんしゃがまちまではこんでくれました。きんいろのさかなのしょうたいは、なんと、たいやきでした。それから、まちは、あさまで、たいやきパーティーでもりあがりました。おしまい』
「そうくん、すごい、すごい!」
ゆみちゃんがいすにすわったまま、たてにぴょんぴょん体をゆすった。
「ハンバーガーくんが、さかなをキャッチしたんだぜ」
まもるくんがむねをはる。
「ばしょをおしえたのは、ちずくんだよ」
りきくんも、なぜだか、ちょっといばった。
あたしは、ちからもちのやさしいでんしゃ、といってもらったのがすごくすごくうれしかったけど、どういっていいかわからなかったから、だまっていた。
「ずいぶん、このテーブルはもりあがっているわね」
ゆうな先生が、にこにこして、やきあがったスイートポテトをもってきてくれた。みんながそうくんのお話にむちゅうのうちに、オーブントースターでやいてきてくれたのだ。
◇
こんがりやき色のついた、スイートポテトは、ほっぺたがおちそうなくらいおいしかった。
あたしは、おはなしのおれいに、そうくんに、とっておきのことを二つ、おしえてあげることにした。
「そうくん、あたしのつくった電車、お絵かきのときに一ばん大きくかいた電車なんだよ。おなまえ、しってる?」
「ああ、ききそびれていたねえ。なんていうの?」
「カンクウ特急、はるか!」
「はるかちゃんの電車なんだ! かんくうのカンと、せきぐちのセキも、いっしょでしょ」
「そうだよ」
あたしはむねがいっぱいになった。カイゾクなのに、そうくんは、かん字のこともすぐにわかってくれた。べんきょうのできるカイゾクだ。
「それでね、こっちは、もっとほんとうのひみつ」
そうくんのそでをひっぱって、耳に手をあてて、ないしょばなしのやりかたで、あたしはいった。
「お母さんね、らいしゅう、タイインなんだ。おとうとといっしょに、かえってくるんだよ。きのうの夜、きまったばかりのお名まえ、けさ、お父さんがおしえてくれたの。はくと、っていうんだ。お父さんとお母さんがえらんだの、あたしがかんがえたお名まえなんだよ!」
「そうなんだ! おめでとう」
そうくんはあたしのかおを見て、にこっとしていってくれた。
「でも、どうして、そのお名まえをかんがえたの?」
そうくんも、そこまではしらなかったか。まあ、カイゾクだから、しかたがない。
「きょうとと、とっとりのあいだをはしっている、特急電車だよ。あたしも特急なんだから、おとうとも特急でなくちゃ。ほんとうは、おなじカンクウロセンのライバルの、ラピートがよかったの。でも、お父さんが、カタカナの名まえはだめだって。それに、ライバルだときょうだいげんかがふえそうだから、って」
そうくんは、くすくすわらった。
「そうか、せきぐちラピートも、いい名まえだと思うけど。でも、お父さんとお母さんがえらんできめたんなら、せきぐちはくとは、もっといいお名まえだね」
「うん。はくとが、りょこうできるくらい大きくなったら、お父さんが、はくとにのりにつれていってくれるんだ」
「へえ。いいねえ」
そうくんは、ちょっとまじめなかおになって、言った。
「はるかちゃん、きょう、ぼくといっしょにあそんでくれて、ありがとう。おれいに、はるかちゃんに、いいことばをおしえてあげる。フランスごだよ」
そうくんは、エプロンのポケットに入っていた、小さなメモちょうから、一まい、かみをやぶりとって、カタカナでかいてくれた。
「ボン・ボヤージュ」
「どういうイミ?」
「りょこうするひとに、いいりょこうになりますように、って、ごあいさつすることば。はるかちゃんがはくとにのるりょこうが、いいりょこうになりますように」
あたしが、人生でさいしょにおぼえたフランスごは、このことばだ。
そうくんのくれたメモは、おうちにかえったら、まっさきに、だいじなものをしまっておくたからばこにいれようと、あたしはこころにきめた。




