後日談7
「やあやあ、よく来てくれました!」
ティーネに二人が連れられて目的の部屋へ到着すると、待っていた男がにこやかに挨拶をしてきた。ヴェルニーナを見てもにこやかな態度をくずさない、珍しいタイプの男だった。
男は自己紹介もそこそこに本題にさっそく話題を移した。
「いやいや、急な話で申し訳ない。街についたのは最近と耳にしまして。ならば念のため早いうちがいいと思ったのですよ」
情報の出どころはリズリーらしく、いろいろと顔の広い男のようだった。
男はいくつかヴェルニーナに質問をしたあと、彼女に検査と研究の内容をいくつか説明した。ああ了解した、とヴェルニーナが同意をすると、さっそくとばかりにシンをつれて別室へと消えていった。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。ちょっと変わってるけどちゃんと信用できる人よ」
腕もたしかよと付け加えて、ディーネは不安そうなヴェルニーナに話しかける。大丈夫、とヴェルニーナは笑顔を見せるが、シンの不安そうな顔を思い出してどこか表情はぎこちなかった。ディーネは検査の予定を告げて、少々時間がかかることを伝えたが、ヴェルニーナは動く気はないようだった。
「終わったらちょっとくたびれてるかも。帰りにどこかに連れて行ってあげたらどう?」
「大丈夫かな……」
「検査の結果次第だけど、大丈夫よ。それに、あまり外には出ないでしょう」
せっかくだから楽しんで来なさいよ、とディーネは言う。
ヴェルニーナがシンと外出をためらうのには理由があった。
奴隷になるのは様々な事情がありえるが、それをさておいて、奴隷自体は権利を制限された存在として一般に受け入れられている。しかし、子供の奴隷については、かつて非常に人道的によろしくない行為が大いに問題になった時期があり、現在はそれなりに保護がされている。
とくに獣と人間の領域の境界線上に位置する都市国家群では、常に外敵の脅威にさらされていることからか、人間としての結束が他の地域より強い。また子供は大切にするという価値観も他より強く持っていた。少なくともただの建前として踏み倒せない程度には。
子供を亡くした、もしくは恵まれなかった夫婦などがその代替として所有することは、頻繁ではないがよく聞く話であった。しかし、ヴェルニーナのような一人者が異性の子供を所有するのは、大っぴらに喧伝するのは気が引けるのだ。
真面目なヴェルニーナはそういった意識を本来もっている。
また、腕輪を隠せばばれないが、逆に見せることがシンの安全にもつながるので万一のことを考えるとそれもしにくい。
そういった趣旨のことをヴェルニーナが話すとディーネは気にしすぎだという。
「ばかね、あなたたちの様子を見てたら問題ないわ」
実際にひどい扱いをしているならば話は違うが、少年のヴェルニーナへの態度から、どういった扱いを受けているかは傍目にあきらかだった。だから堂々と連れて行けばよいという。
なお、家での二人の様子は別の意味で心配ではあったが、少なくとも今は分別を保っていることをディーネは勘で察知しており、特にその点には触れない。
ヴェルニーナはそれを聞き、ならばと前向きに検討し始めた。ディーネはそれから人に呼ばれ、検査結果の説明には立合うことを告げて席をはずした。
ヴェルニーナは一人になって、殺風景な部屋の棚に置いてあるよくわからない器具に目をやりながら思案する。
さっきは長々とディーネに理由を説明したが、つまるところ、自分はシンを他の女にあわせたくなかっただけではなかろうか。その証拠に、ディーネへのシンの態度を見てあの子と街へ出かけるのも楽しそうだと思えるようになっている。
わたしは自分勝手だ……
ヴェルニーナは自分の心の動きを自覚して、自責し、シンを遊びに連れいってあげようと決めたのだった。




