第三十六話 ブランド
アレクトにマジックバッグを作らせることを決めてから後日、私はフレンド商会にやってきた。
「これはこれはようこそいらっしゃいました。おいブルート! お茶を用意しろ!」
「えぇ~俺雑用係じゃないぜ?」
「うるせぇ! 魔導具の良し悪しもわかんねぇくせに口答えするなんて100年早いんだよさっさと淹れてきやがれ!」
「ぐっ、わ、判ったよ」
どうやらフレンズの息子は、私の件で今でも大分しごかれてるようだな。しかし、名前はブルートというのか、そう言えば全く知らなかった。
「いやぁ、あのマジックバッグですが好評も好評で今でも毎日いつ入るのかと問い合わせが殺到してるんですよ」
「何! そんなにもか! うむ……」
これは、ちょっと私も考えが甘かったか? まさかあれがそこまでとはな。
「どうかされましたか?」
すると私の様子に気がついたのか、フレンズが気にかけるように尋ねてくれた。
どうしようか迷ったが、話すだけ話しておくか。どうしても厳しそうなら、私がやればいい。
なので私は次の分から作り手を変えたいということ、勿論それも私の指導の元作成すること。
ただし、その分納期に少し余裕が欲しいことを伝えた。アレクトは今日は朝からメイにつかせ術式を徹底的に叩き込ませているところで、3日で覚えさせるつもりだが、材料の確保もこの周辺で行うつもりだからどうしても時間がいる。
「はは、そんなことでしたか。勿論構いませんよ」
「何! 本当か? 本当にいいのか?」
「はい。そもそも契約上は前回頂いた分で済んでおりますし」
確かに前回の契約はあくまでマジックバッグ3個分の契約ではあったな。
「いやしかしよかった。明日までにどうしても納品して欲しいとなるとアレクトでは厳しいからな」
「いやいや! いくらなんでもそんな無茶はいいませんよ! あれだけの品なら納期が半年先でも早いと思えますし!」
半年先? そんなに待ってくれるのか? いや、そんな筈はないな。きっと彼なりの冗談なのだろう。
「それにあれだけのマジックバッグとなると、ある程度時間が掛るほうがよりレアに思われるものですからね。問い合わせの件は人気だということを伝えたかっただけなのでお気になさらず」
「うむ、そうか。だが、できるだけ急がせてもらおう。7日以内には出来るようにな」
「いやいや! そんな無理なさらなくても大丈夫ですし! 本当半年でも待つつもりですから!」
むっ、半年は冗談ではなく気を遣わせただけであったか。なんとも申し訳ないな。こうなったらアレクトのケツを蹴り上げてでも急がすとしよう。
「ところで、今朝方道行く冒険者の話が聞こえてきたのですが、もしかして冒険者ギルドと一悶着あったというのは?」
「うん? なんだもうそんな話が出ていたのか。いや、実はだが」
私はフレンズに昨日の冒険者ギルドでの経緯を話して聞かせた。その間に息子のブルートがやってきて紅茶を置いた。ただ置いただけなのでフレンズに淹れるんだよ! と殴られてたが、そのまま話を続けたら息子も興味深そうだった。
「なるほど……いやしかし驚きました。冒険者ギルド相手にそこまで言えるとは感服いたします」
「でもよぉ、大丈夫なのかあんた、イてぇ!」
「お客様相手にあんたとはなんだこの馬鹿!」
「ぐぅ、だから、エドソンさんは大丈夫なのかよ! 魔導ギルドが下手したら目をつけられるだろう!」
「ふむ、私としてはどうとでもなると思っているが、そんなに影響力があるのか冒険者ギルドというのは?」
「そうですね。魔導具の管理でさえ今は冒険者ギルドが一手にやっているほどですから」
「むぅ、問題はそこか。その管理を魔導ギルドに戻したいところなのだがな」
「そんなの無理に決まってんだろ。全く辺り構わず喧嘩をうるとかこれだから子どもはいてぇええええぇええ!」
「余計な口出しすんな! いいからテメェはさっさと自分の仕事にもどれ!」
フレンズも中々容赦がないな。頭をおさえてぶつぶついいながらもブルートは仕事に戻っていった。
「ふぅ、しかし冒険者ギルドから魔導具の管理を魔導ギルドに戻すというのはかなり難しいかもしれません。魔導ギルドは一度魔導具の暴走で目をつけられてしまってますから」
「うん、魔導具の暴走? 何だそれは?」
「え? 知らないのですか? 4年前に起きた事件ですよ。魔導ギルドの管理で許可が出た魔導具の数々が同時期に大量に暴走し大騒ぎとなったのです。死者こそでなかったものの重軽傷者含めて100人以上、建物や器物にも多くの被害が出てしまったんです。それが調査の結果、魔導ギルドの管理ミスのせいだと発覚し――」
