第十五話 来訪フレンズ商会
side猫耳
夕食の時間が近づいてきたから、食堂でテーブルを拭いたり、椅子を直したり、床の掃除をしたりしていると宿のドアが勢いよく開かれた。
飛び込んできたのは40歳一歩手前ぐらいの壮年の男性だ。息せき切ってキョロキョロと宿を見回している。
今はいつもは受付に立っている奥様もいない。なので私が近づき、男性に声をかけた。
「部屋をお探しですか?」
「あ、あぁそうだ。君はここの使用人、いや奴隷か。とにかく、ここにメイド姿の女性は泊まっているか?」
メイド姿……脳裏にあの綺麗なメイドさんと少年の姿が思い浮かんだ。ただ、それをそのままお伝えしていいものか判らない。
「あの、貴方は一体……?」
「私はフレンズ商会のフレンズだ。生活魔導具の販売を主にしている。もし心配だと言うなら、その子に私が来たことを伝えてきてくれ! それで判るはずだ!」
そこまで言うのなら、無下には出来ない。なのでフレンズさんにはお待ちいただき、私は2人が泊まっている部屋に向かった。
午後の5時を知らせる教会堂の鐘の音が鳴った頃、戻ってきていた筈だし、部屋にいることだろう。
部屋の前にたどり着きノックをした。少し間を置いて顔を出したのはメイド姿のメイさんだった。
「どうかされましたか?」
「はい。実はフレンズ商会のフレンズさんが来られておりまして、お二人に会いたがっているようなのですが」
「そうですか。それでは伺います」
そしてメイさんとエドソンくんが部屋から出てきた。一緒に一階に下りると、フレンズさんと旦那様が話しているのが見えた。
夕食の支度に食堂まで来たのだろうけど、その時に話しかけたのかも知れないな。
「おまたせ致しました」
「ふむ、この者がフレンズ商会の長か」
「おお! これはこれは、いや先程はうちのバカ息子がとんだ失礼な真似を――」
何の話かはわからないけど、フレンズさんが2人にペコペコと頭を下げ、エドソンくんが気にしないでいいと寛大な態度を見せている。
だけど見た目が子どもだから何かおかしい。そして挨拶の言葉もそこそこに、3人は部屋へ向かった。
「おい!」
すると、旦那様が強い口調で私を呼ぶ。思わず肩が跳ねた。何か気分を害することでもしてしまったかな?
とにかく、黙っていても余計に機嫌が悪くなるだけだし、私は呼ばれるがままに旦那様に駆け寄る。
「お前、あいつらが何を話しているか探ってこい」
「……え? それは」
「わかんねぇのかよ! あいつは商人で色々魔導具を取り扱っているらしいんだ。それがわざわざここまでやってきたんだ。部屋で何か面白い話が聞けるかも知れねぇ」
面白い話の意味が私にはよくわからない。何か欲しい魔導具でもあるのかな? でもそれなら素直にあの人に聞けばいいと思うのだけど。
「部屋に行って話を聞いてくればいいのですか?」
「馬鹿か! たく、これだから知能が獣の奴隷はよ」
随分と酷い言われようだと思ったけど言葉には出さない。
「お前の耳は何のためにあると思ってんだ? 俺らより耳がいいのが猫獣人の唯一の取り柄だろうが! その耳で盗み聞きしてこいって言ってんだよ!」
「え!? で、でも相手はお客様ですよ?」
「だからバレないように盗み聞きしてこいって言ってんだよ」
無茶苦茶だと思った。そしてやってることはあまりに不誠実だと思う。
「上手く内容が聞けたら晩飯がなしといったのは取り消してやる。ただししくじったら3日間飯抜きだ!」
これはつまり私がそれを拒否しても3日間食事が与えられないことになるってこと。ただでさえ10日で3食ありつければいいという状況……ここで3日間も食べれないなんて……。
「わ、わかりました。行ってきます……」
従うしか無かった。私の体には道理に従う体力も気力もない。
でも部屋の前でやっぱり躊躇しちゃう。盗み聞きなんてやっぱり良くないことだよ。でもこれが失敗したら食事にありつけないし、また暴力を受けるかも……どうしよう……。
「私に何か用があるのか?」
「ヒャッ!?」
悲鳴をあげちゃった……だって突然ドアが開いて、あの少年に声をかけられたから……気配は消してたつもりなのに、どうして判ったのかな? やっぱりお腹が減っているから調子が悪いのかも……。
「どうした? 何かあるんじゃないのか?」
「え、え~と……その魔導具を扱う商人さんと一体どんな話をしているのかな~とちょっと気になったのです……」
私の馬鹿! どうしてこんなこと素直に言っちゃうかな……あぁ、やっぱり不審そうな顔をしてるよ。もうこれで盗み聞きは出来ないし……絶対警戒されちゃう。
「ふん、なんだそんなことか。それが、驚きなのだが、私が片手間で作成したこの異空間収納鞄……まぁ魔法の鞄やマジックバッグといった方がわかりやすいらしいが、それをこの商会が買ってくれるというのだ」
「え? ま、魔法の鞄ですか?」
「うむ、たかだが1000kg程度しか入らないものなのだがな、それが金貨500枚にも……」
「わわわわっ! ちょ! エドソンさん駄目ですよそれ以上は!」
フレンズさんが慌てて駆け寄り口を挟んだ。あまり聞かれてはいけない話だったみたい。それはなんとなく私にも判る。
「わかったわかった。まぁ、そんな話をしてたんだが満足したかい?」
