第百四十五話 約束までの3日
改めて考えてみると、ドラムスに遺産がそのまま相続されたとは考えにくい。
奴の父親は孤児院にとても良くしてくれていたと言うし正式に遺言状が残されていたならそのことには触れるはずだ。
とにかく、期間はまだ3日ある。その間で出来ることを考えたほうがいいかもな。
「あの、本当に何から何までありがとうございます」
「いいんだ。私も好きでやっていることだからな。それに宿屋では子どもたちも一生懸命仕事を手伝ってくれている」
「マザー・ダリアの為に少しでも力になりたいという思いからなようです。それだけ貴方様が献身的に尽くし愛情を持って育ててきたからだと思いますよ」
私に続いてメイも語り、ダリアのこれまでの行為を褒めた。確かにここの子どもたちは良く笑う。偽りではない心からの笑顔だ。笑えるということはそれだけ今の暮らしが満たされているからと言えるだろう。
「そう言って頂けると……ですがだからこそ、子どもたちを離れ離れになどさせたくないのです」
その気持ちはよくわかる。それにここ最近の事件のこともある。偶然ではあると思うが、奴隷だった子は悪魔化しその主人も同じく悪魔化した。
ただの偶然と言うにはどこか引っかかる物も感じるのが確かだ。環境が大きく変化するとマイフはカオス側に向きやすいというのもある。
奴隷に落とされた上、万が一悪魔化でもされたら寝覚めが悪いからな。力にはなってあげたい。
「エドソンくん! お願いママを助けて!」
一人の女の子が前に出て涙目で訴えてきた。ギュッとくまのぬいぐるみを抱きしめている。
「うん。勿論君たちのママを助けるよう頑張るからね」
「ご主人様がこう申されているのですからきっと大丈夫です」
メイが優しく少女の頭を撫でると、少女の表情に明るさが戻った。流石この辺りはメイだな。子どもにもしっかり懐かれる。
「可愛いくまだね」
「うん! これ、私の宝物なの!」
くまのぬいぐるみを褒めてあげると、少女が嬉しそうにし、チュッともう一度抱きしめる。なるほど、手入れもしっかりされていてよほど大切なのがよくわかるよ。
さて、スロウとクイックは今日からもう働けるというから、先に魔導ギルドに向かってもらい私とメイはフレンズ商会に向かった。
困った時のフレンズ頼みという奴だ。
「これはこれはエドソン様。ようこそお越しくださいました」
フレンズは私達を満面の笑みで出迎えてくれた。最近店を建て替えたようで規模も大きくなっているな。
「店も随分と立派になったようだね」
「これもエドソン様のおかげですよ」
「たく、親父ときたら儲かって仕方ないって顔してるぜ。あまり調子に乗ってるとそのうち天罰がくだってもしらないぜ」
ジト目を向けて忠告のような事を言うのは息子のブルートだ。直後にげんこつを食らっていたけどね。
「いてぇな。俺はこの店の跡取りだぞ! 少しは大切に扱えよ!」
「うるせぇ! そういうことは仕事の一つもしっかり覚えてから言いやがれ! いいからお前はさっさと倉庫のチェックをしてこい!」
ブルートがブツブツいいながら倉庫に向かった。厳しい父親を持つと大変だな。
「店の調子が良さそうで何よりです」
出された紅茶を啜りながらメイが言う。
「はは、いやいや、でも確かに息子の言う通りですよ。商売はうまくいっているときほど怖い。私も、気をつけなければいけません」
うん? 言葉の途中に妙な間があったな。それに一瞬表情にも陰りが見えた。
「何か心配事でも?」
「はは、エドソン様は何でもお見通しですな。とは言ってもその悩みの一つもエドソン様のおかげでなんとかなるかもしれない」
私のおかげ、そうか。そっちか。
「それはつまり鉄のことかな?」
「そのとおりです」
「やはり入荷しづらくなってるのですか?」
「酷いもんです。鉄だけじゃない最近になって金属も含めて冒険者ギルドの管理となりました。そのおかげで冒険者ギルドに協力的でない店は露骨に制限をかけています。はっきり言えばたった一つの商会を除けば皆ヒーヒー言ってるような状態です」
たった一つ――ドイル商会のことだろうな。
「正直言えば私も心苦しい。エドソン様のおかげでこんな状況でもうちは店を大きく出来るぐらいには利益が出ているわけですから」
そう言ってフレンズがわらった。力のない笑いだった。
「店を大きく、そして利益か――」
立ち上がり、私は店に置かれている着火筒を見た。この町では昔から愛用されている使い捨ての魔導具だ。
「ふっ、これが一本で銅貨5枚か。これで利益など出るのかな?」
「あ、それは――」
「こっちの温水石も同じです。これでは利益などとても期待できないでしょう」
「しかも前見た時より値段が下がっているな。これは大変な状況だからこそ、町の住人が生活に困らないようにと考えてのことではないのかな?」
「店を大きくすれば確かにお客様が沢山入ります。ですが、それはただ売上を延ばしたいという意味ではなく、こういった生活魔導具をより多く置けるよう、そして多くのお客様が来訪出来るようにと考えてのことに思えます」
私達がそう告げると、ふっ、とフレンズが笑い気恥ずかしそうに頭を掻いた。
「うちは生活魔導具を売るのが基本です。そんな私にはこれぐらいしかできませんからね」
ニカッと歯を覗かせてフレンズが言う。もしこの男が儲け話にしか目がなく周りのことなど気にもしない自己中心的な男だったなら私もここまで付き合うことはなかっただろう。
フレンズが困ってる人や同業者がいたら親身になって相談に乗っている事も知っている。フレンズは人脈も広いが、それもフレンズの人柄があってからこそなのだろうな。
そしてその一方で――ドイルのような汚い商人が幅を利かせているわけだから全く困ったものだ……
本日よりBOOKLIVEにてコミカライズ版の最新10話が先行配信されております。
とても可愛らしい魔導具を使う回となっております。そしてメイが――
少しでも多くの方に読んで頂けると嬉しく思います!




