第四十話 駆けつけた時には終わってた
sideハザン
俺は話を聞いた後、愛用の大剣ゼーツンゲを手にエドソンを追ってビネル山に向かった。
時間がなくて仲間を集める暇がなかったのに多少の懸念はある。Bランクの冒険者としてそれ相応に自信はあるが、この時期は本来ならもっと上にしか現れない魔物も下に降りて来ている可能性が高いからだ。それらの魔物は2,3匹程度ならわけないがあまり多く現れると厄介ではある。
だが、そんな後ろ向きなことを言っている場合ではない。俺はエドソンに借りがある。それを返すために頂上に急がねば。
尤も、ショクヨークが現れるこの時期は、まともに頂上まで行けるかどうかも怪しいけどな。魔物も餌にありつけず気が立っているだろうし。
そんなことを考えながらビネル山に入る。ビネル山には凡そ道と言えるようなものは存在しない。定期的にショクヨークが現れ魔物が荒れ狂いやすいという点でこの山を切り開くのは難しいからだ。
だが、何だこれは?
ふと、足元に奇妙な2本の跡が見えた。これは、車輪の跡か? いや、でも何か変わった跡だ。溝のような物も入っているようだが……。
正直何かはよくわからない。特殊な馬車だろうか? もしかして新たな魔物? ふむ、判らん。避けたほうが無難だろうか? だが、跡を見るに頂上へ向かっているようにも思える。
そこでふと門の衛兵に以前聞いた話を思い出した。何やら変わった鉄のような魔獣を連れた男の子とメイドがいたと。
それは、今考えてみればどう見てもあの2人を示している。つまり、これはその魔獣の足跡?
確信は持てないが、気になってしまった以上仕方ない。俺はその跡を追って山を登っていく。
「お、おいおいおいおい! なんだよこれ!」
途中まで登ったところで、思わず声が出た。これは驚くべき事態だ。何せ、あの足跡を辿ってきた先に大量の魔物の死骸が出来上がっていたのだ。
しかもその魔物はマウンテンウルフにビックホーンボアだ。マウンテンウルフは1匹だけ相手するならそこまで手強い相手ではないが群れの場合危険度はDランク相当になる。
だが、それより驚きなのはビッグホーンボアだ。この魔物は通常時の単体でも討伐ランクはD、しかしショクヨークが出るときは興奮状態となり好戦的となっているので討伐ランクはCまで上がる魔物だ。勿論群れで来ると俺クラスでも単騎で相手するのは中々骨が折れる。
だが、その魔物が軒並み死んでいるのだ。一体どれだけの数なのか、数えるのもバカバカしくなるほどだなこりゃ。
それにしても……全く素材を剥ぎ取った痕跡がないな。魔物の死骸は基本、放っておいても時間が経つと分解して消える。なので素材が必要ならその前に冒険者ギルドに引き取ってもらう必要がある。素材が消えないための処理技術は冒険者ギルドのみに伝えられているからだ。
しかし、なんとももったいない気もするが、俺はそれよりもエドソンとあの胸の大きなメイドも心配だ。
それにしても、おいおいマウンテンウルフだけかと思えばこっちにはベルフヴォルフの死骸まであるじゃねーか。
ベルフヴォルフは一見するとマウンテンウルフに似ているが、実は若干ベルフヴォルフの方が大きく何より爪と牙も鋭いし土魔法も使う、んだが……全く関係ないって感じだな――
てか、これは一体誰がやったんだ? この足跡を辿ってきたら転がる死骸……まさかあのエドソンが?
いや、可能性はあるか。何せあいつはこの俺を一撃で倒したんだ。
だが、それでも、いやだからこそ危険だ! この魔物を倒したぐらいで調子に乗っていては、間違いなくショクヨークにやられる!
あのショクヨークはBランクでも単騎じゃキツイ相手だ。俺も実は倒す自信はなく、見つけたら逃げるのに専念しようと思っている。
それぐらいの相手だ。だから頼む! 出来るだけ持ちこたえてくれ!
