第九十一話 早く人間に戻したい!
「ひ、ひぃいい、た、助けて、誰か助けてくれぇええええええ!」
「ウグウォォオオオオ! ゴロス! ヲ前ヲゴロス!」
「か、金なら幾らでもやる、そうだ奴隷はどうだ? 見逃してくれたら男でも女でも好きな奴隷をやる! 私を殺すよりも他の奴隷を甚振ったほうがきっと楽しいと思うぞ」
「死ネ! 死ネ! ヲ前ガ、死ネッ!」
燃え盛る炎に囲まれた場所に、ガイアクと悪魔化した兄がいた。牙をむき出し爪を立て、ガイアクに近づきつつある。
「待て待て、そうだ! 人間ならここより町に沢山いるぞ? その方がお前も殺しがいがあるだろう? な、なんならそこまで案内してもいいぞ、どうだ?」
「グオオォオオォオオオ!」
「ひぃいいい!」
ガイアクが尻を見せて必死に逃げようと這いずり回る。しかし……あいつの命乞いは見苦しい上に酷いな。自分のためなら他の誰を犠牲にしても構わないといったところだろう。
「……なぁ、あいつ助ける必要あるのか?」
「……ハザン様のお気持ちもわからなくもないです」
ハザンがガイアクを指差して眉をひそめる。メイも冷たい目を向けつつ同調した。ハッキリ言えば私だって放っておいていいんじゃないかと思わなくもないが。
「結果的にはガイアクではなくこの子の兄の為だからな」
「あ、兄は助かるのですか?」
「それはだな……」
「あぁ! お前ら! そうだ、おいお前! 見ろあそこを! お前の妹がいるだろう? 私が死んだと言ったのはあの連中に連れ去られたからだ。だがどうやらあいつらまだ殺してないらしい」
「ナ、ニ?」
紫色の肌をした悪魔が私たちを見た。あの男、俺たちを身代わりにする気か。
「と、とことん屑だなあの野郎……」
「救いようがありませんね」
「お、お兄ちゃん、バズお兄ちゃん! 私は無事だよ!」
「……シーラ? シー、ラ?」
「ふ、ふん! 後は勝手にやってろ!」
どうやら兄は妹に気づいたようだ。そしてガイアクは脱兎のごとく逃げ去った。腹の立つ男だがあいつについては後だ。
さて、妹と再会して冷静になれるといいのだが……。
「ウ、ウォオオォオオオ! シーラーーーー! ヨクモ僕ノ大事ナ妹ヲオオオォオオオオ!」
「お、おい何か怒ってるぞ?」
「あぁ、やっぱりそう上手くいかなかったか。どうやら冷静さを失い、私たちを敵とみなしたらしい」
「え? そ、それじゃあお兄ちゃんは、どうなっちゃうんですか?」
「安心しろ。まだ可能性はある。悪魔化した人間でも戻れるチャンスが全くないわけじゃない」
「そうなのか?」
「はい、3つの条件にあてはまれば可能性はあります」
「3つの条件?」
「その1は同種殺しをしてないこと、その2は僅かでも自我が残っていること、その3は悪魔化してから6時間が経過してないことだ」
もっとも大抵はその3に至る前に1か2で悪魔化するのだがな。とりあえず今回はまだガイアクも殺してはいない。そのうえで妹を見て気がつくのは自我が残っている証拠でもある。
「ウォオオォオオ! オマエラ殺ス! 必ズコロス!」
「くるぞ、メイはシーラを守ってくれ、シーラはとにかく兄に呼びかけ続けるんだ」
「俺たちはどうする兄弟?」
「少し頭を冷やす必要がある。ハザンは雷をセットし、切らないで電撃だけ上手く当ててくれ。ただし奴は完全体にはなってないとはいえ悪魔だ油断するなよ」
「オッケーだ兄弟!」
「グォオオォオオォオオ!」
悪魔化したバズが地面スレスレを飛ぶように距離を詰めてきた。メイはシーラを抱きかかえて安全な位置まで移動。
私は咄嗟に瞬間移動ベルトを起動し、ハザンは左に飛んで爪の攻撃を回避した。両手の爪による一振りで左右の地面が大きく抉れる。
なるほどなかなかの威力だ。しかも速い。これは私もウカウカしてられないな。
立体飛導操機に乗り、マイフルを取り出して構えた。弾丸はハザンと同じく雷系の魔弾だ。
何せ元は人間だ。しかも悪魔化から元に戻そうというのだからあまり傷つけるわけにもいかない。悪魔状態で受けたダメージもある程度なら戻った時に残らない。
だから頭が冷えて妹の声にしっかり耳を傾けられる程度のダメージを見極める必要がある。こういった時に一番役立つのが電撃だ。
『おにいちゃーーん! お願いだから元に戻ってーーーー!』
おっと向こうも始まったな。その調子で呼びかけ続けて貰うとしよう。
「ウォォオオォオオォオオ!」
「ぐっ、なかなか強烈だぜ!」
バズが叫ぶと突風が生じた。ハザンは脚をこらえて耐えている。私はボードに乗っているから平気だ。風を無効化するからな。
それからも死闘は続いた。倒すだけならそう難しくもないが、今回はダメージをある程度抑える必要が『おにいぃいいいちゃんんんん! 正気に戻ってぇええええええ』ある。
爪で攻撃を仕掛け時には翼で飛んで私を捕まえようともしてくる、だけどこの魔導具の機動性は『おねがぁあああい! おにいいぃいいちゃゃやぁあああん!』伊達じゃない!
