第六十二話 キッコリ魔導具に感動する
「よっしゃ判ったぜ! つまりオレっちがそのグダグダとしゃらくせぇギルドの職員をぶっ飛ばして一発ビシッと言ってやればいいってことだな!」
「違うそうじゃない」
魔導具を販売するにはブランド化が必要だということと、そのためには商業ギルドを納得させる材料が必要だと話した。
だが、その間に説明した預り金について何故かキッコリが怒りだし、今にも殴り込みにいきそうな様相であった。
勿論それは私が止めたが、見た目通りというかなんというかかなり沸点が低そうなのである。
「そんな脅しみたいなやり方では根本的解決に繋がらない。何よりお主が不利益を被るだけだ」
「むぅ、しかしならばどうすれば?」
「そのための条件です。宜しければキッコリ様には、この魔導具が販売されたあかつきには今の金額で購入すると一筆ご記入頂きたいのです」
「へ、へへ、これはこれは、それはもうこんな綺麗なメイさんに頼まれたら、だがそんなことでいいのか?」
「しっかり直筆でサインも貰えるならな。妙な話かと思うかも知れないが商業ギルドに納得させるためにはこのブランド化には価値があると理解してもらう必要がある」
「なるほどな。判ったぜ! そんなことで良ければメイさんのために10点でも20点でも買うと記入してやる!」
鼻息荒く私が用意したペンを手に取るキッコリだが、何か勘違いしているようだ。
「一応言っておくがこれは形だけのものではない。勿論正式に販売されない限りは強制力はないが、販売された時は買うという約束事だからな。だから実際にほしいと思った数を記入してくれ」
「……そういうことか。がっはっは! 気に入ったぜ坊主! 適当な数でごまかそうとせず、正当な手段でいこうってその心意気!」
そう言いながらバンバンっと肩を叩いてきた。だからこれぐらいの力なら衝撃は通すのだからちょっとは痛いのだっていうのに。
それに別に特別なことを言っているわけじゃない。そもそもごまかしが通すような相手なら最初から適当に書いて出すだけでいいのだしな。
だが商業ギルドは金のこととなると抜け目ないからな。だから下手にごまかさないほうがかえっていいのだ。
「よし、ならブランド化が成功したあかつきには3セット購入させてもらうぜ。これがあれば寝かしていた職人も動けるからな」
そう言って私の貸したペンで記入してくれたが。
「いや、てかこのペンすげーな! インクもつけてないのに全く字が薄くならねぇし手にしっかり馴染んで書きやすい!」
「あぁそれもさっきのベストと基本的な構造は一緒な魔導具のインクレスペンだ。基本半年はインクいらずで書けるし、交換もカートリッジ式で楽ちんだ」
「……でも、お高いんでしょ?」
「うむ、本来なら金貨1枚は欲しいところだが」
「だが?」
「今ならなんと大銀貨――5枚!」
「安い買った!」
結局このインクレスペンも5本契約してもらった。
さて、こうして魔物の脅威は問題なくなり、キッコリの鼻歌を耳にしながらカタスギの木の前までたどり着いた私たちだったが。
「さぁ、いよいよきたぜカタスギ……だがなぁこれがまた厄介なんだ」
「普段はどうしてたんだ?」
「まぁ基本、冒険者頼みだが使い捨ての魔導具に頼ることもあるな。爆破のだが。今も一応持ってきてるぞ」
「見せてくれ」
そしてキッコリが見せてくれたが、なんともふざけた魔導具だな。何せ赤水晶の中に適当な術式を記術したこれまた適当な加工の魔石を入れただけだ。
投げて当たると爆発するというが、衝撃判定もおそまつなもので、こんなもの下手したら持って歩いているだけで暴発しかねないじゃないか。
魔導ギルドの魔導具が暴走したなんて話があったが、こんなものを販売している方が問題だろうに。
「これはどこで購入したものだ?」
「あぁ、ドイル商会の傘下の店だな。でも結構してなそれ1個で金貨1枚すんだよ」
これがさっき見せたインクレスペンと同額だと? しかも安くした分、それより高いってことになるだろう。そう考えると腹ただしいな。
「いっとくがこんなもの持ち歩くのは危険だぞ。下手したら暴発する。それにこれ1個じゃカタスギの木は倒れんだろ?」
