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 ヴェルニーナはご機嫌で夕食を準備していた。

 つい先ほど、いつものように砦での仕事を終わらせて帰宅すると、いつものようにシンが玄関で待ち構えていた。


「シン、ただいま!」


 ヴェルニーナは、扉をあけシンがいるのを確認するやいなや、期待に胸を膨らませながら、はっきりした声でシンに向かって投げかけた。


「おかぇり」


 黒髪の少年は、彼女の言葉を受けて一瞬口ごもった後、彼女にじっと黒い眼をむけて、ややぎこちないながらもはっきりと返す。


 前日の就寝前の時間をつかって、ヴェルニーナがひたすらこのやりとりを、粘り強く続けた成果であった。彼女は、やはり天才かと感動し、年季の入った無表情をこのときばかりはほころばせて、すごいすごいと賞賛し少年の黒髪を両手でなでまわした。シンは軽く微笑みながら、素直にヴェルニーナに頭を差し出しされるがままだった。


 シンとヴェルニーナが出会ってから、十日と少ししかたっておらず、まだ少年はいくつかの単語を覚えただけで、意味のある文は話すことも解すこともできなかった。だが、日常の使用頻度が高い言葉は少しずつ覚える個数を増やしていた。そしてそれとは別に、ヴェルニーナはいま挨拶を順番に覚えてもらおうと画策している最中だった。教える順番は、彼女の好みが多分に反映されていた。なお、今回は初回である。


「ただいま!」

「おかぇり」


 夕食の準備中に、ヴェルニーナの簡単な手伝いをするようになったシンに、彼女は不意打ちのように覚えたての挨拶を繰り返させた。そして、少年が素直に答えるたびに手を止めて頭をなでて、時間を楽しく浪費しつつ食事の準備をすすめるのだった――――――



 どうして私がほしいものがわかるの…………


 寝入ったシンの手の感触を、起こさないように確認しながら、ヴェルニーナはひとりごちる。いつも彼女を見つめてそらさない黒い瞳は、今はしずかにとじられて、きれいなまぶたで隠されていた。


 静かな寝息を立てる少年に、彼女は少しいたずらしたくなった。

 少年のほほを指の腹でそっと触れるように二度つく。少年がおきないのを確認すると、少しずつ力を強くして柔らかな感触を堪能する。少年が少し身じろぎをすると、彼女はびくりと動きをとめる。


 すぐに少年が変わらず寝息を立て始め、それをほっと確認すると、つないだ手を慎重に握りなおた。そして彼女は静かに枕に頭を沈め、少年の顔を眺めつつ徐々にまぶたを重くして、やがてゆっくり眠りに落ちた。



 その次の日は、ジェイクとディーネの二人との約束の日だった。

 彼女は家にシンの夕飯を残して、シンの目を見て大丈夫かとたずねる。すると少年は、意味はわかっていないはずだが意図は気づいたらしく、静かにうなずいてはいと言う。ヴェルニーナは、シンの聡さを信頼してきており、その言葉に安心し、鍵をかけて家をでた。


 あまり遅い時間までは無理だという、ヴェルニーナの意図を汲んで、まだ明るい早めの時間に集合ということになった。


 ならばいっそ、昼食でもとりながら集まればいいのではなかろうか。ディーネの常識的な提案は、ジェイクによって即座に却下された。彼いわく、本音を聞くには酒の席でなければだめで、そしてそれは夜が望ましい、ということらしい。


 ちなみにディーネの提案は、ヴェルニーナには知らされておらず、もし知っていれば強く賛同したに違いない。ジェイクが意図的に伏せていたのは言うまでもなかった。

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