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第三十四話 魔導具の権利

 赤いマントを羽織った中年の男が階段を下りてくる。後ろからは屈強な男と目付きの鋭い女が彼に従うようについてきていた。


 角張った顔の男だ。髪の色はグレーで脂でしっかり固められており、革製の服はその胸板の厚さに悲鳴を上げている。


 大柄な男だ。肩幅も広く腕が太ももほどに太く、太ももはまるで丸太のようだ。眼の前のフログがマスターと呼んでいたあたりこの男がギルドマスターといったところか。


「一部始終聞いていたが、お前は今、自分がどれだけこのギルドの名前に傷をつけたか判っているのか?」


 そして階段をおりたところでフログに圧をかけるようにして言い放つ。


「う、ぐぅ、ですが、この者たちの言っていることはでたらめです! 何の根拠もない!」

「この者たちが正式に機関に訴えたとして、お前は同じことが言えるのか?」

「――ッ!?」


 ふむ、どうやらギルドマスターはこの男がとっくに詰んでいる理由が判ったようだな。


 冒険者ギルドがかなりの力を有していることはこの街の様子だけでも判る。恐らく主要な国中の街にギルドが存在していることだろう。


 そしてそれだけ影響のある冒険者ギルドは一つの巨大組織として認知されるはずだ。そうなれば当然税も国から直接徴収されることとなるだろう。


 実際国の税務官というのが存在するからな。そして彼らは僅かな綻びでも見つけたら執拗に攻め立ててくる。


 さっきメイが言い当てたような証拠があるとわかれば放ってはおかないだろう。そういう意味でこいつは既に詰んでいたわけだ。


「全くとんだ愚か者を職長に選んでしまったものだな。お前が勝手に(・・・)行った身勝手な行動のせいで下手したらこの街にとってなくてはならない私のギルドに調査の手が回るところだった」

「し、しかしこれは!」

「黙れ、貴様のやったことは紛うことなき犯罪だ。たかだか青銅貨5000枚程度の着服で人生を棒に振るとは愚かなことだ。お前たち、さっさとこの屑を捕らえ地下牢に閉じ込めておけ!」

「「は」」


 一緒についてきていた男女2人がやってきて両脇から抱え込むようにしてフログを連れて行く。


「そんな! 私はただギルドの為にむぐぅ!」

「黙れ――」


 引きずられるようにして連れて行かれるフログはマスターに対して何かを訴えようとしていたが屈強な男に口を塞がれ、それ以上何も語ることはなかった。


「うちの元職長のせいで飛んだ迷惑を掛けてしまったようだな」


 そしていなくなったフログに代わり、マスターの男が私たちの前に立った。眼の前まで近づくとその巨躯ぶりが際立つ。まるで野生の熊だ。


 口では謝罪のようなことを言っているが、私たちに向ける目つきは鋭く、深い。獲物を狙う獅子の如き険しさだ。


 全く、気を緩めるとガブリといかれそうだな。

 しかし、もう既にあいつを元職長扱いとはしたたかな男だ。


 しかし着服か……今も言っていたが全てはあのフログが個人的にやったことでギルドは関係ないと言いたいようだな。


「改めて、私はこの街のギルドマスターをしているドルベルだ。よろしく頼む」

「あ、ひゃい! よろしくです!」


 残念なアレクトが噛み噛みで返礼した。緊張してるのか? 一応立場的には似たようなものなんだから堂々としていればいいというのに。


「私は魔導ギルド所属のエドソンだ。こっちは残念な女で、後ろにいるのが私と同行しているメイ」

「残念な女って酷いですぅ! アレクトです!」


 アレクトが両手をぶんぶんと上下させてプンスカと頬を膨らませた。威厳もなにもないな、そういうところだぞ。


「わしは、まぁ敢えて言わんでもいいかな?」

「勿論ロート殿にはギルドもお世話になっていますので」

「ふん」


 ロートに対しては敬意を払っているようにも思えるか。そのあたりはマスターとしての立ち振舞を見せてはいる。


「ところで、あの男はどうするつもりだ?」

「勿論このような醜態を晒したからにはしっかりと責任を取ってもらう。同時にお前たちには感謝している。おかげで事前に奴の不正を暴くことが出来た。発覚が遅れていれば、いらぬ容疑でギルドが目をつけられるところだったのだからな」


 あくまであのフログが勝手にやったことで押し通すつもりか。


「お礼ならしっかり形として見せていただきたいものだな」

「ふむ、たしかにそうであるな。ならば先ずはこれだ」


 そう言ってドルベルが私たちの目の前に用紙を並べた。これは、アレクトの借金関係の書類か。契約書も含めて以前見たものと同じものが並べられている。


「アレクトと言ったな。借金に関して交わした書類はこれで間違いないな?」

「は、はい確かにこれですぅ」

「そうか、ならば――」

「あぁ!」


 アレクトが驚きの声を上げた。なぜならドルベルが借金関係の書類を全てその場で破り捨てたからだ。


「これで借金はなし。勿論これから返済を迫ることもない。これは不当な契約書だからな。全て破棄させてもらおう。勿論それにともない、これまで支払われなかった分も含めて纏めて支払わせてもらおう。金額もうちの制度に合わせてね」

