16 ◆
馬車の中で彼女の名前を知って、僕はかわりに名前を教えた。
かわりに教えた、と言っても僕としては半分新しく名前をつけてもらったようなものだったけれど。
彼女―――ニーナが僕の手をぎゅっと握って、シンと呼ぶ。
意味のある言葉を交わしたわけでもなくて、ニーナの使う言葉は何一つ僕はしらない。それでも、ニーナの口から僕の名前が出るたびに、彼女の中に僕がいるような気がした。僕はそれがとてもうれしくて、彼女がシンと呼ぶたびに手を握り返してニーナと呼び返した。そうすると、また彼女がシンと呼んでくれて―――
ただ名前を呼ぶだけのことにすっかり夢中になっていたら、突然、馬車のとびらが開いた。流れ込んでくる空気のせいで、部屋の熱が入れ替わるのを肌で感じた。残念だけど、楽しい時間は終わりになったと理解した。
だけど彼女と仲良くなれた気がして、とてもうれしかった。
ニーナの家はとても大きな家だった。彼女は変わらずやさしく僕の手を引いて家の中にいれてくれた。部屋に入るまで、ずっと手を握ってくれていた。
そのあと一緒に家の中を案内してもらって、食事をして……。
ニーナがとても楽しそうなのが伝わってきて、僕も一緒にうれしくなった。
彼女はずっとやさしくしてくれた。
ふと、ニーナがどうして僕を買ったのだろうか、というのが気になったけれど、僕はとても疲れていたみたいでそれ以上考えることはしないで、ふかふかのベッドで眠ってしまった。彼女が最後まで握ってくれた手がとても暖かかった。