第九十話 兄の悪魔化
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僕たち兄妹は、ガイアクという男に奴隷として買われた。奴隷として買われるとしても必ずしも不幸な運命が待っているわけじゃないと他の奴隷から聞いていた。
だから、せめて購入した相手が、少しでもまともな人間であることを僕と妹は願っていた。
でも、その儚い希望はその日のうちに打ち砕かれた。ガイアクは嗜虐心の強い男だった。集めた奴隷は僕たち以外にも多くいたけど、家を任せるごく一部の奴隷や気に入ったメイドを除けば、他の奴隷は奴の嗜虐心を満たすためだけに存在する玩具だった。
何人もの奴隷が壊された。そして処分されていった。僕達はそんな奴隷たちの姿をずっと見させられてきた。
ガイアクも一度に全員を壊すわけじゃない。だけど順番が来れば今度は僕たち、ならせめて妹じゃなく僕を……そう思っていた。
ある日、奴は妹を鎖につなげて連れて行こうとした。だから僕は必死に懇願した。お願いだから妹は許してほしいと、代わりに僕相手なら何をしてもいいからと。
面白い、と愉しそうにあいつは僕を選んだ。もし僕が壊れたら次は妹だと笑いながら鞭を振って、他にもいろいろな拷問まがいな方法を試された。
その所為で何度も骨を砕かれ、何度も皮膚を焼かれ、何度も殴られ、蹴られ、顔だけ遺して針つきの拷問具に入れられ、水責めにあって、そんなことを繰り返された。
そしてそのつど、最低限の回復を施していく。肉体的にも精神的にも苦痛が続く毎日だった。
でも、僕は決して負けるわけにはいかなかった。どんなに苦しくても辛くても妹のことがあれば頑張れた。
ある日、あいつが僕に言った。面白そうなゲームが手に入ったと。余ってた奴隷の使い道が見つかったと。
僕は奴に念を押した。約束だから、妹に酷いことはしないでくれと。ガイアクはニヤニヤと笑いながら、大丈夫だ、と言った。何か嫌な予感はしたけど僕に出来ることは少なかった。
そして、今僕の目の前ではただでさえおぞましい顔を更に醜く歪め、喜々としたそして狂ったような笑い声を上げ、妹は死んだと、僕のせいだと罵るガイアクの姿。
妹が死んだ――その時、僕の中で何かが切れた。ずっと耐えてきた、我慢してきた、痛みにも苦しみにも、ただ一人残された妹の為に、それ、なのに、妹が、死んだ、しんだ、しんダ、しンダ、シンダシンダシンダシンダシンダシンシンシンシンシンシンンンンンンンンンン、アアアァアアグァアァアアァアアア!
「シンダシンダシンダシンダシンダ! オマエノセイダ! オマエガコロシタ! オマエガオマエガオマエガァアアァアアァア!」
「な、なんだ、そ、そんな、そんな馬鹿なぁああぁあああぁあ!」
コロス! イモウト、コロシタ、ゼッタイ、ユルサナイ! ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ!
「ひ、ひぃいいぃいいい!」
ニゲタ? ダメダ! ニガサ、ナイ! コロス! コワス! スベテハカイスル!
邪魔ダ! 消エロ! 壁モ天井モ!
「い、いや、こ、殺さないで……」
奴ヲ、追イカケタ、女、女ガイタ、尻ヲ床ニツケテ、床ヲ温カイ水デ濡ラシタ女ダ、関係ナイ! コロ、コロ、ウ、グウゥウ、チ、チガ、ウ、コ、コノ女ハチガ、ウ――
「邪魔ダ! ドケロ!」
「は、はいいぃい! 今すぐにぃいい!」
臭イ女、イッタ、アイツ、アノオトコ、ドコダ!
