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 ニーナ、ニーナと少年はうれしそうに繰り返す。

 ヴェルニーナはその様子を見ながら、知らず知らずのうちにかすかな笑みをこぼしていた。


 彼女が人前で、自然に笑みを浮かべるのは珍しいことだった。数少ない親しい者たちでさえ、あまり見ることがないものだった。


 まだ大人になる前に、自分が笑うとその場にいる人間が、態度を変えるということをヴェルニーナは知っていた。本能的な恐怖を別にしてさえ。


 悪意を持って嘲笑されるという反応は、ある意味でわかりやすいほうだった。不愉快なことであったし傷つき悲しみはしたが、成長するにつれ耐える術も身に着いた。また、力や地位を得るにつれ、あからさまな悪意も数を減らした。


 彼女が真に傷つき悲しんだのは、悪意なき人たちが彼女とともにいることで、変わってしまうことだった。哀れみや気遣いを、良かれと思って向けられることは多々あった。


 さらに言えば、彼女に対するそのような感情が偽善であると知っており、自らのその偽善を恥じいり自責する場合もあった。それらのとりわけ善良な彼、彼女たちが後ろにひっそり隠したものを、ヴェルニーナは敏感に感じ取ってしまい、だけどもどうしていいかもわからず途方にくれたものだった。


 いつしかヴェルニーナは、人前で無邪気に笑うということをしなくなってしまった。


 ヴェルニーナは、少年が善意も悪意もなく無邪気に自分の名前を口ずさむさまをみて、つられるように自分でも気づかぬうちに笑みを浮かべていた。


 ふと、少年は思いついたように何かを考えるそぶりを見せた。

 どうしたと思ってみていると、少年はヴェルニーナを見つめてくる。


「シン……シン!」


 今度は人差し指をまっすぐ立てて、自らのあどけない顔を指さし、少年は二度、必死な様子で繰り返す。


「シン……シンか!」


 ヴェルニーナは同じようにうれしくなって、真似をするようにシン、シンと繰り返す。一瞬、間を置いてから、シンという名の少年は、はっきりとうなずいた。

 そうして二人は到着までのしばしの間、お互いに名前を呼び合ったのだった。

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