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23 ◆

 ニーナの家に来てから四日目、僕は先に起きていたニーナにゆすられて目を覚ました。

 昨日とは逆で、ニーナの寝顔が見られなかったけれど、起きてすぐにきれいな青い眼が見られたのはうれしかった。


 目を覚ました時に、ニーナが何か言ってくれた。もしかしておはようだろうかと思ったけれど、僕は寝起きで頭が働かずに、その言葉をはっきり聞けなかったので繰り返すことができなかった。もう一度言ってほしいと思ってニーナと名前を呼んでみたけれど、彼女は頭をやさしくなでてくれただけで、伝わらなかったのが残念だった。


 いつもの部屋にいくと、ニーナが朝食を作ってくれていた。焼けていいにおいのする薄い肉と、目玉焼きに、濃い色のパンがついていた。パンは皮が思ったより固かったので、僕は噛み千切るのに苦戦して、食べるのに時間がかかってしまったけれど、ニーナはゆっくりと僕にペースをあわせてくれていたようで、二人一緒に食べ終わった。


 ニーナはそのあと僕の手を取ってソファに座らせた。ソファの前の机には本が何冊か置いてあった。

 大きさと厚さはまちまちで、表紙に見たことのない文字のようなものが大きく書いてあった。題名だろうか。


 彼女は僕に話しかけながら、その中の一冊を僕の前に引き寄せると、白く長い、陶器のような指で表紙をめくって中を開いて見せてくれた。見開きで紙を目いっぱいつかってカラフルな絵が描いてあった。不思議な文字はおまけのようで、どうやら絵本のようだと僕は理解した。


 一緒に読んでくれるのだろうかと期待して絵本を眺めていると、ニーナは僕の頭にそっと手を置いてから立ち上がり、部屋を出て行った。彼女はそれまでずっと傍にいてくれたので、僕はトイレだろうかと思っておとなしく待っていた。


 でもそうではなくてニーナは着替えていたようで、鎧のようなものを身に着けて片手に剣を持っていた。僕が驚いてニーナに寄って行くと、彼女は僕の手を引いてキッチンまでつれていき、置いてあった白い箱を開けた。箱のなかにはさっきのパンになにか挟んだものが入っていた。それを指さしてニーナはまた僕の髪にそっとふれて、何かを伝えようとする。僕はよくわからなかったけれど、彼女がなんだか心配気なので、思わず覚えたての言葉で、はいと言った。彼女は少し安心したようだった。


 そのあとニーナは、掛けてあったフードのついたコートを着て、玄関に向かった。一緒に後ろをついていく僕を振り返って、押しとどめるようにして、短くこちらの言葉でいいえと言った。だから僕は彼女が出かけるのだろうと理解して、おとなしく少しさがっていってらっしゃいのかわりに名前を呼んだ。彼女がうなずいて手を振ってくれたので、僕もあわてて手を振り返すと、ニーナは銀色の長い髪をひるがえして扉を出て行った。すぐに外で金属質の音がした。


 しばらくそのまま立っていたけれど、扉はしまったままで、僕はあきらめて部屋へ戻った。


 いつもの部屋は、さっきと何も変わっていないはずなのに、とても静かでとても広くて……。

 僕は落ち着かなくなって、ソファに座ってニーナが見せてくれた絵本を開いてみたけれど、さっきはカラフルに見えた絵の色も、薄くなってしまったような気がした。


 それでもしばらく絵本を開いてちょっと変な動物の絵を眺めていると、少し気分が落ち着いて、頭がはたらくようになってくる。


 僕はこんなに寂しがりやだっただろうか。


 ほんの少し前までは、見知らぬ土地で一人きりで、いまよりずっと不安だったはずなのに。以前の自分はどんな気持ちだったのだろう。他人事のように状況を考えて、それならこうだろうかと思うことはできるけれど、自分がどういう気持ちだったのか僕はわからなくなっていた。


 ニーナに会ったあの時から、僕の中の色彩が、変わり始めたのはわかってて……。

 でもそのあとのたった数日の出来事で、自分がすっかり塗り替えられてしまっていることに気が付いて、僕は少し驚き、戸惑った。

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