第323話 皇帝
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side ヴィクター
重厚な扉が、触れられることもなくゆっくりと開いた。
内部から流れ出てくる空気は澄みきっていて、どこか張り詰めている。
クルスを伴い、その中へと足を踏み入れる。
広大な謁見室の中央――
そこに、少年が立っていた。
「やぁ。息災なようで、何よりだよ」
朗らかな声音。
まるで旧友を迎えるかのような、親しみを帯びた笑顔。
見た目は十六歳前後。
白に近い癖のある金色の髪が、肩口で柔らかく揺れている。
中性的で整いすぎた顔立ちは、完成されすぎているがゆえに、かえって人の子らしさを欠いて見えた。
赤いマントを羽織り、装飾は最小限。
だが、その一つ一つに使われている素材は、目の肥えた者なら誰もが息を呑むほどの一級品だ。
一見すれば軽装。
それでいて、決して威厳を損なわない。
――ああ、流石だ。
この少年が、今上皇帝。
アーモン・アンダルフ・アーサーⅤ世。
終始ニコニコとしていて、多くの人間は親しみやすさを覚えるだろう。
だが――
淡い金色の瞳だけは、笑っていない。
感情を浮かべることはあっても、そこに揺らぎはない。
あらゆる反応が、必要な分だけ整えられている。
それも仕方ない。
彼が僕を“親友”と呼びながらも、決して完全には信用していないことなど、最初からわかっている。
「陛下もお元気そうで。その体の調子も、良さそうで何よりです」
あえて、言葉を選ぶ。
その瞬間――
アーモンの瞳が、わずかに細まった。
笑顔が、ほんの一瞬だけ薄くなる。
「ふふっ。おかしなことを言うね。確かに若くして先代の跡を継いだから、やっかみは多いけれど……肉体的には健康そのものだよ」
再び、完璧な笑み。
――そうだね。今は、まだ。
「ところで。わざわざ会いに来てくれたということは……面白い話でも聞かせてもらえるのかな?」
そう言うと、アーモンはくるりとマントを翻し、謁見室奥へと歩を進めた。
数段の階段の上。
そこに設えられたのは、玉座というより帝座と呼ぶべき椅子。
白銀と金を基調にした造り。
過剰な装飾はなく、だが座る者の存在そのものを際立たせるよう、計算し尽くされた意匠だ。
少年が腰を下ろした瞬間、空気が変わる。
――歓迎は終わり。
報告せよ。
そう告げられた気分だった。
「――シドの街で、旧友と会いましてね。彼も元気でしたよ」
「ほう」
即座に、表情は変えない。
「かつて勇者と共に魔王を倒し、魔王核を封印したという……あのエドソンか」
僕の前でも、役を崩さない。
どこで誰が聞いているかわからない――それを常に計算している。
本当に、用心深い。
「それで。彼は何のために街へ?」
「生粋の魔導具好きですからね。久しぶりに外界に出て、見聞を広めたくなったのでしょう」
「そうか。しかし……シドの街程度では、満足しなかったのでは?」
「まぁ、そこは彼ですから。魔導ギルドで色々と活躍したようですよ。
悪魔と対峙したり、魔王核で暴走した“魔王のなりそこね”を撃退したり、ね」
「……それは、実に興味深い」
声の調子は変わらない。
だが――
「それで、魔王核は?」
来た。
「彼の手にあります」
一瞬。
金色の瞳に、赤い輝きが宿った。
ほんの刹那。
だが、見逃すほど甘くはない。
「あれは危険な代物だ。皇帝として、放置しておくわけにはいかないと思うのだけどね」
理屈を語る声。
だが、その奥には、別の計算がある。
「君は、そのあたりをどう考えているのか……是非とも教えてほしい」
「彼は一流の魔導具師です。下手な人間に持たせるより、今は彼の手元に置いておく方が安全でしょう」
僕も、丁寧な口調に合わせる。
アーモンは顎に指を添え、少し考える素振りを見せた。
「うん。親友の君がそう言うなら、間違いないね」
パン、と軽く手を打つ。
「私は君を信頼しているからね」
その言葉と同時に、瞳の赤い光は消えた。
――本当に、よく出来ている。
「それにしても……クルスは静かだね」
「――私は、マスターの陰でございますので」
クルスが一歩下がり、恭しく頭を下げる。
アーモンにどう接するべきか――彼はよく理解している。
「実に良い執事だ。僕の元に置いておきたいくらいだよ」
「ははっ。陛下の周りには、一流の使用人が揃っているではありませんか。何より、円卓の騎士という頼れる存在もおられる」
「まぁ、確かにね」
言葉遣いが、少しだけ幼さを取り戻す。
これなら、話は続けやすい。
「ところで……エドソンは今、何を?」
「はい。彼は現在――自由商業都市エクサスへ向かっています」
「へぇ。エクサスか。何の目的だろうね」
「さて、そこまでは。ただ……エクサスにはカミラが暮らしていますから。ひょっとすると、旧交を温める目的かもしれませんよ」
「――カミラ、か」
迷った末に、名前を出す。
反応は……眉が、ほんのわずかに動いた程度。
「なるほど。話はわかったよ。色々と教えてくれてありがとう」
にこやかに、話を切る。
「夕食は食べていくだろう? 料理人に腕を振るわせるから、楽しんでいってよ」
「それは楽しみですね。それなら、少しケイと遊んでお腹を空かせておきましょうか」
「その様子だと、もうケイに見つかったようだね。あの子は君を気に入っているから」
軽い雑談を交わし、僕とクルスは謁見室を後にする。
――と、その直前。
「そうだ、ヴィクター」
呼び止められた。
「お願いしていた件は、順調かい?」
やはり、そこは外さない。
「はい。その件は、着実に進んでいます。ご安心を」
「それを聞いて安心したよ。あまり猶予がないからね。君を信頼している」
猶予はない、か。
――要するに、急げということだ。
まぁ……
そこは、上手く躱しながら進めていくとしようかな。
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