後日談10
その日ヴェルニーナは、何度目かのシンとのデートを楽しんでいた。
仲睦まじげに手をつなぎ、お互いに指を少しばかり絡ませるようにして、市場の人混みを器避けながら並んで歩く。そろそろ見慣れてきたはずの市場の光景だったが、時折、短く言葉をかわしあっている二人は、それだけでずいぶんと楽し気だ。
ヴェルニーナが初めて来たときのことを思い出して、お菓子を買い求めていると、隣で少年が何かを買っていた。彼女は少し心配に少年を横目に見ながらお菓子を受け取り、だが口をだすことなくその様子を後ろから見守る。
少年は、青い石を受け取って、代わりに手に持っている小さな袋からお金をいくつかとりだして渡す。店の者は後ろのヴェルニーナをちらりと見てから、少年におつりを手渡した。少年は大切そうに石をポケットにしまう。そして首を振ってヴェルニーナを探し、後ろにいることを見つけると、何もいわずに彼女の手を握った。
あの石がほしかったんだ……
ヴェルニーナはお菓子を差し、少年がちいさな口でかじる様子を見ながら、ひとりで気持ちを高ぶらせる。
シンは彼女の手伝いをしたがるようになった。たとえば彼女が家で掃除をし始めると必ず近くによってきて手を伸ばし、自分もやりたいと彼女に示す。彼女は少年が自分の意思を表してくれたことに喜んだ。そしてついでとばかりに少年の手をとりスキンシップを楽しみながらやり方を教えていた。
シンはひとりでいるときにも家の掃除をするようになり、帰ってきたヴェルニーナがそれを褒めるために抱きしめるのが日課となっていた。そして彼女は少年に、毎日すこしばかりお金を与えるようになった。少年は二人で出かけても自分から物を欲しがる素振りを見せない。だが時折、市場にならべられた物を見ていることがあり、少年が自由に使えるお金も必要だろうと彼女は考えたからだ。
ヴェルニーナがシンのちいさな手の上にお金を置き、手を重ねて握らせる。すると少年はうれしそうに微笑んでニーナにありがとうを言ってくれ、彼女は安心し一緒に喜んだ。
その後、少年はいままで自分で何かを買うということはしていなかった。だが、初めて買い求めたものがヴェルニーナの目の色を連想させる青い石であった。
いつも一緒にいたい……とか?
ヴェルニーナはシンが自分のいない間の代わりとして、それを欲しがったのではないかということを考えた。彼女は、その思い付きに少女のように顔をあからめた。なんとも言えないくすぐったさに、やだやだとつぶやきながら、身をくねらせるように頭を振る。そして、すれ違う者の奇異の視線も平然と無視して、つないだ手をさらに強く握りしめ、少年を熱く見つめるのだった。
ヴェルニーナとシンは二人での外出を楽しんで、家に戻ってきた。
少年は買い求めた石を彼女に見せることはなかったが、きっと恥ずかしいのだろうと彼女は、気をきかせて触れないようにしていた。
――――――
「シン、お皿おねがい!」
「はい」
買ってきたスープを温めた鍋を手にもって、ヴェルニーナが言うと、少年がすぐに返事をする。大きさはほぼ同じだが、色と形が微妙に違う楕円形の皿をそれぞれの席に手早く並べる。
彼女の家は、高級品は別にして普段つかう食器は一人分しか用意してないものも多かった。ヴェルニーナは二階の倉庫がわりの部屋にあるはずの食器を使えるようにしようかと思いはした。だが、それぞれが使う食器はすでに決まったかのようにいつも同じで、ヴェルニーナはそのことがなぜかとても素敵に思えていた。だから特に食器が足りないということもないので、そのままにしていたのだった。
料理をすべて並べ終え、二人は食事を楽しんだ。
おいしいかとヴェルニーナが尋ねると、おいしいとシンが返す。少年の使える言葉は数を増し、ヴェルニーナは少年との交流が深みを増した気がして喜び、食事中に何度も言葉を投げかけた。
少年との短い会話がはずみだすと、ヴェルニーナは大胆になり始めた。自分の皿から料理をとって少年に差し出す。素直な少年はためらいがちに雛鳥のように口をあけ、彼女からの手から料理をもらう。そして少しうつむきながらそれを食べ、飲み込むと、今度は自分の料理を彼女に差し出してくる。
わ、わわ、うれしい!
少年が恥ずかし気に差し出す肉の一切れを、彼女は内心あたふたしながらも計画通りにほおばった。彼女の望むとおりの反応を的確に返してくれる少年に気をよくした彼女は、その効率の悪いやりとりを何度も何度も繰り返したのだった。




