第325話 ドイルの弟
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「助けていただき、本当にありがとうございました。
私はデイルと申します。そして、こちらが僕の護衛を務めてくれているルークです」
そう名乗り、デイルは深々と頭を下げた。
それに続くように、ルークと呼ばれた執事も一歩前に出て、寸分の乱れもない所作で礼をする。
「御主人様をお救いいただき、心より感謝いたします」
実に礼儀正しい。
姿勢も言葉遣いも洗練されていて、護衛というより側近に近い印象を受ける。そして――やはり目につくのは、彼の耳だ。人間にしては僅かに尖っている。
「私はエドソンだ。こっちはメイドのメイ」
「どうぞ、よろしくお願いいたします」
メイも丁寧に一礼する。
挨拶を終えたところで、私は本題に戻ることにした。
「それにしても……正直驚いたよ。
ドイルから、家族の話は聞いていたからね」
その言葉に、デイルの目がわずかに見開かれた。
「やはり……兄さんのことをご存じだったのですね。そして、その言い方だと……もしかして、兄さんは僕のことを“亡くなった”と思っていましたか?」
問いかける声は穏やかだったが、そこに滲む緊張は隠しきれていない。
私は小さく息を吸い、静かに頷いた。
「そうか……」
デイルは視線を落とし、少しだけ自嘲するように笑った。
「無理もありません。僕自身、しばらくの間はそう思っていましたから。家族は全員亡くなり――僕だけが、運よく生き延びたのだと」
「運よく、というのは?」
私が促すと、デイルは一度言葉を探すように間を置いてから語り出した。
「僕は……環境が最悪で、一年も生きられないと噂されていた鉱山に、奴隷として送られました」
淡々とした口調だが、その内容は重い。
私は思わず眉をひそめた。
「毎日のように、仲間の死体が運び出される場所でした。正直、僕も覚悟していました。でも――ある日、鉱山で大きな崩落事故が起きたんです」
デイルはぎゅっと拳を握りしめる。
「その時、普段から僕に目をかけてくれていたおじさんが……僕を庇ってくれました。そして逃げろ、と。僕は必死で瓦礫の隙間を抜けて、鉱山から脱出することができたんです」
だが、その代償は――言うまでもない。
「……逃げ出せたとしても、首輪はどうしたんだい?」
私がそう尋ねると、デイルは小さく頷いた。
「はい。しばらくは隠しながら生き延びていました。ですが途中で出会った行商人に気づかれてしまって……」
一瞬、不安げに視線が揺れる。
「でも、その方は。仕事を手伝うなら首輪を外してやる、と言ってくれたんです。おかげで僕は奴隷から解放されて……そのまま、商人としてのノウハウまで学ばせてもらいました」
なるほど。
奴隷の首輪を外す行為は、普通なら大きなリスクを伴う。それを承知で行ったというのか。
「ところで……兄さんのことなのですが」
デイルが、意を決したように顔を上げる。
「そうだね……」
少し迷ったが、隠しきれる話ではない。
私は、ドイルが捕まったこと、そしてそこに至る経緯を、包み隠さず伝えた。
「そんな……兄さんが……」
デイルは言葉を失い、唇を噛みしめた。
兄が悪事に手を染めていた事実も、簡単に受け入れられる話ではないだろう。
「確かに、ドイルは捕まるようなことをした。だが最後は、自分の罪を認めて連行された。潔かったし、彼に助けられた商人も多い。私の知り合いも嘆願書を書くと言っていたよ」
私は、まっすぐにデイルを見る。
「気休めに聞こえるかもしれないが……彼は、まだやり直せる」
「……そうですか」
デイルは静かに息を吐いた。
兄弟での再会を思い描いていたのなら、この現実はあまりにも遠い。
「それに――ドイルは、君たち家族のことをずっと思っていた。その想いがあったからこそ、商会を大きくできたのだと、私は思っている」
「兄さんが……僕たちのことを……」
デイルは一瞬目を伏せ、そして顔を上げた。
「……うん。それなら、今度は僕の番ですね」
その瞳には、確かな決意が宿っていた。
「僕が、もっと商会を大きくします。兄さんが罪を償って戻ってきた時、胸を張って迎え入れられるように」
「素晴らしいお考えです、デイル様」
ルークが心から感服した様子で言う。
「……もっとも、僕はまだ自分の店も持っていないんですけどね」
そう言って、デイルは照れたように笑った。
ドイルと比べると、随分と大人しい性格のようだ。
人は良さそうだが、商人としては少し控えめか。
――いや、余計なお世話だな。
ふと、視線を感じた。
気づけばルークが、じっと私の顔を見ている。
「何か、私の顔に気になるところでも?」
「あ……失礼しました」
ルークは一拍置いてから、慎重に言葉を選ぶ。
「不躾を承知でお尋ねしますが……貴方は、エルフの方、ですよね?」
なるほど。
それで先ほどから観察していたわけか。
私は小さく苦笑した。
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