第317話 連れていけない
翌日、商業ギルドに行き、紹介状を書いてもらうことが決まった。
そうなるとこちらも準備で忙しくなる。無限収納リングには大抵の魔導具や小道具が揃っているから、新たに買い足すものは多くない。
問題は――ギルドの仕事だ。ここを離れる以上、途中で止まっている案件は全て片をつけておかなければならない。
今日は魔導ギルドの休日で、建物の中は静まり返っている。
広い作業室に残っているのは、私とメイ、そしてアレクトの三人だけだった。
「ま、私とメイなら明日までには終わるだろう」
「お任せください、御主人様」
メイがきっぱりと頷き、拳を軽く握る。その仕草だけで、安心感が広がる。
「こうなったら私も張り切るですぅ! 明日には出発なのですから、仕事は片付けておかないと!」
元気な声を上げるアレクト。――が、私は思わず首を傾げた。
「……まさかアレクト、お前もついてくるつもりなのか?」
その問いにアレクトが目を丸くした。
「そんなの当然ですぅ! うちのマスターがピンチなんですよ!?」
「それはわかるがな。お前は今、この魔導ギルドのマスター代理だ。お前までいなくなったら、誰がここを支えるんだ?」
アレクトは口を開きかけ、言葉を詰まらせた。
俯き、ローブの裾をギュッと握る。指先が小刻みに震えている。
「……本当は、わかってるんですよ。今自分までいなくなれば、このギルドは回らないって。でも、マスターのことが……心配で……」
掠れた声が、静かな部屋に響いた。
「大丈夫だ。私とメイが一緒だ。お前がいなくても、なんとかなる。――それに、手紙にも私に来てほしいと書かれていた」
言いながら、胸の奥が少し痛んだ。
アレクトを置いていくことが正しいとわかっていながら、その表情を見ると、心が揺れる。
「……そんなこと、そんなことわかってるのですぅ!」
アレクトが顔を上げた。潤んだ瞳がまっすぐに私を射抜く。
「私なんていなくたって、エドソンくんとメイさんなら、きっとどうにかしちゃうんですぅ! でも、でも――!」
唇を噛みしめた彼女は、ぐっと肩を震わせて叫んだ。
「エドソンくんの、バカ! おたんこなす~~~~!」
「は? お、おいアレクト!」
言い捨てて、アレクトは駆け出した。
扉が勢いよく開き、閉じる音が静寂の中に残った。
「……ふぅ。御主人様の物言いは、いつも真っすぐすぎますね」
メイが小さく溜息をついた。
「下手に期待を持たせるよりはいいだろう」
「ええ、そうかもしれません。でも……もう少し柔らかい言い方もありますよ」
やれやれ。
確かに不器用だったかもしれない。
「仕方ありません。私がアレクト様を探してまいります」
「あぁ、頼む。こういう時は、君の方が上手く話せるだろう」
「――大丈夫です。きっと、アレクト様も本心では理解しているはずです。自分の居場所がここにあることを」
メイは静かに一礼し、外へと向かった。
残されたのは、私一人。
椅子に腰を下ろし、机の上に積まれた書類の山に目をやる。
アレクトが組んだ術式の報告書。研究記録。改良案。
その一枚一枚に、彼女の成長の跡が刻まれていた。
中でも、目に止まったのは練習用の魔視紙の束だった。
試しに手に取って眺める。初期の術式は線も歪で、魔力の流れもぎこちない。だが、ページをめくるたびに、術式は洗練され、魔力の循環が滑らかになっていく。
「……まったく、見違えたな」
最初は、頼りないと思っていた。
けれど今は、私が教えた以上の発想を見せることさえある。
素直で、真っすぐで、時々どうしようもなく空回りして――それでも決して諦めない。
そんなアレクトを思い浮かべると、胸の奥が少し温かくなった。
別れではない。いざとなれば、瞬間移動扉でいつでも会える。
――それでも。
これまで共に過ごした時間が長かったせいか、
机の向こうに彼女の姿がないだけで、ぽっかりと穴が空いたように感じる。
「やれやれ。出る覚悟は決めていたというのにな」
思わず、ひとりごちる。
まったく厄介なものだ。弟子のようで、相棒のようで。
気がつけば、彼女はもう私の中で――なくてはならない存在になっていた。




