第百七十四話 物思いに耽る
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sideドイル
「旦那様お帰りなさいませ」
屋敷に戻ると執事が頭を下げて出迎えてくれた。思えばこの執事もここに来て長いな。
「あぁ。留守の間何か変わったことはあったか?」
「はい。実は使者の方が参りまして、明朝ハリソン伯爵家まで来てほしいと――」
ハリソン家――領主のタムズ・ハリソンか。全くしばらく連絡を寄越さないと思えば今度は随分と唐突だな。
「わかった。他には?」
「他ではお許し頂いた魔導具の見積もりを頼んでおきました」
「……そうか。出来上がったら確認しよう。他になければ私は暫く自室で休む。私が許可するまでは部屋に入るなと他の使用人にも伝えておけ」
「承知いたしました」
そして私は一人部屋に戻った。私が座っても余裕がある椅子に腰を掛け背もたれに体重を乗せる。
「――エドソンめ。知ったふうな口を……」
本当に忌々しい奴だ。見た目は小生意気なガキにしか見えないというのに、まるで本来は私などよりずっと長生きでもあるかのように敏い。
おかげで、思い出してしまったではないか。
私の話したことに嘘はない。私は朝から晩まで泥まみれになって畑作業をし、それでも豊かになれず貧しい暮らしを続ける両親が嫌いでたた疲れるだけの野良仕事も大嫌いだった。
だから商いの勉強を始めた。独学ではあったが捨ててあった教材を拾ったり時には商家の子どもを集めて商業学を教える塾の前で盗み聞きしたりもした。
今思えばなんともみっともない行為だが、それが結果的にあいつの目に留まることとなった。
その時の私はこれで商人への道が開けたと希望も持ったものだ。勿論家族の事もあったが――
だが逆にそれがあるからこそ、私は頑張れたともいえたかもしれない。
勿論悪徳商人としても有名だった男だ。その下についた私へ素直に仕事など任せるわけがない。今思えばあいつはただ適当な小間使いが欲しかっただけなのかもしれない。
あの男は機嫌でころころ態度が変わる男だった。勿論機嫌の悪いときは暴言も暴力も当たり前だった。理不尽に殴られ蹴られ、殺されかけたことも幾度となくあった。
その度に一体何度殺してやろうかと思ったものか。だがそれでも耐え忍び、ようやくあの男に認められ初めて一から仕事を任せてもらえたのは奴に師事してから数年後のことだった。
そして私は見事その仕事を成功させた。このときばかりは上機嫌で奴は私に褒美を取らせると言ってきた――
『では旦那様。どうか家族を奴隷から解放して上げてください』
『何? 家族だと?』
『はい。以前旦那様はもうされました。私が使い物になった暁には奴隷になった家族を解放してもいいと。その約束をどうか』
『あぁ、なんだそんなことか。無理だな。別な褒美にしろ』
『――無理、ですか? その、理由をお聞きしても?』
『何だ。面倒な奴だな。全く大体そんな約束したか? ま、どっちにしろ無理だ。いくら私でも既にいないものを取り戻せはしないからな』
それがあの時の奴の答えだった。私はその時何を思っただろうか? ただ頭が真っ白になったか――とにかくあの男はヘラヘラと薄笑いを浮かべながら更にこう言ってきたのだ。
『お前の家族はとっくに死んだ。全く確かにちっとばかしキツイ場所に売り払ったがまさか揃いも揃って一年も持たずくたばるとは思わなかったぞ。おかげでこっちは大損だ。ま、その分お前が掘り出しものだったしな。そもそもあんな借金あってないようなものだからな。十分儲けものだったと言うべきか』
そしてあの男は更にこうも付け加えた――
『貴様もいい加減、何の役にも立たないゴミ屑のことなどとっとと忘れろ。あんなものお前の人生にとって一ミリの価値もない汚物だ。今後のしがらみにしかならんような下等な家族など必要ない。わかったな?』
それからの私はこれまで以上に必死になった。あの男の商業のノウハウを徹底的に覚え任された仕事も完ぺきにこなした。その頃から非情な行為にも平気て手を付けた。
私は心を捨てた――そしてあの日。
『馬鹿な! この店を乗っ取るだと!』
『おやおや人聞きの悪いことを。これはあくまで契約に従っての行為。役員の同意も全て得てます。これでこの商会はこの私の物となった、それだけの話です』
『ふ、ふざけるな、き、貴様。さては契約書に仕掛けを! この私を、だ、騙したのか!』
『さて? どうでしょうな?』
『ぐ、ぐぅうう! この恩知らずが! 一体誰が貴様を貴様をここまで育てたと思っている! その私を裏切りおって!』
『おやおやこれはらしくない。私は貴方ならてっきり喜んでくれると思ったのですがね』
『喜ぶだと! こんな真似をしておいてふざけるな!』
『ですが――今回やった方法は全て貴方から教わったことだ。貴方から教わったノウハウを使い、それに私自身のやり方も加えた結果だ。これはむしろ貴方への最初で最後の贈り物だ。ほら見てください今貴方を超えた最高傑作が目の前にいますぞ?』
『な、な、なな、が、ぁ、が、ぐぁぁjljふぁsjふぁsjlfじゃぁjljwjふぁlふぁfl!』
その後奴は真っ白になって膝から崩れ落ちた。ぶつぶつ何か呟いていたが後のことは部下に任せて連れて行かせた。
奴はそのまま奴隷堕ちとなった。その後のことなど知りたくもないが、敵の多かった男だ。きっとろくな死に方はしていないことだろう。
「少々物思いにふけすぎたか――」
気づいたら外も薄暗くなってきていた。全く私が過去を思い出すなんてな――
全てあのエドソンという小童のせいだ。本当に腹の立つ、だが――
「私が苦労したか――私に媚びへつらい私の成功を讃えるような輩はいくらでもいたが、そんなことをストレートに私へ言いのけたのはあの男が初めてだったな……」
そしてこうも言っていたな――いずれ報いを受けると。フッ、私もあの男のことを言えんか。
「きっと私も碌な死に方をしないのだろうな――」
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