私の魔弾が何発も命中し、ハザンも器用に兄の体にギリギリ触れないようソードリボルバーを振り回し電撃でバズを『どうしてお兄ちゃぁあああああん! 元の優しいお兄ちゃんにいいいぃい戻ってよぉおおお!』蹂躙していく。
「グォオォオオォオオ!」
「――ッ! いかん! 気をつけろハザン、口からほ『おねがィィイィいいぃいお兄じゃぁああぁあああん! 早くもどにもどってぇえええぇえええ!』やかましい!」
「ふぇ?」
て、しまった! 注意しようと思ったのだが、とっくに悪魔の口から炎は吐かれていた。ハザンの全身が炎に呑まれる!
「ハザン!」
「へっ、安心しな兄弟!」
「グゥ……」
だが、炎が止んだ時、そこには無傷なハザンがいた。どうやらあいつ、私の作成したマイフリキッドアーマーを完全に使いこなしているようだ。
あの鎧は魔力を込めた一瞬だけ全身を守る障壁が発生する。それを上手く使って炎から身を守ったんだな。
ふぅ、しかしもし使いこなしてなかったら死んでいたかもしれないし、そうなると流石に気づかれるところだった。実はあの鎧は一回だけ時間操作を利用した救済措置が取られるように出来ている。つまり死んだ瞬間に奴の肉体にだけ時戻りの効果が発生し死ぬ前の状態に戻る。
とは言えあいつには教えてないがな。ハザンはそういうのは知らないほうがいい。
「え~と、あの……」
「御主人様、シーラ様が困っております」
あ~そうか。ついどなってしまったんだった。でも仕方ない、いや確かに声をかけろと言ったのは私なのだが。
「済まない、流石に気が散る。それに今の調子で叫び続けてチャンスの時に声が出なくなっても困るから、私がいいと言うまではそこで控えていてくれ」
「わ、わかりました!」
「御主人様は効率重視ですね。潔い手のひら返しです」
「メイ、それ褒めてるのか?」
「勿論です御主人様」
恭しく頭を下げて答えてくれた。ま、まぁいいか。とにかくシーラはメイが守っていれば安心だ。こっちはこっちで集中しよう。
「グォオオォオオオ! オマエラ殺ス! 絶対殺ス!」
「へ、やれるもんならやってみろ。ほ~らおしりペンペン」
「殺ス!」
う~ん、ハザンもやってることは子どもみたいだが、上手いこと挑発して疲れさせる魂胆か。それも有効だからあれでわりと考えているのかも知れない。
「へい! ば~かば~か、悪魔さんこっちら」
「貴様! 許サン!」
か、考えているんだよな? まぁとにかく、引き続き私もボードで飛び回ってチクチクと電撃の魔弾を当て続けた。
「貴様、ラ、イ、イイ加減、ニ、シ、ロ」
「兄弟、やっこさん大分疲れが見えてきてるぜ!」
確かに既に肩で息をしているしな。わりと早かった気もするが、悪魔化してもある程度は元の肉体に左右されるから、元の体力が弱まっていると悪魔化しても体力が減りやすいこともある。勿論完全に悪魔化した場合はまた話は別だが。
「よし今だ! シーラ呼びかけろ!」
「はい! お兄ちゃ~~~~ん! お願いぃいいいいいいい! もとに戻ってぇええええぇえ!」
「アグッ! シ、シーラ? ウグウゥウゥウウ!」
よし! いいぞシーラの声で、バズが頭を抱えて苦しみ始めた。これは逆にいい兆候だ!
「シーラ、まだだ! まだ呼びかけろ! そうだ、バズが心に残ってるような思い出がいい! 何か心を呼び起こすようなことで語りかけるんだ!」
「は、はい! お、お兄ちゃん思い出して! そう、お兄ちゃんが10歳の時、おねしょしたのがバレたくないからって私が代わりに――」
「やめてぇええぇええ! それは言わないでぇえええぇええ!」
「あ、戻った」
「戻りましたね」
「戻ったな」
「え? もう!?」
シーラが驚いていた。確かに何か拍子抜けだが、そんなに気にしていたのかおねしょ……まぁとにかく、悪魔から人間に戻れてよかったな。
「はぁはぁ、あれ? 僕は一体?」
「お兄ちゃんよかった! もとに戻ったんだね!」
「う、うん。何かよくわかんないんだけど、何かすごく心がもやもやして、頭に血が昇って気がついたら意識が遠のいてしまって、でも、でもしっかりシーラの声は聞こえてたよ!」
兄にシーラが近づき笑顔で声を掛けた。ある程度記憶があるのはまだ心がカオスに支配されてなかった証拠だ。心がカオスに支配された状態というのは言うならばマイフが完全にカオス化したということでもあるからな。
「まぁ何はともあれ良かったな」
「え~と、はい、いまいちはっきりしませんが、え~と皆さんが僕と妹、を……え?」
「な――」
「へ? お、お兄ちゃん!」
そして私達が正気に戻ったバズと話していたその時だった、彼の胸を矢が貫通し、そしてゆっくりと前のめりに倒れる。これは、後ろから……。
「あはははは! 馬鹿が! この私を殺そうなどと考えるからそうなるのだ! おいお前たち、あの連中全員とっととぶっ殺してしまえ!」
あの下品な声が私の耳に届いた。振り向くと、ガイアクと、その隣に弩を構えた門番兼執事という男、それにガラの悪そうな連中が雁首並べて立っていた。
こいつら――