「え~と、というと?」

「つまりこの男は、これまでの分と合わせて25585枚分を青銅貨で支払うと言っているのだ」

「ええええぇええぇええ! そ、そんなに、そんなにですかぁ!」


 いや、お前、驚きすぎだろ……。


「落ち着いてくださいアレクト様。これは本来なら当たり前に受け取れる報酬なのですから」

「あ、当たり前にですかぁ?」

「そういうことだ。これまで騙されていた分がそのまま戻ってきただけだ。こんなもので足りるわけもない」

「はは、これは手厳しいな」

「そもそも、お前は大事なことを忘れている」


 私は指を突きつけ奴に言い放った。


「忘れていることとは?」

「権利だ。この女からお前たちは借金の形にと言って魔導具の権利を奪ったではないか。それを返してもらう必要がある」

「……なるほど。だが、それは難しいな」

「何だと? 不当に奪っておいて、魔導具の権利は返せないというつもりか?」

「あわわ、あわわ」

「いや、嬢ちゃん当の本人だろうに、もっとしゃんとせんか……」


 全くだが、余計なことを言われても逆に面倒になりそうだから今は放っておこう。


「勿論その件はなんとかしたいところだが、契約上難しいのだよ」


 すると、ドルベルが魔導具の件を語り始めた。


「とりあえずこの契約書を見てもらおう。君は賢そうだからこれで理解していただけると思うが」

「契約書だと?」


 私はドルベルが出した契約書に目を通す。そして、頭を抱えたくなった。


「なんだ、どうかしたのか?」

「どうもこうもない。アレクト、お前、これ内容をしっかり確認したか?」

「え? え~と、今回の借金が支払えない代わりに魔導具の権利を渡すということですよね?」

「……やはりその程度か。いいか、この契約書は借金とは関係なくただ冒険者ギルドに魔導具の権利を譲るという内容で書かれている。金額そのものは借金にされていた額に沿っているが、この内容ではお前がただ冒険者ギルドに魔導具の権利を売り払ったようなものだ」

「え? え? どういう意味ですか?」

「つまり今回の借金に関する不当性だけでは、この権利は返してもらえないのです」


 メイが補足するが、アレクトはここまで聞いてもしっくりきてない様子だ。これだからこんな手に簡単に引っかかるんだよ……。


「だが待て、それはそれでおかしいのではないか? この場合、魔導具の権利を売った分の金額を受け取ってはいないことになるじゃろう。借金そのものがなくなるということはそういうことじゃろ? ならばこの契約は無効ではないか?」


 そう、ロートの言う通り、あと可能性があるならそこを理由に権利の返却を求めることだが、しかしこの男は恐らく……。


「それはこちらも重々承知している。色々と手違いがあったが、しっかりその分の金額として青銅貨4000枚分をお支払いしよう」

「え? 頂けちゃうんですかぁ? それなら良かったじゃないですかぁ」

「いいわけあるか!」


 頭痛いぞ。だが、この女は、本来無条件で奪われていたはずのものに値がついたという点だけで判断しているのだろう。


「納得いかないかね? ならばうちとしては訴えてくれても構わないが、しかし、契約はしっかり交わされており、こちらもその分を支払う意志がある以上、ここでゴネても苦労に見合う成果は得られないと思うがね?」

「……そういう腹か。全く、おかげでギルドのやり方というのがよくわかった。アレクト、魔導具の件は納得したのだな?」

「え? はい。一度は諦めていたものですからぁ」

「そうか。ならもう何も言わん。その分の金額と正規の報酬だけはしっかりいただくとしよう」

「勿論だ。すぐにでも用意させよう。話が早くて助かる」


 そしてマスターに促され、報酬は直ちに用意された。


 青銅貨ではなく金貨としてな。


「金貨は26枚用意させてもらった。多い分は迷惑料としてとっておきたまえ」

「そう思うなら後5桁ほど量が足りないと思うがな」

「はは、面白い冗談だ。ところで今後も仕事は続けてもらえるかな?」

「あ、はい、可能な――」

「お断りだ。今後魔導ギルドは冒険者ギルドからの仕事は一切受けない」

 

 アレクトを遮るようにしてはっきりと私の口から言い放った。


「そうか。一応これでもそちらのギルドのことを心配して言っているつもりなのだよ? それで今後の仕事は大丈夫なのかな?」

「余計なお世話だ。それとさっき、この金額じゃ5桁ほど足りないといったな?」

「あぁ、面白い冗談だった」

「あの分は、別な形でしっかり回収させてもらうつもりだ。魔導ギルドとしてしっかりな」

「……よく覚えておくよ」


 そして、私たちはそのまま冒険者ギルドを後にした――

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