第八十二話 フレンズの客
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魔導ギルドの運営は極めて順調と言えた。尤も人手不足の件はまだ解決していないのだがな。
実は奴隷の代わりに始める人材派遣については、密かに始まっていたりもした。私が出会ってきた人物に話を持ちかけると意外にもかなり感触が良く、またそこからの紹介などもあり方々から話を聞かせて欲しいと声がかかった。
なのでジャニスとも相談した上で、業務を開始してもらった。だが、結果的にうちに回せる人材が減ってしまった。
これも、本当ならうちに優先的に人を回してくれるという話ではあったのだが、より制度を浸透させるには既に優位性を知っている私よりは、他の顧客と契約してもらった方が良いと判断したからだが、おかげでアレクトは涙目だ。
仕方がないのでメイに頼んで上質なスイーツを作ってもらいやる気を上げてもらっている。
さて、人手不足以外は極めて順調と言える現状であるが、そんな折、フレンズがギルドまで訪ねてきた。
それ自体は別に珍しいことではないがな。フレンズ商会とは今となっては持ちつ持たれつといった関係だ。当然私から商会に出向くこともあれば、フレンズの方からやってくることもある。
だが、今日はいつもとちがって妙に神妙な顔つきであった。大体ニコニコとした笑顔でやってくることが多いから、こういう表情でこられると何かあったのだろうとすぐにわかる。
とりあえず、お客様用の椅子に座ってもらい、気持ちが落ち着く紅茶をメイに淹れてもらった。
「何か悩みでもあるのか? とりあえず紅茶でも飲んだらどうかな?」
「あぁ、これはすみません。ふむ、いやこの香りといい味といい、どこか安心します。気持ちもホッとしますね」
「それは良かった。それで、今日は何か用件があってきたのだろう?」
特に何もなくても顔を出してくることはあったが、今の様子を見るに間違いなく、何かあってのことだろう。
「はは、わかってしまいますか。流石ですね」
「顔を見れば別に私でなくてもわかると思うがな。それで、顔色が優れなかったのと関係があるのか?」
「えぇ、まさにそのとおりで、実はこれまで贔屓してもらったお客様に以前からお願いされていたことがありまして、それがかなり難解な代物で、希望にそえるものが中々みつからなかったのです。ですが、お客様からいよいよ催促がきてしまったもので……」
ふむ、私に話を持ちかけるということは、魔導具に関係するものなのだろうな。
「それで、その代物というのは?」
「はい、それが、お客様はチェスを趣味としておりまして、暇があれば誰かを呼んでチェスをするぐらいのハマりようなのです。ところでエドソンさんはチェスは?」
「まぁ嗜む程度ではあるがな」
私はどちらかというと暇があれば部屋に篭って魔導具を作っていたタイプだからな。とは言えルールは知っているし、昔はよくつきあわされたりもしたものだ。
「しかし、それで相談というのは、まさかチェスの相手をとかではあるまいな?」
「いえいえ、それで良いなら問題なかったのですが、お客様はチェスもやりすぎて新鮮味が薄れてきたと申されて、だからこれまで自分が見たこともないような全く新しいチェスが欲しいと、そう言われまして」
ふむ、全く新しいチェスか。
「ですが、流石にそれは無理、ですよね……これまで贔屓にして頂いたので無下にはしたくないのですが……」
「出来るぞ」
「はい、無茶を言っているのはよくわかって、え? 今なんと?」
「出来ると言ったのだ。全く問題ないな」
素材も最近は色々情報も入ってくるからな。その手の魔導具ならこの領内の材料だけで十分作れるだろう。
「お、驚きました。今の話だけで可能とは」
「寧ろそういった要望を何とかするのも魔導具作成の醍醐味だ。それで、いつまでとかあるのか?」
「一応3日以内には結果が欲しいと言われているのですが……」
3日か……アレクトだと期間的に厳しいが、それぐらいなら今のアレクトなら作成可能だろう。後で教えることにして、今回持っていくのは私の方で作成するとしよう。
「わかった。3日後に用意しておこう」
「本当ですか!? いや言って見るものだ。本当にいつもいつもありがとうございます!」
こっちとしても次の仕事に繋がるからな。そんなわけで私は約束通り3日で頼まれた全く新しいチェスを完成させ、持参し、フレンズと落ち合い、そのお客の下へ向かったのだが。
「まさか町から離れたところに住んでるとはな」
私はフレンズが所持している馬車に揺られながら、目的の屋敷に向かっている。本当は魔導車の方が早いのだが、メイも色々と忙しいからな、それに馬車でも町を出てから40分程度の距離だというので素直に同乗することにした。
ただ、やはり魔導車と比べるのは酷とは言え、凄く揺れる。これでも安物の馬車よりはマシな方なのかも知れないが、尻が痛くなりそうだ。
それに黙ってると酔いそうな気もする。普段魔導車だから全く気にしてなかったが、乗り物酔いしない魔導具を作るべきかも知れない。
とにかく会話を続けて気を紛らわす。
「相手はどんな人物なのだ?」
「先祖から受け継いだ土地と屋敷を守り続けている方でして、準男爵の位も個人でお持ちなのです」
「準男爵か……俗に言う名誉爵か――」
男爵クラスになれば小さな村を何個か治めたりするが、準男爵はそういったものはない。小さくても何らかの功績を上げることで貰えるような爵位だ。場合によっては寄付金だけでも貰えるような爵位だが、土地や屋敷があるということはそれなりに誉れとなるようなことをしたのかもしれない。
「しかし、お主にそんな魔導具を頼める辺り随分と羽振りがいいのだな。商会でも開いているのか?」
「今は特にそういったことはされてないようですが、亡くなられたお父様がやり手だったようでかなりの資産を遺されたそうです」
……それってつまり、親の遺産を食いつぶしているだけということなのではないか? そうなると爵位も恐らく世襲……一応お得意様ということなようだが、そのような相手で大丈夫なのだろうか。金の心配は無いという判断なのかも知れないが。
「あ、見えてきました。あそこの屋敷です」
ふむ、小高い丘の上にあるあれがそうか。流石に町のような壁ではないが、塀には囲まれているな。
馬車が丘を上り屋敷に近づいてく。門の前には屈強な男が立っていた。
フレンズの話だと執事兼護衛らしい。まぁそれぐらいいないと安心できないか。
「これはこれはフレンズさん、御機嫌よう」
「はい、いつもご苦労さまですね」
一言二言挨拶を交わし、門を抜けることになったが、その時に、今日はお子様連れですか? なんて聞かれていた。
違うと否定し、フレンズも魔導具師だと説明したがあの顔は信じてなかったな。子どもの遊びに付き合ってるんだな、みたいな顔をしていたぞ。
悪気はないとは言え門の段階でこれでは先が思いやられる。
「ふむ、犬が多いな……しかも全て獰猛で知られる猟犬だ」
「はい。下手な魔物なら寄せ付けないぐらいの力はありますからね。護衛の彼とこの猟犬たちによって屋敷は守られているようなものです」
ふむ、しかし、妙な物々しさも感じられる……魔物や賊のたぐいを寄せ付けないためというのも勿論あるのだろうが、なんだろうか? 何かを逃さない為のような、そんな雰囲気も感じられた――




