第310話 必死なフログ
私たちが月光石を採掘している間に、ハザンとエバも素材を集めて戻ってきてくれていた。
その後は揃った素材を持ち、シドの町へ戻る。幸い瞬間移動扉が太陽の小町亭の部屋と繋がっているため、移動は一瞬だ。
「にゃっ!? おどろいたにゃ!」
扉を抜けた先で待っていたのはキャロルだった。猫耳がピコピコと立ち、毛並みが逆立つほどに驚いている。
「あ、ごめん。掃除の最中だったんだな。いつもありがとう」
「オーナーのお部屋ですから、清潔に保たないと」
きびきび答えるキャロルの猫耳は、まだぴくぴく震えている。
「そういえば、ここは兄弟の宿だったな」
「へぇ……あんた子どもなのに大したもんだねぇ」
エバの感心したような声に、私は苦笑で返した。見た目のことを言われるのは慣れているが、やはり少しだけ胸に刺さる。
「キャロルちゃん、猫みたいで可愛いですぅ」
「うぅ……驚くと、つい出ちゃうのです」
アレクトの言葉にキャロルは耳まで赤くなった。思い出したように「にゃ!」と声が出て、ますます恥ずかしそうに俯いてしまう。
なんだかんだで和やかな空気になったが、私たちには急ぎの用がある。
「それじゃあロートの店に用事があるから行ってくるよ」
「はい。いってらっしゃいませ」
キャロルに見送られ、私たちは宿を出た。ここでハザンとエバとは別れる。どうやら薬に必要な素材以外も集めていたようで、二人はギルドに向かい処理を済ませる必要があるとのことだった。ロートの店にぞろぞろと押しかけても迷惑だろうし、丁度いい分担だ。
私とメイ、アレクトとフログの四人でロートの店を訪ねると、店主はちょうど薬研を回している最中だった。
「やぁ、今は大丈夫かな?」
「おお、お前たちか。丁度一息つこうと思っていたところだ。構わんぞ」
振り返ったロートの目は疲れていたが、それ以上に生き生きして見えた。やはり職人は仕事中が一番らしい。
「それはよかった。実は【乙女の接吻】の材料が揃ってね」
「……なんと! もう手に入れたのか!」
思い切り目を見開くロート。その驚き方は大げさではなく、心底信じられないといった様子だ。
「いや、結構な時間は掛かってると思うが」
「そんなことはない。私は、早くても半年は掛かると踏んでいた。お前たち……信じられん速さだ」
「そんなにゲロッ!?」
フログが飛び跳ねて驚愕の声をあげる。
「凶暴なピンククィーンフロッグ、狡猾なウィッチスネーク……どちらも危険な相手だ。そのうえ月光石だ。現在の情勢を考えれば、集めるのは至難の業だったはずだ」
感心したように言うロートに、私はボルボ子爵領での出来事をかいつまんで話した。封印のことも含め、彼は真剣な眼差しで聞いていた。
「……全く大したものだ。お前たちはこの町を守っただけではない。子爵領の人々までも救い、領主との関係を変えた。これは並大抵のことではない」
「いやぁ~、そんな大したものじゃないさ」
思わず頬が緩む私に、メイとアレクトがツッコミを入れてくる。
「嬉しそうですね御主人様」
「結構顔に出やすいですぅ」
む……そんなにわかりやすい顔をしていただろうか。まぁ、褒められて悪い気はしないが。
「それで! 薬はいつ出来るゲコッ!」
フログが待ちきれないとばかりにロートへ詰め寄った。息がかかる距離まで顔を近づけ、瞳は血走っている。
「落ち着け。まずは材料を見せてもらおうか」
「おっと、そうだったな」
私は腕輪から素材を取り出し、ロートに手渡した。
「月光石はこれしか採れなかったんだが……足りるか?」
「あぁ、これだけあれば十分だ。質も悪くない。問題はないだろう」
「それで! それでいつ出来るゲロ!?」
またも食い下がるフログ。まるで今すぐにでも調合を始めさせたいとばかりに身を乗り出す。
「……全く。急いでいるのは理解するが、少しは落ち着け」
ロートが苦笑しながらも受け止めていた。さて、薬の完成までにどれぐらい掛かるのか――