第百六十三話 ドイルの大誤算
ドイルはどうやらこの遺書は私が捏造した物だといいたいようだな。全くこいつは私も随分と舐められたものだ。
「この私がお前のやったような愚かな真似をするわけがなかろう」
「フンッ。口では何とでも言えるわ。そもそもそうやって今の話と関係ないことを持ち出し責任転嫁するのが怪しい」
太い指を私に突きつけドイルが言い放つ。こいつも必死だな。当然この遺書が本物なことはこいつらがよくわかっているだろう。こいつらの目的は孤児院に隠されていた財産だった筈だ。
逆に言えばドラムスは父親であるコエンザムから一切話を聞いていなかった。受け継いだのは元々コエンザムが暮らしていた屋敷だけであり、そこには彼が望む財産は殆ど残されていなかったと考えるべきだ。だからこそここまで拘る。
「とにかくその遺書の存在が疑わしい以上この孤児院が息子であるドラムスの物であることに間違いはない。それはつまりここにある財産も正式な後継人であるドラムスの物ということだ」
「なるほど。話はわかりました。ではその根拠となる遺書はお持ちでしょうか?」
ここでフレームが攻勢に転じる。持っているわけがないと確信しているからだ。
フレームはドイルの言うことを信用などしていないだろう。それに今の商業ギルドからすれば私達と組んでいた方が利益がある。
領主にしてもすっかり冒険者ギルドとドイルにご執心であり商業ギルドは蔑ろにされているからな。
「――遺書は残ってなかった。そもそもコエンザム氏は遺書など書けるじょうたいじゃ」
「そ、そうだ! わかったぞきっとお前たちが遺書を屋敷から奪ったんだ。そして勝手に書き換えた! そうだそうにきまってる!」
この発言にドイルがギョッとした顔でドラムスを見た。さてはこの流れは想定外。ドラムスが暴走した結果だな。
「それはつまり貴方は遺書があると確信していた、ということですね?」
「違うそれは」
「私がいくら探してもなかった。だが遺書と財産がここに残っていたということは、元々私に遺す為に書かれていた遺書をお前たちが奪い書き換えたと見るのが筋だろう」
ふふんっとドラムスが得意になった。凄くドヤ顔だ。そしてチラリとドイルを見てどうだ! とでも言わんばかりに鼻息を荒くしている。
だが肝心のドイルの顔はすごいぞ。顔も真っ赤で飼い犬に手を噛まれたような様相だ。
「この、馬鹿が!」
「は? き、貴様私がわざわざ協力してやってるというのに!」
「ドラムス様。貴方はこの遺書がどのようにして残されていたかご存知ですか?」
ドラムスが馬鹿なことを言っているところにフレームが割り込み、遺書の所在についてあえて聞く。
「ふん。だから言ってるだろうが。それは孤児院の連中、おそらくあの浅ましいガキどもだろう。勝手に忍び込んで盗んだに決まってる。これだから薄汚れた連中は」
「訂正して下さい! 子どもたちは皆心優しい私の家族です!」
マザー・ダリアも今の発言は見逃せなかったようだ。これまで口を挟まず静観していたが子どもたちのこととなれば黙っていられないか。
「マザー・ダリアの言うとおりだぜ。俺も少しの間だが一緒にいたからわかる。ここの子どもたちは泥棒なんてしたりしねぇ。お前のような心が汚れきった汚物と違ってな!」
「な、何だと! ぐぐっ、この私を、この私を!」
ハザンも中々言うものだな。
しかし、ドラムスも随分と悔しがってるが煽られ耐性なさすぎだろう。
「やれやれ。一体お前がどれほどのものか知らないが今までの発言ですっかりメッキが剥がれたな。先ず言えるのはお前には圧倒的に人を見る目がないということ。更に独りよがりが過ぎて周りも全く見えていない愚か者ということだ」
「私が、愚か者、だと? この私を、もう許せん! もういいドイル! こんな奴らとっとと追い出してしまえ!」
「黙れ。お前は本当に愚か者だ。貴様の発言一つで全て台無しになる可能性だってあるのだぞ。私はさんざん忠告したはずだ。こいつを舐めるなと!」
「な、なに?」
ドラムスがキョトンとしている。本当に気がついてなかったのか。さっきの話の流れならドイルの予定では遺書などそもそもなかったと突っぱねるつもりだったのだろう。
だがドラムスが先走ったせいでもう安易に遺書はなかったなどと言えなくなった。
「ドラムス様。今話していた遺書ですが、それはこの孤児院の隠し部屋にあったのですよ」
「――は? 隠し部屋?」
「そうだ。そしてその鍵はコエンザム氏が子どもたちに贈ったぬいぐるみの中に隠されていた。これも商業ギルドが確認してくれているし冒険者のハザンもその場でしっかり見届けている」
「おうよ。兄弟が子どもの大事にしていたぬいぐるみをビリビリに破って中から鍵を取り出した様子をバッチリみていたぜ」
「いや、もうそれはいいだろう!」
全くハザンも意地が悪いな。とにかくだ。
「ここまで言えばお前の言っていたことがどれだけ滑稽かわかっただろう? 盗んだどころかコエンザム氏が遺したぬいぐるみの中にあえて鍵が隠されていた。そこまでして遺した遺書や財産がこの孤児院のためでなくて一体なんだというのだ?」
奴らに現実を突きつける。これにはドラムスも言葉をなくしてしまっている。だがドイルはまだ何か悪あがきしてきそうだが。
「待て! その話とても納得のできるものではない。我々にも調査を」
「そ、そうだ! 納得できるか! きっとそのぬいぐるみは親父が俺のために遺そうとしてたんだ! そうにきまってる!」
「くっ、貴様またしても! いい加減黙れ!」
「うるせぇ! テメェこそ黙れ! さっきから偉そうに指図しやがって! お前が無能だからこんなことになってるんだろうが!」
おやおや遂には逆ギレそして仲間割れか。まぁドラムスの性質を見きれなかったドイルのミスでもあるがな。
「つまりぬいぐるみは本来ドラムス様の物であったと主張なされるのですね?」
「そ、そうだ俺の物だ! こうみえて俺はぬいぐるみが大好きで親父にもお願いしてたんだ。きっとそれを覚えていたのさ」
もう地を隠すつもりもなさそうだ。私から俺に変わってるし。
「おやおやそんなに大好きだったのですか? 猫のぬいぐるみが」
そしてメイがここでぬいぐるみについて問う。ドイルがギョッとした顔を見せた。
「待て答える――」
「あぁそうさ。俺は猫が大好きなのさ。そういえばあんたも猫耳とか似合いそうだなヘヘッ。どうだこっちに鞍替えすればそんな奴の側にいるより良い目を見させてやるぜ?」
ここでドイルががっくりと項垂れた。やれやれしかし本当にこいつは――




