第百七十一話 ドイルの生まれ
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「確か孤児院の件で動いてもらった時だが、フレンズはドイルに気になることを言っていたな」
「はて? 気になるですか?」
「あぁ。ドイルに向かって弱者の気持ちがわかるようなことを言っていただろう?」
面を合わせフレンズに聞く。これはわりと引っかかっていることだった。これまでのドイルの言動は弱者の気持ちがわかるという点とかけ離れすぎている。
「そのことでしたか」
「フレンズ様。よろしければその理由を伺っても?」
フレンズの紅茶を注ぎ直した後、メイもやんわりと先を促した。メイはしつこくドイルに狙われていたからな。ドイルに良いイメージなんて持っているわけもなく、だからこそ私と同じ様に気になったのだろう。
「勿論構いませんよ。別に隠すようなことでもありませんし、寧ろ知っておいてもらった方が良いのかもしれません」
「ふむ……そこまでの重要な何かが?」
「いえいえ! そんな大げさな物ではありませんよ!」
身構えて問うが、フレンズが両手を振って慌てだした。何だ、てっきり何かとんでもない秘密でも隠してるのかと思ったが。
「――ムーラン・ドイル。彼は今でこそこの街で知らぬものがいないほどの大商会を束ねる会長ですが、実はその出は商家ではなく農家なのです」
「ほう――」
なるほど。これは意外といえるかもな。やっていることはともかくかなりの規模を誇る商会だ。先祖から受け継がれたりなど、少なくとも商家の生まれなのだろうぐらいに思っていた。
「ドイルが生まれたのはとある農耕を生業としている家でした。しかし決して生活は楽とは言えない貧しい生まれだったそうです。兄妹も多かったようで幼少の頃はそれ相応の苦労も多かったと、噂話ではありますが」
農耕か。ここに来る時も見たが、あのような仕組みでは農業も大変だろう。そういう意味で貧富の差が出やすいのかも知れないな。
しかし農耕は大事だ。私の屋敷にも畑はあった。魔導具で管理していたしブタンも良くやってくれていたから苦労はなかったがな。
満足な食料を得るためには畑が必須だ。狩猟だけでは限度があるし凶悪な魔物もいる以上安定しない。
つまり本来農民は最も尊重すべき存在である。だから領主ももっと農民のことを考えた施策をすべきなのだが、昔からなぜかそこを疎かにする人間が多い。嘆かわしいことだ。
「つまりフレンズは奴が貧しい農家出身だからこそ弱者の気持ちがわかるといいたいわけか」
「それもあるといえばあるのですが……」
ふむ。この様子だとそれだけではなさそうだな。
「あの、ちょっと思ったんですがドイルの親御さんや兄妹はどうされているのですか?」
ケーキを片手に焼き菓子をぱくつきながらアレクトがフレンズに聞く。しかし締りがないなこいつ。
「そこなのですが、実はドイルの家族は当時評判の悪かった商人に騙され畑を奪われているそうなのです。おまけに借金まで負わされ全員奴隷堕ちになったと――」
そこまで語りフレンズは煙管に火を点け遠い目をした。
――ドイル相手に口にしたセリフはそういった過去を知っていたからか。
しかしそのやり方、まるで今のドイルそのものだな。
「私が知っているのはそこまでで、その後家族がどうなったのかまでは知りませんが、かつてのドイルが弱い立場に立たされていたことは事実です」
「よくわかりました。しかしそこまでの目に会いながらもよくドイルは商人になれましたね」
「何でも彼の商人としての才能を見出した者がいたとか――」
商人としての才能か……正直あんなやり方しか出来ないドイルの才能など認めたくもないが、だが今のドイル商会が大商会と呼ばれるまでに存在感を示しているのも事実だ。
「フレンズの言いたいことはわかった。だが、昔苦労していたから今でも相手の気持ちが理解できる筈というのは厳しい意見だが甘いと思うぞ」
「勿論です。何よりこれまでやってきた彼の行いは決して褒められた物ではありません。非合法な行いも散々やってきた男です。ただ今回の話にあったような命を奪う行為に加担するとはどうしても思えなくて」
「ですが。ガイアクの依頼で人間チェスなるものを提案していましたよね?」
確かにな。あれは悪趣味が度を超えていた。
「それを言われると私も耳が痛いですが――しかしあれにしても命を奪うほどではなかった筈です」
ふむ――確かに痛みを伴う狂気じみた代物ではあったが、人の命を奪うような仕組みではなかった。チェスをゲームとして考えている以上、簡単に死なれては困る程度の認識であんな物を提案したのかと思ったが――
「フレンズの言うこともわかるがしかし――」
「勿論私も甘い考えなのはわかってます。結局のところ私はただ信じたいだけなのかも知れませんね」
「信じる、ですか?」
「はい。同じ商人の道を志した相手ですから、最後の一線だけは越えるわけ無い、超えてほしくないと、ね――」
そこまで話したフレンズはどこか寂しい目をしていた。その後は仕事が残っているからとギルドを後にしたわけだが――
「ご主人様。どう思われますか?」
フレンズが帰ったあと、確かめるようにメイが私に聞いてきた。どうとはさっきのフレンズの話のことだろう。
「――忌憚なくのべるならやはり甘いと思うかな。商人にも人の命を平気で奪うような連中は一定数いるからな」
私もこれで長年生きてきている。その過程でそういった非情な連中も散々見てきたし、私自身狙われたことも幾度となくある。
「だけど、私もやっぱりそこまでするとは信じたくありませんね」
アレクトが伏し目がちに言った。残ったケーキをぱくつきながらだ。緊張感ないなこいつ。
「アレクトだってドイルにしつこく言い寄られていただろうにそこは信じたいのか?」
「それとこれとは話は別ですよ~」
「そうか。ま、フレンズは人の本質を見抜く力は高そうだしな」
「そ、そうですよね」
「うむ。ところでアレクトそれ何個目だ?」
「え? 何個目でしたっけ?」
「六個目でしたね」
メイが答えた。流石だなよく見ている。
「それだけ糖分をとれたならもう十分だろう。いい加減仕事にもどってもらわないとな」
「そうですよ! 仕事はこんなにあるんですから~」
「ギャーーーーーー!」
シーラが持ってきた依頼書の束にアレクトがひっくり返った。全くそういうところが残念なんだぞ。
「やれやれ随分と変わったと聞き久々に来てみたが相変わらず狭くて息苦しいところだなここは」
アレクトが仕事に戻ったかと思えば、またも来客がきた。しかもこの厭味ったらしい口調――
「まさかお前がくるとはなドイル」
「ふん。折角来てやったんだ。旨い茶の一つでも出したらどうだ?」
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