それを理由に魔導ギルドの管理資格が剥奪され、冒険者ギルドに移ったというわけか……。
「その事件の前から魔導ギルドの管理で何か問題が起きていたのだろうか?」
「いや全く。正直その頃の方が魔導具の品質も良かったとは思うほどです。なので疑問視してる人も当時は多かったようですが……」
ふむ、どちらにせよ4年前となると今更ではあるが、しかし気には止めておくか。
「ところで、エドソンさん。その魔導具の件ですが……ブランドを立ち上げてみる気はありませんか?」
「ブランド?」
私は思わず反問した。ブランドについての知識はあまりない。
「ブランドにすると何かあるのだろうか?」
「はい。基本的に魔導具を売るには冒険者ギルドに許可を取る必要があります。ですが、唯一の例外がブランド化なんですよ。自分でブランドを立ち上げて販売するなら、冒険者ギルドの許可はいりません」
なんと……そんなやり方があったとは。技術や法的な部分も昔から代わり映えしないと思っていたが、商売面では知らない制度がまだまだあったのだな。
「しかし、そんな制度があるなら、なぜ誰もブランド化しないんだ?」
「それ相応のリスクがあるからです。冒険者ギルド管理の下でなら、責任は冒険者ギルドが待ちますが、ブランドを立ち上げると全責任は当然ブランド側が持つことになるので……」
なるほど……冒険者ギルドという巨大組織がバックにいるのと個人でブランドを立ち上げるのとでは安心感が違うってことか。
「それに販売面でもやはり力の差が出てきますし、販売ルートを確保するのも大変になります。やはり冒険者ギルドの方が安心だと思う人も多いのですよ」
なるほどつまり冒険者ギルドそのものが巨大なブランドみたいなものか。
「あのギルドがそこまで大きくなるとはな。しかしブランド化そのものは面白そうだ」
「はい。私もエドソンさんだから勧めたというのもあります。私も色々協力させて頂きたいですし」
「協力?」
「はい。もしエドソンさんがブランドを立ち上げるなら全力でサポートいたしますよ。販路の面ではうちがお役に立てると思いますし」
つまりブランドを私が立ち上げた後は、うちで作成した魔導具をフレンズ商会で取り扱ってくれるというわけか。
「それに紹介したロートさんもブランド化した魔導具の顧客になってくれるかもしれませんし、前も言ったように冒険者ギルドに少なからず不満を持っているのもいます。そういった人たちにもアピール出来るよう全力を尽くさせてもらいます!」
フレンズがドンッと胸を叩いて宣言してくれた。これはかなり頼もしい後ろ盾が出来たと言っても良いが。
「だが、いいのか? 冒険者ギルドから目をつけられたりは?」
「問題ありません。それに私がこれまで商売を続けてこられたのも、エドソンさんの作った魔導具に救われたからです。今回だってしっかり儲からせていただきますし、正直言えばエドソンさんと組めばきっともっと多くの利益が望めるという打算もあるのですよ」
指を立て、ニヤリと笑いながらそんな事を言う。私に気を遣わせまいと思っての言葉か。
フレンズは信用できる相手だな。息子は未熟な面も目立つが、商売面でいえばフレンズは頼りになる。パートナーとしては申し分ない。
「判った。ブランドを立ち上げるとしよう。ただ、こういうことには疎くてな」
「大丈夫です。それならば必要書類などは私が集めておきましょう。書き方も教えますので用意が出来たら連絡しますね」
こうしてブランドを立ち上げることが決まった。話がまとまってからはマジックバッグ分の残りの報酬を頂き私はフレンズ商会を後にしたわけだが。
「おいお前! 魔導ギルドのガキだな?」
「……なんだ藪から棒に?」
「へへ、どうやら強いっていうメイドもいねぇようだな。ならちょっと付き合ってもらおうか?」
「断る」
魔導ギルドに向かう途中おかしな二人に絡まれた。面倒なので無視しようとしたが。
「おっとそうはいかないぜ。いいからついてきな。ブスッといかれたくなかったらな」
何か後ろに回った男から背中にナイフをあてられた。逆らったら刺されるそうだ。
「そうか。なら好きにしろ」
「は? テメェ俺がやらねぇと思ってるのか?」
「知らん。だが、そこまでやるということはやられる覚悟もあるんだな?」
「テメェ……」
「おい! もういいから動けない程度にぶっさせ!」
「へ、馬鹿なやつだ。ま、安心しなこのナイフは掠っただけでも痺れて動けなくなる代物だ」
正面の男と勝手に盛り上がってるが、何も策がないのにこんな事を言うわけがないだろう。
「いくぜオラぁ!」
