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後日談6

 ヴェルニーナは、その日の朝もいつものように少年より早く起床した。


 たいていの場合、彼女が目覚めると大切な黒髪の少年は、彼女の隣で寄り添うように眠っている。静かな寝息をたてるシンの寝顔を愛でるのは、すでに彼女の日課となっており、仕事に向かう彼女の重要な活力源であった。


 しかしその日は休日であり、外出までの時間は十分あった。ヴェルニーナは少年を起こさないように注意しながら、存分にその寝顔を堪能していた。


 ああ……幸せだなあ


 枕に頭をうずめたまま、ヴェルニーナはシンの寝顔を見てそう実感する。

 しばらくそうして眺めてから、細心の注意を払いながらつないでいた手を離す。ベッドを揺らさないように徐々に半身になり、片手を少年の顔へと伸ばす。そして、ゆっくり手を近づけていき、指をそろえたその甲で少年のほほに触れ、さするようにしてやさしくなでる。滑らかでいつもよりひんやりとした肌の感触が彼女の手に伝わってくる。


 少年がまだ目を覚まさないことを確認すると、ヴェルニーナは少し大胆になって、親指をすこし開いたかわいらしい唇へとのばして、力を入れないようにわずかに触れさせる。そのまま一度、二度とゆっくりなぞり、その柔らかさを楽しむように確認する。そのまま動きをとめると、ゆっくりとしたリズムで上下する少年の胸の動きにあわせ、息が手にかかり彼女の手を少し湿らせた。


 ヴェルニーナは、空いているほうの手の指を自分の唇へあて、同じように二度なでる。昨夜寝る前の、少年との交流を思い出し、彼女の体がすこし熱くなる。まだおきないだろうと思い、自分の体をおこし、そのまま斜めから少年に覆いかぶさる。そして彼女がシンを上から見下ろすようにしたところで、少年がゆっくりと目を覚ました。


「お、おはよう、シン」


 そのままの姿勢で体を固まらせ、ヴェルニーナはぎこちない挨拶をした。彼女の声は上ずっていたが、シンは気にせずおはようをかえし、にっこりとほほ笑んだ。


 だめ、かわいすぎる!


 寝起きでぼんやりしながらも無邪気に自分に笑顔を向ける少年に、ヴェルニーナは白旗をあげ心に罪悪感を抱いた。だが、すぐにベッドから出る気もなかったようで、そのまま時間が許す限り少年との朝の交流を仲良く楽しんだのだった。


 その後、二人で朝食を仲良くつくって食べたあと、ヴェルニーナはシンの手を引いて予定通りに外出した。ディーネに言われた通り、シンを検査に連れていくためだ。


 家の前には馬車がすでに到着しているのは確認済みだった。ヴェルニーナ一人なら馬車は特に必要もなかったが、シンと街中を二人で歩くには少々心配な気持ちもあり、事前に手配していたのだった。


 なお、ヴェルニーナは、自分で馬車を所有し管理するのに十分な経済力は持っている。だが、それを世話する者を雇う気はない。もともと頻繁に外出するわけでもなく、少年が来てからそれも変わっていなかった。必要になれば、その都度金を払って依頼すれば十分であった。


 検査の場所は騎士団所有の研究施設だとディーネから連絡を受けていた。少し前にヴェルニーナが治療を受けた施設も同じ敷地内にあり、それなりに大きく信頼もおける施設である。ディーネは実戦にも参加することはあるが、その能力の高さから施設の研究員としても働いていた。


 馬車が施設に到着すると、ディーネが二人の出迎えに来ていた。ヴェルニーナはフードをかぶり、先に馬車を降りてシンが降りる手助けをした。


「よく来たわねヴェル。シンくんもこんにちは」

「今日はよろしくね、ディー」

「こんにちは……」


 ヴェルニーナの後ろに隠れるかのようなシンの様子を見て、ディーネはあらあらと残念そうな声を出した。


「嫌われちゃったかしら」

「人見知りしてるみたい。ディーを嫌ってるわけじゃないと思う」

「そうなのね。やっぱりヴェルとは違うってことかしら」


 軽口はいいながらも、ディーネは喜んでいた。前回の訪問の時と同じように、ヴェルニーナの自分に対する口調が、昔のものに戻っているからだった。ディーネは黒髪の少年に心の中で感謝しながら、二人を連れて建物に入った。


 やっぱりなんとも思ってないみたい……


 かぶったフードで表情を隠しながら、ヴェルニーナは心の中でそうつぶやく。ディーネは見目のよい女性であり、彼女とシンを引き合わせることにヴェルニーナは少し不安を持っていた。しかし少年は前回も今回も、ディーネに対して、ヴェルニーナが心配していたような反応を、微塵もみせていなかった。ヴェルニーナは少しばかり自己嫌悪を感じながらも、ほっと胸をなでおろしたのだった。

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