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「ささ、どうぞお気になさらず」
そういわれても、ヴェルニーナにとって初対面の異性と会うのは緊張するものである。まして、今回は不意打ちだったため、一瞬気を抑えるのをしくじった。
まずい―――
リズリーは、内心で己の自制心の強さと商才を自画自賛していた。ヴェルニーナの気は間違いなくもれていて、あまりの圧力に一瞬動揺したリズリーだったが、強靭な精神力でもってそれを押さえ込んで平静を装っていた。
そして、いま問題の商品がまったく変わらず静かにたたずんでいるのを見て、自分の見立てが正しかったことを確認していた。あとは、彼女の容姿にどれだけ反応するかが問題だったが、こればかりは実際に見てみないとわからないのでそっとヴェルニーナに目配せをしてうながした。
リズリーの鬼気迫る迫力に、ヴェルニーナは己の失態を確認したが、後ろの気配からは動揺が感じられないのに驚いていた。しかし、気を静めるのに必死だったため表面上は落ち着いたそぶりであった。
ゆっくりと振り向いて、今回の商品を確認する。
黒髪黒目の美しい少年だった。見た目に意表をつかれたが、それよりもまず確認すべきことがあったので問いただす。
「まだ子供じゃないか」
「はい。ですので、大きくなるまでは控えてていただくことになります」
何を、というのはあえて言わない。
子供の売買では、そういった行為を目的とした契約は禁じられている。
「大丈夫なのか」
「法的にはなんら問題ございませんわ。詳しいことについてはまた後ほどご説明いたします」
リズリーは奴隷商としてはかなり清廉である、と知られている。今回の話のもってきかたと、前回の契約時のあれこれ踏まえて、彼女がそういうなら大丈夫なのだろう、とヴェルニーナは判断した。
改めて少年のほうを見やる。目鼻立ちの整った、かわいらしい顔をしている。風呂に入れられてからきたのだろうか、美しい黒髪は少ししっとりしていている。じっとこちらを見つめる眼をヴェルニーナは見つめ返す。
黒くすきとおった瞳からは、恐怖は一切読み取れなかった。長年の恋愛経験から、また対人戦闘の修行で培った技術から、それを確信できた。ヴェルニーナは少年の頭に手を載せる。すべすべして気持ちがよかったが、一瞬だけ気を抑えるのをやめてみたが、特に変化もない。
反応がなさすぎて逆に不安になったので、ちいさな顔を手の甲でさすってみる。ヴェルニーナにしてはかなり大胆な行動であったが、業務的ともいえる確認作業の流れだったので自分の大胆さに気づいていない。
やわらかくてすごく気持ちいい、とよこしまな意識が出てきたところで、少年は気持ちよさそうに目をつむった。手の甲を押し付けるようにしてみたり、指の付け根で押してみたり。少年がされるがままに身を任せてくるのをいいことにヴェルニーナは我を忘れてなでなすった。
なにこの子、めっちゃかわいい……
「うおっほん」
「は!」
永遠に終わりそうにない流れだったが、さすがに困ったリズリーが、わざとらしい咳払いで文字通りせき止めるのだった。