「あ、あぁ確かに。結構何度も投げないといかんのだが、そんな危険なものだったとはな」
「あぁ、だからこんなものはこうだ!」
「あぁあぁあああ!」
私は反対側のカタスギの木めがけてそれを投げつけた。すると小さな爆発が起きる。
私からすればあまりにしょぼい爆発だ。
「お、おいおい! いや、そりゃ暴発は怖いけどよぉ」
「安心しろ。その分の金貨は支払う。あんなので折角のお客様に怪我でもされたらたまらんからな。メイ」
「はい、こちらをどうぞ」
「……ふん、いらないぜ。オレっちの為にやってくれたのならそれで金を貰うなんざ粋じゃないぜ!」
そう言ってメイが用意した金貨を受け取ることはなかった。ふむ、中々の矜持だな。
「だけど、あれがないとカタスギはびくともしないのも事実なんだがな」
「安心しろ。当然それに対応する魔導具も用意している」
「な、なんだって! 本当かいそれは!」
「あぁ、まぁ1つこれを見てもらおうか」
そして私は腕輪から1本の斧を取り出した。キッコリが目を丸くさせる。
「なんだ、ただの斧?」
「ただの斧ではない。これは超魔波振動斧だ。魔力の波動を振動に変えて切れ味を良くした斧といったところだな」
「振動だって?」
「そうだ、魔力を流せば、これで振動で切れ味が増す」
魔力を流すことによって斧刃が淡く光りだす。これで起動したことが判るわけだ。
「振動って、何か変わっているか?」
「超高速だからな。見た目には全く振動してないように見えるのだ。故に手ブレもおきない」
「ほえぇ~しかし本当かね?」
「まぁみていろ、とその前にこの腕輪を装着しておいてくれ」
「うん? これをか?」
私が自分の腕にも腕輪を装着してみせると、キッコリもそれに従ってくれた。
よし、これで準備は出来た。私は近くにあったカタスギの木の前に立ち――撫でるように斧を振った。
「よし、切れたぞ」
「……は? いやいや、何いってんだ? お前それ、外れたんだろ? プッ、はは、いや、それも仕方ねぇか。お前はまだ子どもだ。木こりの仕事なんざそう簡単にできるわけもない」
「何を言っている?」
私はカタスギの木から離れ、そして流していた魔力を解いた。その直後、幹に線が走り、カタスギの木が倒れていった。
「な、なんだとーーーー!」
キッコリが仰天した。目玉がいよいよ飛び出そうだ。
「お、おまえ! 子どもなのにこんな才能が!」
「違う違う。この超魔波振動斧のおかげだ。これがあれば誰でもこれぐらい出来る。なんなら試してみるか?」
「え? いいのか?」
「試してもらわんと商品になるかわからんからな。魔力は柄のここに流すんだ」
私が説明すると、よし、と真面目な顔でキッコリが木の前に立ち、そして斧を振った。
「な、なんだこりゃ! 全く抵抗がなかったぞ! おかげでそのまま振り抜いちまったぞ!」
「そうだろうそうだろう。その斧はそれぐらい切れ味が鋭い」
「確かに凄い、だが、駄目だ! これは使えない!」
「うん? 何か問題があったか?」
キッコリが真剣な顔で言ってきた。これは私でも気づかないことが本職にはわかったのだろうか?
「これは切れすぎる。いいか? 木こりは切る時に倒したい方向を計算して切るんだ。だから先ず片側を切ってバランスを取っていく。だがこれだとそれが出来ない」
「うん? なんだそんなことか。それなら問題ないぞ。そもそも気づかないか?」
「気づくだって?」
「キッコリ様。今確かに貴方は今その斧で木を切りましたが、まだ倒れてません」
「え? あ! そういえば! だが、なぜ?」
「その斧は、魔力の波動と振動を利用して切れ味を鋭くしている。だがそれだけではなく、切ると同時に魔力によって切断面を一時的に魔着させて固定されているのだ。だからその斧が起動している限り倒れることはない」
「え? ということは?」
「あぁ、斧を停止させれば倒れるぞ。しかもイメージした方に倒れてくれる」
「ほ、本当かよ……」
信じられないといった顔をしながらも、キッコリが斧の振動を停止させた。すると、カタスギの木は私たちとは逆の方へ倒れていった。
「す、すげーーーー! マジかよ!」




