第三十一話 薬師のロート
「さて、フログよ説明して貰おうかい。一体あんたはあのアロイ草の何を見て、引き取る価値がないと思ったのかをな」
ロートが詰め寄ると職員、今初めて知ったが名前はフログというようだな。
その男がぐぬぬ、と奥歯を噛み締めた。色々な疑問が頭の中を渦巻いているといったところか。
「おい、あれ薬師のロートだよな?」
「あぁ、この町一番の薬師のロートだよ。ロートの薬には私も何度か世話になったことあるし」
「ポーションの効き目も一味違うんだよなロートの爺さん製のは」
「いや、でもいつ来てたんだ?」
「確かに、何か気がついたらあいつらの横にいたよな?」
遠巻きに見ていた冒険者の囁く声が聞こえてきた。うむ、この内容から察するに、やはりこの爺さんの腕は確かなようだな。
このあたりは情報をくれたフレンズ商会に感謝といったところか。しかし、顔が広いな、おかげで助かったが。
「何故だ、今の今までそこに誰もいなかったはずだ! なのになんで!」
「お前こそ何を言っているのだ。わしならずっとここにいたぞ。お前の目が節穴なだけだろうが。アロイ草を見る目と一緒でな!」
「ぐうぅうううぅうう!」
顔を真っ赤にさせてうめき声を上げている。悔しくて仕方ないといったところか。
「でも、本当にまるで気がついてなかったんですね……」
「ご主人様の魔導具は完璧ですので」
不思議そうにしているアレクトにメイが答えた。ま、完璧は言いすぎだけどな。むしろ私のような研究者は完璧などというものはありえないと常に自問自答を繰り返すような存在だ。
まぁそれはそれとしてだ。今の所は予想通りの展開だ。フレンズ商会からロートを紹介された後、私は交換条件で約束を交わした。
その一つが冒険者ギルドへの同行だ。勿論それも馬鹿正直についてきてもらうような真似はしていない。その証拠に私とずっと一緒についてきていながら誰一人ロートに気が付かなかった。
これは私の開発した魔導具の影薄噴霧器による効果のおかげだ。
この魔導具は影に掛けると文字通り影が薄くなりそれに合わせて影の主の存在感も希薄になり周囲から認識されなくなる効果がある。
ちなみに噴霧口は二箇所あり、反対側から噴霧すると逆に影が濃くなり元通りになり気づかれる。今回はこの手でメイに魔導具を持たせ影を濃くさせたわけだ。
「私が見逃していたのか、この男を? 馬鹿な、だが実際目の前に……」
フログは理解が追いついていないようだ。さて、ここからどんどん追い打ちをかけていくか。
「さて、それでは改めて聞かせてもらおうか。お前は確かに今言っていたな? 私たちが持ってきたアロイ草は誰が見ても明らかなほどひどい状態だったとな。だがここにいるロート氏はそれはおかしいと言っているのだが?」
「うむ、確かにおかしい。わしはこのものに頼まれて事前にアロイ草を見せてもらったがおかしな点など何一つ無かったぞ。状態は完璧としかいいようがなかった」
「ぐ、ぐぬぅ、ロートさん、これはあまりではないか?」
「あまり? 何がだ?」
ロートが私たちの採ってきたアロイ草に問題はないと証明してくれたが、この男は納得してないようだ。全く往生際が悪い。
「全てですよ。こんなだまし討みたいな真似をして」
「何を馬鹿な、一体わしがどう騙し討ちしたと言うのだ? さっきも言ったがわしはずっとここにいたのだぞ!」
「そ、それは……だが、そうだ! 何をそそのかされたか知らないが、あんたこそろくに見てもいないのに勝手なことを言ってもらっては困るな!」
「ろくに見てないだと?」
「そうだ! 大体おかしいだろう! そいつらは今日アロイ草を採って戻ってきた。その数は2万だ! それをこんな短時間で確認できるわけ」
「ほれ、これが証明じゃ(ドンッドンッドンッ!)」
「な、なんだと! これは!」
カウンターに分厚い本が積まれていく。それに驚くフログだ。そしてその本を手に取りペラペラと捲っていき更に驚愕した。
「これは、まさか採取されたアロイ草の鑑定結果か? 本当に2万もの数を全てチェックしたというのか! 一体どうやって!」
「ま、本気を出せばこんなもんじゃな」
そういいつつ、ロートが私に向けて片目を閉じた。この爺さんも最近は冒険者ギルドから仕入れるアロイ草の品質が悪いと嘆いていたからな。
そんな時に私たちが持ってきたアロイ草を見て随分と驚いていたものだ。つまりギルドは本来なら私たちが採取してきたものよりも遥かに品質が悪くても引き取っていたことになる。
にもかかわらず今回持ってきたアロイ草を突っぱねたのだからな。嫌がらせ以外の何物でもない。