「待ってろよエドソン! うぉおおおぉおおおおお!」
◇◆◇
sideエドソン
「な、なんじゃこりゃぁあああぁあああ!」
突然やってきた暑苦しい男が、倒したショクヨークの死骸を見て仰天していた。なんだ突然。
「おいエドソン! これは一体どういうことだ!」
「それ以前にお前は誰だ?」
「ええええぇええええ!? いやいやいやいや、ハザンだよ!」
「破産? なんだただの借金苦か」
「大変だったんですね、うぅぅうう」
「ハンカチ貸しましょうか?」
「破産じゃない! ハザンだ!」
「知らん!」
はっきり言ってやったらがっくりと膝を落として両膝と両手を地面につけて項垂れた。なんなんだこの男は。
「いやいやそれはねぇぜ兄弟!」
「誰が兄弟だ!」
「お前と俺で体を合わせたあの熱い1日を忘れたのかブラザー!」
「ええええぇええええ!」
「……いつの間にそんな関係に」
「いやいや待て待て! ふざけるな! 適当なことを抜かすな!」
「な! お前本当に忘れたのか? 戦っただろうが! 俺とお前で!」
「ちなみにご主人様。この方は以前絡まれたチンピラに利用されて言われるがままご主人様に戦いを挑んだ男です」
あぁ、そういえばいたなそんな脳筋が。
「やっと思い出してくれたか……」
「その方とどうして熱い一夜をともにしたんですかねぇ、私気になります!」
「だからそれは嘘だ!」
「アレクト様、そもそもこいつ、いえハザンは1日といっただけです。体を合わせるも拳を合わせると勘違いしたのでしょう。紛らわしい今すぐこの世の果てまで飛んでいけばいいのに」
「辛辣だなおい! あと今こいつ呼ばわりしようとしなかった!?」
こいつはこいつで十分な気もするがな。
「それで、その脳筋が何のようだ? 勝手に来て勝手に騒いでやかましいことこの上ないぞ」
「お前、子どもなんだからもう少し可愛げのある喋り方できないのか?」
お前より年上なんだよこっちは。
「俺はあれだ、お前たちがこの山にエスイッヒを採りに来たと言うから助けにだな」
「助けがいるような状況に見えるか?」
「いや、見えないがな……しかし、どうなってるんだこれ? こんなに大量に、魔物が仲間割れでもしたのか?」
「全て私が倒した」
「はっはっはまさか」
「本当ですよ」
「紛れもなくご主人様がなした成果です」
「本当かよおい!」
「ちょっと待ておいコラ」
なぜ私の言ったことは信じず、アレクトとメイの言ったことはすぐ信じるのか。
「でも、この魔物を倒すのに私を囮に使ったんですよ! 酷くないですかぁ?」
「いやでも二人共無事で何よりだぜ」
「スルーされた! しどいぃ!」
ま、当然だな。それでも役に立てたのだからむしろそこはもっと喜ぶどころだろう。
「しかしエスイッヒを取るのに随分と苦労したんだな。まさかこんなに大量のショクヨークがあらわれるとは」
「いや、これはいっぺんに出たのではない。今も言っただろう? この女を餌にしておびき寄せて倒していったのだ」
「……マジかよ。わざわざこんなのを狙ったのか……」
「魔導具の作成にこいつの素材が必要だったからな。エスイッヒはそのついでだ」
「そっちがついでだったのかよ!」
当然だろうに。
「さて、いい加減この死骸を回収するか」
「そういえばこれどうやって持ち帰るんだ? あそこにいる魔獣で運ぶのか?」
「お前もソレか」
こいつらにはあれがそんなに魔獣に見えるのか。まぁ面倒だし説明は省くが。
「乗せなくてもこれで簡単だ。収納」
私が口にするとその場にあった骸が瞬時に無限収納リングに入っていった。
するとハザンが口を半開きにさせてポカーンとしていた。
「おいどうした?」
「いやいやどうしたじゃねぇよ! 何だよ今の! 何したんだよ!」
「うるさいな。ただの魔導具だよ」
「はあああぁあああ?」
それからなんだそれはどうやったどこで売ってるのかと随分としつこく聞かれた。全くそんなに珍しいものかねこんなものが……。