第308話 封印の報告
ワグラートスの封印を終え、私たちはようやく鉱山を後にした。
あれほど暴れ狂っていた蛙人たちも、今ではただゲロゲロと鳴くだけで、牙を剥いて襲いかかってくることはない。
魔物の群れも完全に消えたわけではないが、数は大幅に減った。残りはこの町の冒険者たちの力で十分対処できるだろう。
屋敷に戻るとすぐ、ボラグ子爵の執務室へ通された。
重厚な机の前に立つ彼の顔色は硬い――果たして、どのように受け止められるか。
「……まさか、本当にお前たちだけで封印を成し遂げるとはな」
低く漏れた言葉に、ハザンが不敵に笑った。
「疑うなら、いくらでも確認してくれて構わねぇぜ」
「あたいらは何度でも付き合うよ」
エバも肩をすくめてみせる。だが子爵は二人をじっと見つめた後、ふっと口元を綻ばせた。
「確認はさせてもらう。だが――疑っているわけではない」
「ゲロッ!? どういう風の吹き回しゲロ!」
「不思議なのですぅ!」
驚くフログとアレクトに、私は少々気の毒な気分になった。
「何故かは自分でもわからん。ただ……お前たちを見ていると、信じても良い――そう思わせられるのだ」
ボラグ子爵の視線が、そっとメイに向けられる。
「特にそのメイドだ。お前たちが鉱山へ向かった後も、黙ってなどいられんと必死に古文書を調べていた。仲間のために何か出来ることはないかと一心不乱にな。そこに打算など一切感じられなかった」
言葉を重ねるごとに、その声音は自らを戒めるような響きを帯びていく。
「……たった一度の裏切りで、全てを疑うようになった。そんな自分が恥ずかしくなったのだ。領主として、いや、一人の人間として愚かだった」
深く吐き出されたその言葉に、私たちも思わず黙り込んだ。
ボラグ子爵の中で、何かが変わったのだ。
「お前たちには随分と失礼な物言いをした。心から詫びたい」
「もう気にしてませんよ」
「おうよ。冒険者は細かいことは気にしねぇからな」
「過去なんて水に流すに限るさ。報酬さえしっかり頂ければ十分だよ」
「そういうとこは抜かりないゲロ」
フログの一言に、自然と場の空気が和らぐ。
ハザンがフログの背をバシバシ叩き、「痛いゲロ!」と叫ぶ姿に、皆の笑い声が広がった。
「報酬については心配無用だ。……そして、そのメイドのことも。もう好きにしてやるがいい」
「ありがとうございます」
頭を下げるメイの横顔は、安堵と誇りに満ちていた。ようやく、元の関係を取り戻せたのだ。
「ところで子爵。一つお願いがあります。月光石をどうしても必要としていまして……買い取りをお願いしたいのですが」
「月光石か。……残念ながら、この騒ぎで町の在庫はすべて底をついている」
「そ、それは困るゲコッ!」
思わずフログが声を張り上げる。呪いを解くためには必須の素材なのだから当然だ。
「とはいえ、鉱山は解放されたも同然。中で採れる分には好きに持ち帰って構わん」
「やったゲロ! すぐに取りに行くゲロ!」
「現金すぎですぅ……」
フログのはしゃぎぶりに、アレクトが呆れ顔を浮かべる。
「鉱石は逃げはせん。お前たちも相当疲れているだろう。鉱山の確認はこちらでしておく。今夜はうちで休んでいくといい。食事も酒も存分に用意させよう」
「おっ、それはありがたいねぇ! 美味い酒もあるのかい?」
「あっはっは、秘蔵の一本を出してやろう」
「よっしゃ! 太っ腹だぜ!」
こうして私たちは、子爵の厚意に甘えてその夜を屋敷で過ごすことにした。
フログは最初こそ「急がねば」とぶつぶつ言っていたが、食事を平らげる頃には瞼が重そうになり、結局布団に潜り込んでいった。
無理もない。私やアレクトにしても、一睡もせずに術式を組み上げたのだ。
温かな食事と柔らかな寝床に身を沈めると、意識はあっという間に闇へと落ちていった――。