第321話 帝都メルセベル
side ヴィクター
帝都メルセベル――。
皇帝が鎮座する居城を中心に広がる、帝国最大にして最古の都市。
その広さは、下手な国一つが丸ごと収まってしまうほどだ。
住民の数は五千万を優に超え、この都市単体で一つの文明圏を形成していると言っていい。
高所から見下ろすと、その異常さがよくわかる。
整然と区画整理された街路。
魔導灯が昼夜を問わず淡く輝き、魔導車や魔導列車が規則正しく行き交う。
都市全体が巨大な魔導機構の一部のように機能していた。
そして――空を見上げれば。
そこには、島ごと宙に浮いた巨大な城塞が、悠然と空を漂っている。
「……やっぱり何度見ても笑っちゃうね」
通称、浮遊城。
島を丸ごと浮かせ、その上に城と宮殿を築いてしまうという、正気を疑う代物だ。
世界を探せば、城を高台に築いた例はいくらでもある。
だが「空に浮かべる」という発想を、実行に移した例は他に存在しない。
魔導技術の粋を尽くした、帝国権威の象徴。
見せつけるためだけに、ここまでやる。
「――これを“彼”が見たら、どう思うかな」
きっと、子どもに新しい玩具を与えた時みたいに、目を輝かせるだろう。
そして次の瞬間には、構造解析を始めてる。
「待て。許可証を見せてもらおうか」
特級地区の関所で、騎士に呼び止められた。
帝都メルセベルは階級制が厳しく、地区ごとに明確な線引きがされている。
五級から三級までは自由往来が可能。
だが二級以上となると、途端に空気が変わる。
特級ともなれば、警備はもはや戦場並みだ。
「許可証? 僕の顔じゃ足りないかな」
「貴様、ふざけているのか!」
槍を構えられ、殺気が向けられる。
あぁ、最近配属されたばかりの新人かな。
「馬鹿、やめろ! この方は――」
「申し訳ございません!」
慌てて駆け寄ってきた別の騎士が、血相を変えて頭を下げた。
「こちらに配属されたばかりの者でして……ヴィクター様、クルス様」
「別にいいよ。気にしてないし♪」
軽く手を振ると、背後で空気が凍りついた。
「ですが、あと一歩遅ければ――斬り伏せていましたね」
低く、冷たい声。
クルスが一歩前に出た瞬間、殺気が形を持ったように溢れ出す。
新人騎士が腰を抜かすのも無理はない。
「クルス。新人いじめは感心しないよ」
「失礼しました、マイマスター」
即座に引き、恭しく頭を下げる。
僕のことになると、彼はどうにも歯止めが効かなくなる。
「転移装置は使える?」
「もちろんです。ヴィクター様でしたら、いつでも」
話の分かる人がいて助かる。
僕はひらひらと手を振り、聖堂へと向かった。
転移装置は、厳重な聖堂の奥に設置されている。
巨大な門の前では、鎧を纏った象の騎士像が槍を交差させていた。
近づくと、象の目が青く輝く。
魔力と容姿を照合し、登録者と判断したのだろう。
槍が静かに下ろされ、門が自動的に開いた。
内部には螺旋階段と円形の台座。
床には複雑な術式が幾重にも刻まれ、常時魔力が循環している。
台座の中心に立った瞬間、光の柱が立ち上がり――
視界が白に染まった。
次に気づいた時、空気がまるで違っていた。
薄く、冷たく、そして澄んでいる。
外に出ると、地上が遥か下に広がっていた。
「……やっぱり、浮いてるね」
「この地だけ、魔導技術が千年は進んでいるように感じます」
「千年じゃ足りないんじゃない?」
帝都を一歩離れれば、人類の技術水準は馬車止まり。
だがここでは、魔導車、魔導列車、空輸設備まで揃っている。
同じ世界とは思えない。
「さて……陛下と謁見といこうか」
「承知しました、マイマスター」
こうして僕たちは、浮遊城の謁見の間へと向かった。
――この帝国の中心へ。




