第百六十九話 ドイルの疑念
「全くやってくれたものだなドイルよ」
「た、大変申し訳ありません――」
あの日私は、ドラムスが衛兵に捕らえられた経緯を説明するためにハリソン伯爵の下へ向かった。
その上で全て説明しおえた私に向けられたのは厳しい言葉だった。
「――お前はもう少し出来る奴だと思ったのだがな」
「くっ、確かに今回の件成功とは言えません。しかしあのドラムスがもう少しうまく立ち回っていさえすれば」
「言い訳とは見苦しいな」
あの時私に向けられた蔑視の視線、未だ忘れることが出来ん。正直屈辱だった。
「もういい。今回の件は私の方で上手く処理しておく。しかし、孤児院について厄介な問題を残してくれたものだな」
「……正直私には解せないことがあります」
「……何だ?」
「はい。何故あのような孤児院にそこまで執着を? 確かにかなりの財産を遺していたようですがそれとてドラムスに遺されたというだけのもの。勿論私の貸した金を返してもらう目的はありましたが、それは貴方様には関係のないことでは?」
「全くお前はその程度のこともわからんのか? 私はドラムスを手駒にしておけば何かと役に立つと思っていたのだ。孤児院のことは直接は関係ない。コエンザム家に貸しを作れるのは大きいという話だ」
あの時ハリソン伯爵は私にそう答えた。だがその可能性ぐらい私だって考えていた。だがだとしてもあのドラムスは無能すぎる。
敢えて肩入れする程の奴ではないのだ。にも関わらず伯爵は私に金を貸させてまで奴を引き入れ孤児院を狙った。
それに――私は相手の顔色を窺いながら更に質問を重ねた。
「もういい。先のことについては追って連絡する」
「――はい。ところで一つご質問しても?」
「……何だ?」
「はい。ハリソン伯爵は――コエンザム、そしてあのヨーク商会の件に関わっているのですか?」
ヨーク商会はウルナの夫が経営していた商会だ。そういえばのこされた息子も奴隷落ちにされたのだったな。もっとも私はそれには関われなかった。あのジャニスの手に渡ったからな。
どちらにしてもあのハザンとかいう冒険者に言われたことが妙に頭に残っていた。だから聞いたのだが。
「……それはどう言う意味だ?」
「それは、その」
「ハッキリ言えばいいだろう。盗賊を差し向けたのもコエンザムを暗殺させたのも私の差し金なのか、とそう聞きたいのだろう?」
「い、いえただ何か知っているのかと思ったまでですが」
「なるほど。それで知っている関わっている、と私が答えたら貴様はどうするつもりなのだ?」
「……何もかわりませんよ。余計な詮索でしたな。失礼しました」
そして私はハリソン家を出た。あれから暫く経つがめっきり連絡がこなくなった。
――やはり踏み込みすぎたか。全く私としたことが余計なことを。
ただ、少なくともコエンザムに関しては暗殺などと私からは一言も口にしてなかったのだがな……
「旦那様。調査報告が届きました」
私がいろいろ考えごとをしていると執事がやってきて机の上に書類を置いた。情報屋に頼んで魔導ギルドの現状を調査させたものだ。
「ふむ。やはりここ最近の魔導ギルドの躍進ぶりは凄まじいな。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いといったところか」
調査報告書に目を向けながら思わず唸ってしまう。売上的にも数倍、どころじゃないな十倍以上伸ばしてると見ていいか。
「あの旦那様、実は大変心苦しいのですが」
「何だ?」
執事が口ごもる。全く何だというのか。
「実は魔導ギルドで売られてる魔導具でその、家事に役立つものがありましてメイドから何とかならないかと」
「何だと?」
申し訳なさげに願い出てきた執事につい厳しい目をむけてしまった。
「そ、その申し訳ありません旦那様」
「……フンッ。まぁいいだろう。適当に見繕って購入しておけ」
「――へ? よ、よろしいのですか?」
執事が間の抜けた顔で聞き返してきた。
「私に同じ話を繰り返させるな。購入しておけとそう言ったのだ」
「も、もうしわけありません! 旦那様ありがとうございます。メイド達もきっと喜びます!」
「フンッ。ま、敵を知るために敢えて使ってみるのも手だろうからな」
執事が部屋から出ていく。その後メイド達の喜ぶ声が聞こえてきた。紅茶を淹れに来るメイドも随分と機嫌が良かった。現金な物だ。
しかし、敵を知るために敢えて、か――それもたまにはいいかもな。
「旦那様お出かけで?」
「あぁちょっと出てくる。魔導具の件は任せたぞ」
そして私は屋敷を出て目的地に向け歩みを進めた――