チンピラの声が私の耳に届いた。勿論、私に怪我はない。
「……は?」
「お、おい何やってる!」
「いや、突き刺したのに、は、刃が!」
「当たり前だ馬鹿め。私が着ている服はそれ自体が身を護る防具だ。そこらにあるナイフなんぞで、突き刺せるものか愚かものめ!」
「ぎゃ、ぎゃああぁあああああああ!」
電撃棒で先ず一人気絶させた。前を見ると、もはやなりふり構わずといった様子で剣を抜く男が見えたが。
「舐めてんじゃねぇぞ。俺はこの剣で何人も殺して来てんだ! 死ね、ぎゃあぁあぁああ!」
剣を振り上げて向かってきたところで、あっさり私の電撃棒にやられて倒れた。全くなんだったんだこいつらは。とりあえず一人は動けない程度で意識は残しておいたから話を聞くことにする。
「おい、お前、一体なぜ私を襲った?」
「へへ、噂になってんだよ。金持ちで世間知らずのガキがうろついてるってな。だから、襲ったのさ」
金品目的ということか。一応魔導具で確認したが嘘は言ってないようだ。
それにしても、妙な話が広まったもんだ。とりえず話は聞いたし再び気絶させておいてと。
さて、この二人をどうしようか――
「やっぱりエドソンなのじゃ!」
うん? この連中をどうしようかと考えていると、どこかから幼い少女ののじゃっとした声が聞こえてきた。
振り返ると、見覚えのある顔ぶれが見えた。
「久しぶりよのうエドソンよ。今日はあの美人のメイドはおらんようじゃがどうしたのじゃ?」
そして袖をパタパタさせながら少女が近づいてきて声を掛けてきた。それで思いだした。
確か以前ブラックウルフに追われていたアリスだな。
「メイなら今日は別の仕事があってね。今は私一人だ」
「なるほど。お主一人でお使いというわけか。子どもなのに偉いのじゃ」
この娘の中で私は一体どういう扱いなのか全く――
「エドソン様ご無沙汰してますねぇ~」
そしてアリスの後ろからニコニコとした笑顔で姉のサニスが近づいてきた。
「あぁ、その説はお世話になったな」
「いえいえ。寧ろお世話になったのはこちらの方ですから」
一緒に近づいてきたのは以前に御者を務めていた執事のハリスだ。その横には鎧騎士のアンジェリークの姿もあり、彼女が後ろで倒れているごろつきに目を向けた。
「エドソン様。この者らは?」
「あぁ。実は歩いていたら急にナイフで脅されてな。金品目的の強盗のようだったから返り討ちにしたところだ」
「なんと、貴方様が。やはりブラックウルフを倒すだけあって素晴らしい強さですな」
ハリスが感心したように言ってきたが、ブラックウルフ程度を倒したぐらいでそこまでの強さの証明になるとは思えないけどな。
「ま、こいつらもただのチンピラだしな。この程度は大したことないさ」
「……この連中、手配書が回っている凶悪犯の二人組ですね……強力な毒や巧みな剣術を使うので手を焼いていたようなのですが……」
倒れた連中の顔を確認しながらアンジェリークが言った。こいつらが凶悪犯? 冗談だろう?
「とにかくおかげで厄介な犯人を捕まえることが出来ました。騎士としてお礼申し上げます」
結局アンジェリークの声がけで衛兵がやってきて凶悪犯の二人は連れて行かれた。
「流石は魔獣使いなのじゃ! ところであの魔獣は今日はいないのか?」
アリスがキョロキョロと首をめぐらしているけど、魔獣じゃないんだよな……どこまで本気なのか……とりあえず今日は乗ってきていないことを伝えておいたががっかりされた。
「そんな凶悪犯を本当に凄いですねぇ。きっとエドソンさんはものすごい魔法使いさんなんですね」
「魔法使いではなく魔導具士なんだけどな」
「エドソンよ! 今度妾はあの魔獣に餌を上げたいのじゃ!」
餌? 動力のことならあれは魔力なのだがな。
「エドソンよ。よければ屋敷にこぬか? 色々と話を聞きたいのじゃ!」
「興味深い申し出だが、実は私にはまだやることがあってね。勿論時間が出来たら是非ともお呼ばれしたいところだが」
「え~嫌なのじゃ~来てほしいのじゃ~」
「こ~らアリス~わがまま言っちゃ、め、だよぉ~?」
「うぅ……わかったのじゃ! じゃが、時間が出来たら必ず来るのじゃぞ!」
「あぁ、その時はよろしくお願いするよ」
私はそうアリスと約束を交わした。
「ところでエドソン様は今はこの町で暮らされているのですか?」
「色々と縁があってな。暫くは太陽の小町亭という宿を拠点に滞在することになると思う」
「太陽の小町亭ですね……わかりました覚えておくとしましょう」
そして私はハリソン家の皆とわかれ、魔導ギルドに戻ることとなった――




