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「ヴェル、ヴェル」


 サーリアは、ヴェルニーナの背中にそっと手を差し込んで上体を起こす。そして彼女の両ほほに分厚いての平をあてて、青い目を覗き込むようにしてじっと見つめた。彼女のすこしうるんだ目は、呪いにとらわれて、不安と恐怖に揺れていた。


「むかし言ったことを覚えているかい?」


 お前のこの目は、真実を見抜く青い石だと、サーリアは彼女の頭をやさしくなでながら言う。


 それは、ある絵本のおとぎ話に出てくる姫の持つ、美しい青い石になぞらえて、サーリアが彼女に言った言葉だった。サーリアの太い親指が、彼女の目の下をそっと縁取るようになでる。


「お前のこの目は強すぎて、見たくないものも見なくていいものも、なんでもかんでも暴いていしまう。それはお前が一番知っているだろう?」


 サーリアがやさしくそう言うと、ヴェルニーナはうなずくように、一つゆっくりまばたきをする。そのことは、彼女が身に染みて知っていた。彼女の目の鋭さは成長するにつれ力を増し、しかしそれゆえ持ち主を傷つけ続け、今また彼女を閉じ込めている。


「お前はそれでさんざん苦しんできた。でもね、だからこそ、お前がずっと見ていたのなら、きっと大丈夫だ。お前はきちんと知っているはずだよ」


 サーリアの深い森に響くような、低くてゆっくりとした声に、ヴェルニーナは少し沈黙した。だがやがて、師の片手に自分の手のひらをそえて、でもそれでもと抵抗をはじめる。


 私は一度見落とした

 最初に間違っていたかもしれない

 あの人たちと同じものを隠していたら

 だって私はこんな姿だ


 同じ呪いの呪文を繰り返し、自らそれに縛られて水の底へ沈んでいこうとするヴェルニーナを、サーリアの声が響いて、押しとどめ、みなもへと引き上げる。


「ヴェル、ヴェル、落ち着きな。一度間違ったからって、全部がうそにはならないだろう?それに、その子が後ろに隠しているものは、みんなとはきっと違うものだ」


 どうして、どうして、そんなことがわかるの、会ったこともないじゃない


「だって同じものならば、その子がどんなに隠していたってお前にわからないわけがない。何度も何度も見てきただろう?」


 ヴェルニーナは師の体によりそうように自分の体をよりかけて、黙ってその言葉を聞いている。


「だからね、お前にまだわかっていないなら、その子が隠しているものは、お前が怖がっているものとは違うものなのさ」


 だから、お前は目をしっかりひらいて、それを見てきなさい、そうサーリアはいった。ヴェルニーナはいつの間にか、サーリアの太い幹のような体に抱きつくように体を寄せていた。


「でも……でも……」

「ヴェル、ヴェル、お前にあと必要なのは勇気だけだ」


 ヴェルニーナは、身を寄せたまま、いまだ不安げな青い目でサーリアの顔を見上げた。


「…………勇気」

「その子がきっと勇気をくれる。いままでずっとそうだっただろう?」


 だからしっかり見てくるんだと再び言うサーリアの穏やかな声に、ヴェルニーナは押し黙る。しばらくするとサーリアはゆっくり彼女の手から身をはずし立ち上がった。そして手と足の怪我の様子を確認すると、もう動けるだろ、と言いながら彼女をベッドから立たせた。


「もうこんな時間だね。早く帰ってやりな、いつまで一人にしておくんだい?」


 ヴェルニーナはそれを聞くと、暗くなっていた外の景色を見て、甘えさせてくれる時間は終わったと理解する。彼女のやさしくも厳しい師は、昔からただ泣いて逃げることを許してはくれないのだ。ヴェルニーナは黙ってもう一度サーリアの胸に顔をうずめ、こすりつけるようにしてから、帰ると短くいい部屋を出る。サーリアは彼女の頭を二度なでて無言で見送った。


 部屋を出ると、廊下にディーネが心配げに待っており、開けた窓に両肘をつけて外を見ているジェイクと何か話していた。


「ヴェル……」


 ヴェルニーナの様子にほっとしつつ、ディーネは名前を呼び、預かっていた彼女の上着をそっと手渡した。ヴェルニーナは小さい声で礼を言って受け取った。ジェイクは黙って、もう日の落ちた外の景色を眺めたままだった。だが、それ以上の会話はなく、家へと向かうヴェルニーナの背中をディーネは見えなくなるまで見つめていた。

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