◇◆◇
sideエドソン
全く厄介なことになったものだ。まさか兄がいたとは、しかも兄は地下牢に閉じ込められて拷問のような責め苦を受け続けていたらしい。
そうなると、条件は整いすぎている。このままいけばまずいことになる。
「兄弟、勢いで付いてきちまったけど一体何が起きたってんだ?」
ハザンが聞いてきた。少女から聞いて私はすぐに行動に移そうとしたが、途中で仕事から戻ってきていたハザンと遭遇し、私の様子を察したのか首を突っ込んできた。
まぁ、新しく開発した剣のおかげでハザンの力も上がっている。戦力は多いに越したことはないだろう。
なので魔導車に妹と一緒に乗り込んでもらった。勿論運転はメイが行う。
「……御主人様、飛ばします」
「頼んだ!」
「え? あ、あのこれって一体?」
「安心しろ、何かすげー魔獣みたいなもんだ」
「ふぇ、魔獣!?」
噛まないから安心しろとハザンがまた偉く見当違いなことを言っているが詳しい説明をしている場合ではない。
メイの運転技術もあって、町を出てすぐガイアクの屋敷が見えてきたが。
「お、おいあの屋敷、燃えてないか?」
「ほ、本当だ! そんな、お兄ちゃんが!」
少女が狼狽した声を上げた。兄の身を心配しているのかも知れない。だが、私の予感が正しければ恐らくあれは兄がやったものだ。
そして丘を上り派手に燃え上がる屋敷が視界に飛び込んでくる。断続的な爆発音も響き渡っていた。
そして燃える屋敷を見ている人々の姿。あれは、確か屋敷で働いていた奴隷やメイドか、だとしたら、まだ可能性はあるかもしれない。
「お、おいこれは一体何がどうなってるんだ?」
魔導車を止め、下りてすぐにハザンが困惑している連中に聞いた。
「そ、それが突然化け物があらわれて……」
「屋敷があっという間に火の海に……」
「化け物だって?」
「は、はい、肌が不気味な紫色で、背中に翼の生えた、そう! まるで悪魔のようだった!」
間違いない。やはり少女の兄は悪魔化したのだ。体内のマイフがカオスにより過ぎたのだろう。
「一つ聞きたいのだが、屋敷で働いていたものは、全員逃げ出したのか?」
「は、はい。私も化け物に遭遇したのですが、どけろといって私たちには目もくれず、だ、旦那様を探していたようです」
メイドの女が言った。何かちょっと臭うな……少し気恥ずかしそうにもじもじしているし。
「何かあったのか? 少し匂うし」
「う、うぅうううううう! な、なんでもないです!」
「……御主人様、こう言ってはなんですかデリカシーが欠片もありませんね」
「なんで!?」
メイが呆れた顔でそんなこと言ってきた。私が何をしたっていうのか!
「それはそれとしてだ、旦那様、つまりそのガイアクの姿が見えないが?」
ざっと見たところ全く姿が見えない。あいつならメイドや奴隷を押しのけて、いや、下手したら盾にしてでも逃げてきそうなものだ。
「まだ。敷地内にいるはずです」
すると使用人の1人が答えた。なるほど、やっぱり狙いはあの男か。
「あ、あのお兄ちゃんは、お兄ちゃんは見ませんでしたか!」
少女が叫ぶ。だが、兄の所在はわかっている。流石に黙ってはいられないか。それに場合によっては妹の協力が不可欠だ。
「落ち着いて聞くんだ。兄は中にいる。そしてまだ生きてはいるはずだ」
「え? ほ、本当ですか」
「あぁ……ただし、悪魔としてな……」
私は他の使用人や奴隷には聞こえないよう囁くような声で伝えた。
案の定、少女は目を見開き、信じられないような顔を見せている。
「そ、そんな……」
「おい兄弟、それは一体どういうことだ?」
「言葉通りだ。人を含めた知恵ある種族は、体内のマイフの変化で悪魔化することがある。細かくは省くが憎悪や苦痛はそれを引き起こしやすい、だから奴隷は悪魔化しやすいんだ」
尤も、あくまで基本であり、細かく言えば他にも要因はある。
「とにかく急ぐぞ、手遅れになる前に!」




