後日談2
ヴェルニーナは、視線を縫い付けられたかのように、黒い瞳から眼を離せなくなっていた。
彼女とシンは、いつもの部屋のソファに仲良く腰かけていた。黒髪の少年は彼女に身をぴったりと甘えるようによせていた。そして、じっと彼女の青い瞳を見あげながら、彼女の片腕に自分の両腕をまきつかせるようにして、しがみついた。
少年がヴェルニーナの腕をつかむときに、その指が遠慮がちに、しかしいつもより強く彼女の腕を這った。その新鮮な刺激に彼女は息をのみ、顔が熱くなるのを自覚する。
青い瞳に火が入り、吸い寄せられるように少年の瞳をうっとりとみつめる。少年の顔もまた上気して赤らんでおり、彼女の目を通して少年の気持ちを伝えてくる。
二人はしばし無言で見つめあう。そしてヴェルニーナはあいている手のひらを、少年の顔にそえるようにそっとあてた。伝わってくるやわらかな感触に彼女の鼓動が速まる。
「シン……」
ヴェルニーナは手のひらでシンのほほをさすりながら、長い指を少年の黒い髪に差し込む。そのまま少年の頭に指をかけ、やさしく少しだけ引き寄せるように力をこめる。すると、少年は促されるまま無抵抗に美しい顔を差し出してくる。ヴェルニーナは少年が自分に身を任せている喜びに、ごくりと喉をならした。
そして彼女は、その高まった感情のまま自らの顔も近づけていき――――
「ねえヴェル」
平坦なディーネの声がして、ヴェルニーナは我にかえった。そして奇妙な声をあげながら、まるで磁石がはじかれたように勢いよく上体をのけぞらせた。
普段はあまり使われない向かいのソファでは、ディーネがコップを手にもって、眉を微妙にふるわせて二人を眺めていた。隣には、体格のいい体をソファに沈めるようにして、サーリアが座っていた。こちらは腕をくみ目を閉じて、微動だにしない。
ヴェルニーナの師と姉弟子は、それなりにつまっていた予定に都合をつけ、ヴェルニーナの休みにあわせ二人を訪ねてきていた。訪問の目的は主として黒髪の少年である。なお、彼女たちはシンとは初対面といってよい。あの日、少年とヴェルニーナに気を利かせた三人は、邪魔をしないようにジェイクをひきずって声をかけずに帰っていたからだ。
シンは人見知りだったのか、サーリアとディーネの二人と対面すると、不安げにヴェルニーナの腕にすがった。すると、愛しい少年に頼られたヴェルニーナは、急所を突かれたかのように、突然、妙な雰囲気を漂わせはじめた。ディーネがまずいと思った時には、すでにヴェルニーナは少年との世界へ旅立っていた。
客の二人は、その様子を無表情かつ無感動に眺めていたが、しばらくして、ヴェルニーナの意識から自分たちが完全に消え去っているのを確認した。
サーリアは、すぐに両目を閉じてため息をついた。太い眉を動かしながら片目をあけ、ディーネをにらむように見る。そして二人を指すように顎を振って指示を出した。ディーネとしては師には逆らえず、大変いやな役だったが放置もできず、この家の主人である二人の世界に割って入ったのだった。
「それで、その子の話なんだけど」
「え、そう、そうね!」
ディーネが表面上、何事もなかったかのように話を続けると、ヴェルニーナは妙に高い声で答えた。目の前で繰り広げられていた光景については、触れたくなかったのか、ディーネは見なかったことにしたようだ。少年はヴェルニーナの手のひらを太ももの上にのせ、それを両手で包むようにして大人しくしている。
「一度検査に連れて来てほしいのよ」




