生タピオカとJC
「生タピオカひとつ、『中』でお願いしまーす!」
一人のJCが注文した。
タピオカ屋には似合わない、強面の中年店主が訝しむように、しかしどこか納得した表情で注文を繰り返す。
「生タピオカひとつ、『中』ですね? 本当にいいんですね?」
JCの表情は晴れやかだ。
「もちろんです! この日のためにダイエットもしてきたんですよ?」
「お客さん、初めてですよね? 知っているかもしれませんが、『中』で何が起きてもうちは責任はとりませんよ?」
「はい! もちろんです!」
店主はふむ、と頷くと、首を振って、顎で中に入るように指示を出した。
JCはそれはそれは生タピオカを楽しみにしているようだ。鼻歌を歌いながら、「中」に続く666段の階段を下りて行った。
JCの姿が見えなくなると、店主は「中」の店員に連絡すべく、マイクの電源を入れた。
「ブラボーから『中』全員へ告ぐ。ブラボーから『中』全員へ告ぐ。お前ら、久々の『中』の客だ! 気合入れて行けよ! オーバー!」
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666段の階段の先に出たJCは、『中』の広さに感心していた。
「ひっろーい! さすが生タピオカの聖地だ!」
目の前に広がるのは、テニスコート程度の闘技場である。
中央に白いテーブル、そしてパイプ椅子が二つある。その手前には体中に刀傷や銃創、ねじ傷、火傷などがある、どう見ても堅気ではない風貌の中年男性が4人立っている。
一番左にいる鉢巻をした大柄な男性が最後のチャンスだ、といった表情で声をかけてくる。
「ここから先は何が起きても自己責任ですぜい? 引き返すなら今のうちですぜい?」
「いいんですよ、わたし、早く生タピオカに会いたいです!」
鉢巻の男性はしぶしぶといった表情で他の3人に指示を出し、奥の鉄格子を開けていく。
鉄格子を開け終わった4人は、急いでその場から退散した。
しばらくすると、鉄格子の奥から、3メートルほどの黒っぽい球体がゆっくりと姿をあらわす。
JCは動きやすいように鞄と上着を隅に置くと、臨戦態勢を整える。
黒っぽい球体は開いた鉄格子を抜け、闘技場のテーブルの奥までやってきた。やがて二本の鎌状の突起物を2メートル程の高さで生成すると、コオオオオオオ、と呼吸するかのような音を立てつつ、強い殺気を放つ。
「螳螂拳ですね! その高さから鎌を振り下ろされると、さすがに当たると死にますね!」
人間でもないのに螳螂拳も何もあったものではない。
JCはパイプ椅子をつかみ、生タピオカに近づいていく。振り下ろされる2本の鎌をパイプ椅子でさばきつつ、ローキックを決める。
めしゃり、と弾力がありそうな体に似合わない音を立てて、生タピオカの下腹部が大きくゆがむ。
生タピオカが苦しげな声をあげつつ右の鎌を大きく振り上げ、JCめがけて振り下ろした。
JCはパイプ椅子で防ごうとしたようだが、思い直してパイプ椅子を放り投げ、大きく後ろに跳躍した。この時、いつでも反撃ができるように両手の構えを忘れない。初手はパイプ椅子に頼ったものの、JCはもともと拳法家である。
鎌に当たったパイプ椅子は、音を立ててひしゃげるかと思いきや、ひゅん、と降りぬかれた鎌によって、あっさりと二つに切断された。これこそが生タピオカの螳螂拳の威力である。人間でもないのに螳螂拳も何もあったものではないのだが。
右の鎌が大きく振りぬかれ、やや態勢が崩れたところで再び近づき、貫手を放つJC。
右の鎌の根元に貫手が深く突き刺さり、引き抜いたと同時にミルクティーが噴出する!
左の鎌の動きに気を付けつつ、JCは肘、裏拳、ミドルキックからのハイキックと攻撃の手を緩めない。ふらついた生タピオカからはさらにミルクティーが噴出する!
JCは大きく前に跳躍した。右の鎌に抱きついたJCは、生タピオカの腹部に両足を乗せ、体重をかけて踏ん張った。みちみちと音を立てていた右の鎌であるが、やがて根元から裂けてしまう。
さらに噴出するミルクティー! 驚くほど濃厚!
ごあああああ、と大きな声をあげ、失いかけた意識を取り戻した生タピオカは、残った左の鎌を使っての反撃を試みる。左のアンダースロー投法を思わせるように体を低くかがめ、左の鎌をJCに向けて大きく下から跳ね上げる! みたか人類、これが3メートル級の体格から放たれるサブマリンだ!
しかし、JCは一歩右にずれただけでこれを回避した。左の鎌の中央部に手刀を叩き込む。
JCは毎日の鍛錬で、この手刀を磨いてきた。その切れ味はもはや鋼鉄製のナイフといっても過言ではない。無論、生タピオカの左の鎌は為すすべもなく中央から切断される。
生タピオカの鎌からどんどん噴き出すミルクティー! これでほぼ無力化に成功した!
左右それぞれからどんどんミルクティーを噴出する生タピオカは、怒り狂ったように体をよじるものの、2メートル程の高さにある、左の鎌の付け根部分しか残っていないため、脅威はほとんどない。
JCは切り落とした左の鎌を拾い、暴れまわる生タピオカに近づいた。タイミングを見計らい、飛び掛かって兜割の如く鎌を振り下ろす。
「ほあちょおおおおおおおおおお」
生タピオカはこれまでの人生を振り返っていた。生タピオカだけに生タピオカ生とでも表現すべきだろうか。生まれた時には小さかった生タピオカであるが、見世物として戦わされ、何度も死地を経験してきた。最近は体も大きくなり、逆に人間を捕食する存在として、君臨するようになった。「中」に来る人間も少なくなり、少々退屈を覚えていた。確かに生タピオカは人間を食うことができるようになった。だが、本来は人間に食われる、弱い生き物だったはずだ。人間に食われていった両親! 兄弟達! ああ! 懐かしい顔ぶれがすぐそこに見える!
やがて生タピオカの無限に思われた回想も終わりを迎える。生タピオカに残された唯一の攻撃手段である、鎌の付け根が切り落とされた瞬間である。
ぶるんぶるん、と生タピオカはミルクティーを噴出しながら悶える。
やがて生タピオカは倒れてしまう。もはや闘技場はミルクティーまみれである。
「では、いただきます!」
JCは全身ミルクティーまみれになりつつも、生タピオカに馬乗りになり、ミルクティーの噴出部分に噛り付く。
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やがて生タピオカを頭からつま先まで堪能したJCは、鞄からタオルと着替えを取り出した。
着替えが完了し、店主達に感想を述べて帰路に就くJC。
「ごちそうさまでした。おいしかったです!」
命のやり取りをした生タピオカに感謝を忘れることはない。
生タピオカと人間、食うか食われるかの死闘は、今日もどこかで繰り広げられている。
終
※この物語はフィクションです。実在の人物や組織とは関係ありません。