第320話 足りない仲間
シドの町を発ってから、私とメイは自由商業都市エクサスを目指して魔導車を走らせていた。
窓の外を横切るのは、どこまでも続く深い森。背の高い木々が規則正しく並び、葉の隙間から差し込む陽光がちらちらと揺れている。
「……同じ景色が続くものだな」
「暫くは山越えになりますから、どうしてもこうなってしまいますね」
「確かにそうだ」
メイの運転は相変わらず安定していて、揺れも少ない。
魔導車の走行音と、風を切る音だけが静かに耳に届く。
景色を眺めているだけで、時間がゆっくりと溶けていくようだった。
『見てくださいエドソンくん! 蝶々さんが飛んでますよ!』
ふと、今ここにはいないはずの声が脳裏に響いた。
木立の間を舞う蝶の群れを見て、思わず口元が緩む。
――あいつなら、きっとこんな些細なことで大騒ぎしていただろうな。
「アレクト様がいないと……妙に静かに感じますね」
ハンドルを握ったまま、メイがぽつりと呟いた。
どうやら考えていたことは、私だけではなかったらしい。
「あいつは煩すぎたからな。本来は、これぐらい静かな方が落ち着くものさ」
「そうですか……では、しりとりでもしましょうか?」
「いや、そんな無理に盛り上げようとしなくても――」
言いかけたところで、魔導車の感知レーダーが低く唸った。
魔力反応。しかも複数だ。
「――来たな」
「魔獣、ですか?」
「丁度いい。最近は魔導具作りばかりだったからな。少し肩慣らしといこう」
私は席を立ち、魔導車の屋根を開く。
冷たい風が一気に流れ込み、森の匂いが鼻を突いた。
「私も出ましょうか?」
「いや、大丈夫だ。メイは運転に集中してくれ」
私は魔導銃を構え、魔力を込める。
『ブォォォォォオオオオオオオ!』
森を割るような咆哮。
現れたのは、巨大な角を持つ牛型魔獣――グレートホーンの群れだった。
筋肉質な脚に魔力を纏わせ、地面を抉るように突進してくる。
「……五匹か」
速度、距離、角度を瞬時に計算する。
魔力を圧縮し、魔弾を連続発射した。
「ショット――次。ショット……」
乾いた衝撃音が森に響く。
魔弾は一発たりとも外れず、角、脚、心臓部を正確に撃ち抜いていく。
「……これで、ラストショットだ」
最後の一体が崩れ落ち、地響きと共に静寂が戻った。
「お見事です」
「あぁ。グレートホーンの肉は旨いからな。喜べアレクト、今夜はビフテキだぞ――」
言いかけて、言葉が止まった。
振り返った先に、はしゃいで飛びついてくる姿はない。
「……そうだったな」
苦笑が漏れる。
メイに魔導車を止めてもらい、魔獣を回収することにした。
「五匹分となると、御主人様と私だけでは少し多いかもしれませんね」
「余った分は売ればいいさ」
そう答えつつ、グレートホーンを無限収納リングへ収める。
やはり、三人分の感覚が抜けきっていない。
その後は特に問題もなく、夕刻を迎えた。
野営の準備を整え、焚き火を起こす。
グレートホーンを一匹取り出し、メイと手分けして解体する。
分厚い赤身、程よく入った脂。
ステーキ用、串焼き用、煮込み用と切り分けていくうち、自然と量が増えていった。
「……少し、張り切りすぎてしまいましたね」
「いつもなら、これぐらい食べるやつが一人いたからな」
焼き上がった肉は香ばしく、脂が焚き火に落ちて弾ける音が心地いい。
二人で向かい合って腰を下ろし、食事を始めた。
「……うん。旨い。やはりメイの料理は最高だな」
「ありがとうございます」
そう言って微笑むメイ。
だが、その笑顔の奥に、ほんのわずかな寂しさが滲んでいるように見えた。
「御主人様……やはり、アレクト様も」
「駄目だ。あいつには、あいつの役目がある。
それに、少し一緒にいすぎただけのことさ。元は、メイと二人の旅だった」
「……御主人様は、それで」
「あぁ」
私は焚き火を見つめながら、静かに続ける。
「ハイエルフの私にとって、出会いと別れは珍しい話じゃない。かつての仲間たちも、そうだったからな」
脳裏をよぎる、遠い記憶。
魔王核によって生まれた魔王を討つため、共に旅した者たち。
勇者と呼ばれた男、剣を振るった戦士、魔法を操った術師――。
そして、その中の一人が――カミラだった。
焚き火の火が、ぱちりと音を立てて弾ける。
足りない仲間の存在を、夜の静けさがより鮮明に浮かび上がらせていた。