「え? あ、はい! ありがとうございます!」
頭を下げた後、私はその場を後にした。一階におりたら案の定、旦那様に詳細を聞かれたので部屋で聞いたとおりに伝えた。
「魔導具か……それはいいこと聞いた。よくやった、今日は特別に餌をくれてやる」
旦那様は随分と喜んでくれた。本来の命令とは違って盗み聞きはしてないのだけど……でも内容が聞けたのだから一緒だよね。
とにかく、これで私もようやく食事にありつけそうだ……。
◇◆◇
sideエドソン
「エドソンさん駄目ですよ。こういうことをあまり外で話すなんてあまりに迂闊です」
「そうか? 所詮この程度の魔導具の話だ。それにあの子だって宿の使用人みたいなものだ気にすることもないだろう」
「ふぅ、甘いですよエドソンさん。むしろ宿だからこそ気をつけないといけないのです。特にこの手の大衆向け宿はどんな客が泊まっているか判らないし、宿の人間なら部屋に自由に出入り出来るわけで、大事な物を盗まれる可能性もある」
つまり宿の経営者だろうと信用してはいけないということか。まぁ、それはわからなくもないが、例え宿のセキュリティーが甘くても私のセキュリティーは甘くないからな。
「それと、この程度というのは流石に安く見過ぎです! 先程も申し上げましたがこの魔法の鞄はとんでもない代物なのですよ!」
「あ、あぁそうだったな」
この男は私の部屋に入るなり改めて何度も詫びを入れてきて、それはもういいと、私が先を急がすとあのマジックバッグを是非ともうちで扱わせて欲しいと願い出てきた。
その時、一体誰が作成者なのか? とも聞いてきたので私が名乗ると、更に驚いていたがな。
ただ他の連中のように私を疑うような真似はしなかった。どうやらフレンズはメイに感謝しても感謝しきれない恩があるらしく、そのメイの主人ならば信じるに値すると思ったようだ。
「しかし、これが金貨500枚か……」
「以前、メイ様にお譲り頂いた際、私は300枚しか用意することが出来ず、あとで必ず残りを支払うから譲って欲しいとお願いしました」
さっきの話だと資金繰りが上手くいかず廃業寸前だったようだな。
「するとメイ様は残りどころかこの300枚で良いと言ってくださいました。なので売れた後の追加分に関しては本来支払うべき金額も上乗せしてお支払いしようと思ったのですが、対応した妻が300枚計算で支払ってしまったのでずっとお詫びしようとも考えておりました」
「そのことは気になさらなくてもいいのですよ。ご主人様も見た目は子どもですが、そんなことで怒られるような小さな方ではございませんので」
見た目は子どもというのは事実ではある。しかしどうにも気になってしまうが、まぁそういうことだ。そもそもこんなものが金貨300枚もの価値になっていたことの方が驚きだ。しかも今回更に200枚上乗せされるという。
「いえ、それでは気が済みませんので先程も申し上げましたが本来なら金貨500枚で仕入れさせていただくところですが、今回は700枚で……」
「700枚!」
驚いた。価値が300年前とほとんど変わっていないことを考えるなら700枚はかなりの大金だ。
「店はそれで利益が出るのか? そもそもそんな高値で買うものがいるのか?」
「以前は金貨800枚で売れましたからね。本来ならもっと高くても売れるかも知れませんが、1000枚近くになると更に購入できる方が限定されますので、仕入れ値も考えてそれぐらいが妥当かなと考えたのですが、もし不満があるなら」
「いや金貨800枚で売るなら私たちが貰うのは金貨80枚程度が妥当なんじゃないのか?」
「ええええぇえええぇええええ!?」
フレンズが飛び上がらんばかりに驚いた。何か私はおかしなことを言ったかな?
「差し出がましいようですがご主人様。流石に800枚で売れるものを80枚で卸すのは価値を下げすぎかと」
「そ、そんなものなのか?」
そう言われてみると、私は魔導具の作成には自信があるが、商売に関してはさっぱりだな。そもそもエルフという種族がお金に無頓着なのだが。
硬貨を使った貨幣制度が非効率的というのは判るのだがな。仕入れや売値となるとさっぱりだ。
「とは言え、金貨700枚も貰い過ぎとは思います。ご主人様もそこまでがめつくはありませんので、最初に言われた金貨500枚が妥当かと」
そういうものなのか? まぁここはメイに頼っておくのが無難かな。
「わかった。なら金貨500枚で取引きといこう」
「いや、何か逆に申し訳ありません」
しかしこの男も珍しいな。随分と低姿勢だし、もし私が金貨80枚でいいと言ったとしてもそれは断ってきそうな雰囲気がある。
「フレンズ様、魔法の鞄は現在3個ほど在庫がございますが、それで足りますか?」
「そんなに! いやいや十分です、えぇこれは目玉になるぞ! ただ、金貨1500枚となるとすぐとはいかないため、少しお時間を頂いても宜しいですか? 勿論契約書は今日中にお作りいたしますので」
「ではご主人様、折角ですので後日、商会にお伺いするという形で宜しいでしょうか?」
「あぁそうだな。ならそれで進めてもらおう」
何か結局メイが話をまとめてしまったな。本当こんなもので金貨500枚も貰っていいのかな? という気もしないでもないがな。