第313話 エドソン、決意のとき
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ワグラートスの封印を終えてから、すでに一月ほどが過ぎた。
あの騒動の後、フォード伯爵領とボルボ子爵領の交易は正式に再開され、鉱石の供給量も安定してきた。
ブジョー男爵領との関係も良好で、ハリソン伯爵の采配もあってシドの街は穏やかに活気を取り戻している。
「――平和だな」
「そうですね、御主人様」
「いやいや! 魔導ギルドは全然平和じゃないですぅ!」
悲鳴にも似たアレクトの声が執務室に響く。
確かに三爵の関係改善で景気が上がった分、ギルドへの魔導具制作依頼も爆発的に増えていた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいぅぅぅ! こっちはまだ納品三件残ってるのですぅ!」
「了解、私も手伝うよ」
「では私は紅茶と軽食をお持ちしますね」
アレクトが作業台を駆け回り、私が設計図をチェックし、メイがテキパキと指示を出す――。
かつてアレクト一人で細々と回していたギルドが、今では十人以上の職員で賑わうようになっていた。
ジャニス商会から派遣され、そのまま定着した職人たちも多い。
思えば、随分と変わったものだ。
――あの頃は、アレクトひとりが夜遅くまで机にかじりついていたっけ。
感慨を覚えながら、私は仕上げた魔導灯の出力を確認する。
ギルドの窓の外には、街路を照らす新型の魔導灯が明るく瞬いていた。
こうして街の夜が少しずつ明るくなっていく。それが何より嬉しかった。
「ふぅ、やっと今日の分が終わったのですぅ……」
「お疲れ様。どうだ? このまま――」
「すぅ……すぅ……」
アレクトの返事は寝息だった。机に突っ伏し、ペンを握ったまま寝落ちしている。
メイがそっと微笑み、毛布を肩に掛けた。
「よく頑張りましたね。まるでお子さまのようです」
「ははっ……そうだな」
私は他の職員たちにも上がっていいと伝え、ギルドは一気に静まり返った。
窓辺に立ち、夜の街に目を向ける。
闇を照らす魔導灯の光が川面に揺れ、穏やかな風が頬を撫でた。
「御主人様。何かお悩みですか?」
「……やっぱり、メイには敵わないな」
察しの良いメイは、静かに私の横に立った。
「――少々長居しすぎたなと思ってね」
ぽつりと呟く。
「もともと私は、外の世界がどう変わったのかを確かめるつもりで山を下りたんだ。この街に関わったことに後悔はない。むしろ得たものは多かった。だが……ボルボ子爵領での件を経て、また旅に出たいという気持ちが再燃してしまってね」
「他の地にも足を運びたいと?」
「あぁ。この国は広い。まだ見ていない土地が山ほどある」
それに――あれ以来、音沙汰のないヴィクターの存在も気になっていた。
あいつが何を企んでいるのか……それを確かめる意味でも、そろそろ腰を上げるべき時なのだろう。
「――アレクト様に、どう伝えましょうか」
「……そうだな」
しばし沈黙。
「だがアレクトなら、もう大丈夫だ。最初に会った頃と違い、今は立派に教える側にもなっている。今のギルドマスターは彼女だ。私がいなくても、このギルドはやっていけるさ」
メイは小さく頷いた。だがその表情はどこか複雑だ。
「……どうかしたか?」
「いえ。ただ――少し、胸騒ぎがいたしまして」
「心配性だな。瞬間移動扉は残しておく。会おうと思えばいつでも会えるさ」
そう言って私は笑ってみせた。
メイは何か言いたげに見えたが、それ以上は口を開かなかった。
その夜、私とメイはギルドの執務室で一夜を明かした。
――そして明朝。
「朝になったですぅ」
「あぁ、そうだな」
目を覚ますと、珍しくアレクトの方が早起きしていた。
彼女はすでに机を片付けており、いつになくそわそわしている。
「よく眠ったですぅ」
「……アレクト様、その割に瞳が赤いような?」
「き、気のせいですぅ! 顔を洗ってくるですぅ!」
慌てて部屋を飛び出すアレクト。
私は首を傾げながら、自分も顔を洗いに向かった。
蛇口を捻ると、心地よい水流が溢れる。街の職人たちの協力もあって上下水道の敷設も大分進んでいた。
「アレクト。実はちょっと話が――」
「お、お腹が空いたですぅ! 朝食を用意するですぅ!」
完全に会話をかわされた。
うーん、妙に落ち着きがないな。
結局、アレクトが用意してくれた朝食をメイと三人で摂ることになった。
パンの焼き具合も完璧で、香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がる。
「アレクト。大事な話があるんだが――」
「ぽ、ポスト見てくるですぅ!」
「おい、アレクト!」
また逃げた。
メイと顔を見合わせると、彼女はどこか苦笑を浮かべていた。
「……メイ、何か知ってるのか?」
「――恐らくですが、いえ、これは直接お話をされた方が良いかもしれませんね」
「??」
首を傾げる私の前で、ドアが勢いよく開いた。
「た、大変ですぅ!」
頬を紅潮させて、アレクトが駆け戻ってくる。
「大変ってどうかしたのか?」
「そ、それが――来てるのですぅ! マスターからの手紙が!」
そう言って差し出された便箋には、確かにギルドマスターとしてのサインが記されていた。
長い間、沈黙していた“本来のマスター”からの手紙――
その一枚が、私たちの穏やかな日常を再び動かそうとしていた。
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