ただ、いくらこの辺りで名前の知れている薬師と言っても本来なら奴の言う通りあの数をその日のうちに見るなんて不可能だった。特に仕事にこだわりのある人だったから最初は3日くれとまで言われた。
そこで魔導具の出番が来た。私が作成した魔導具に時操計というものがある。これは個人や特定の範囲の時間を自由にコントロール出来る魔導具だ。これを使えば現在の時間はそのままに対象者の時間と結果だけを戻したり進めたりも可能だったりする。
つまり私はこの魔導具でロートの時間を3日進めたのだ。それにより本来なら3日かかるアロイ草の鑑定が僅か数秒で済んだわけだ。その結果がこの鑑定結果だ。
しかし、フログの焦る顔にロートもニヤニヤしているな。彼も最近の冒険者ギルドには辟易しているようだったから、今のフログの驚く顔を見て溜飲が下がる思いなのだろう。私も似たようなものだが。
「な、なるほど大したものだ。だ、だがこんなものは認められんぞ! これは正規な鑑定結果ではないし所詮薬師の仕事だ! 目利きでは冒険者ギルドには勝てない!」
「おいおい本気で言っているのか? 薬師は薬を調合する専門家だ。当然薬草、魔草に関する造詣も深い。アロイ草にしてもいつも仕入れた品をしっかり吟味している。その鑑定が信頼出来ないと貴様は言うのか?」
「何を言われようと認められないものは認められんぞ! そっちの鑑定結果が正しいという根拠に欠ける!」
「果たしてそうでしょうか? 私は確かに記憶してます。先程いいましたが貴方はこう申されました。私たちが持ってきたアロイ草はあまりにも状態が酷かったと。素人が見てもすぐわかるほどだと。ですが少なくともロート様の鑑定によりそれは否定されたと見るべきでしょう。であれば冒険者ギルド側に問題があると考えるのが普通では?」
表情をひくつかせフログが喉をつまらせた。私とロートそれにメイの畳み掛けるような口撃にタジタジといったところか。そんな中、アレクトだけはキョトン顔だ。ある意味安定のポンコツぶりだぞ。
「た、確かにさっきは言いすぎたな。素人から見てもは少々な。だが、だ、だが!」
「どうした? 随分と余裕がなくなってきてるじゃないか?」
「くっ!」
「ふん、とにかくこっちはこれだけの証明をして見せたのだ。どうしても納得ができないと言うならそっちも見せるべきではないか?」
「見せるだと?」
「うむ、そうじゃな。わしがこうやって鑑定結果を見せてるのだからな。お前たちがそれでも間違っていると言うなら同じものを見せるが良い」
「見せる? 鑑定結果をもってこいというのか!」
「それが一番早いだろう?」
「だ、駄目だ駄目だ! あれは秘匿情報だ! 見せるわけにはいかん!」
「何が秘匿だ。こんな納得できん真似をしておいて。いいからさっさともってこい」
「断る!」
全く必死だなこいつも。この時点で鑑定などロクにしてないと公言しているようなものだ。
「なるほど、どうしても断るというのか? ならこちらにも考えがあるぞ?」
「か、考えだと?」
ロートがフログの顔を見つめ、唸るような声で続けた。
「わしら薬師の横のつながりを舐めるなということじゃ。今回の件、しっかり包み隠さず話し、問題視させてもらおう」
「ぐ、ぐぬぅぅううう!」
流石にここまで言われてしまえばフログも強気ではいられない。薬師からの信頼を失えば薬草や魔草の買い取り先を一気に失いかねないのだからな。
「さて、この町一番の薬師がこうまで言っているわけだが、どうするつもりだ?」
私は改めてフログに確認を取る。当の本人の顔には明らかな動揺が見られた。ダラダラと脂汗も流れ落ちている。全くまるで蛙だな。
「わ、わかった。だが、鑑定結果を見せるのは難しい、だけど、もう一度念の為確認させる。少し待っていてもらえるか?」
「ふん、ならさっさと見てくるがいい。今度こそしっかりと鑑定してくるのだぞ?」
「ぐううぅうぅううぅうう!」
唸り声を上げ渋面を見せた後、フログが一旦下がった。途端にロートが私の背中を叩いてくる。
「あっはっは! 愉快痛快! 全くまだこんなに小さい子どもの癖に、お前は大したものじゃ!」
してやったりといったところか。しかし年の割に力が強いぞ! 痛い痛い!
「全く、喜ぶのはまだ早いのだ。こっからなのだからな」
「おう! そうじゃったな。はは、ここから更にどう責めていくか、全く見ものじゃな!」
そういって大口を開けて笑った。そうだ、今回の目的はこの依頼を達成することだけじゃない。
そしてそうこうしているうちにフログが戻ってきた――




