第百四十二話 孤児院を狙うドラムス
「全く。そんな余裕があるのならさっさと金を返して欲しいものだよ」
ドラムスという男は両隣に随分と屈強な男を従えていた。そして孤児院に入ってくるなり薄笑いを浮かべながら金について語り始める。
年齢的には二十代後半といったところか。私からすればまだまだ若造だがな。
しかし、見た目は悪くない。整った顔をしている。今はゲスな笑みを浮かべているが、恐らく普段は好青年でも演じているのだろう。
ここの院長もそれにころっと騙されたのかも知れない。ただでさえ世話になった男の息子ということもあったわけだしな。
「言っておくが私もメイもここの客だぞ」
「うん? こんなしみったれた孤児院に客……ムッ!」
ドラムスの目がメイに向けられた。実に嫌な予感がする。
「ほう……これは中々、いやかなりイケてるメイドじゃないか。しかし、こんな上等なメイドが何でこんなガキに?」
「お言葉を返すようですが、貴方よりは御主人様の方がずっと魅力的です」
「何だと?」
メイの発言にドラムスが不快そうに顔を顰める。それにしてもこの手のやつは無駄に自信家が多いな。
「ふん……何だ貴様はそんなに金があるのか?」
「人の魅力がお金でしか測れないとは程度が知れますね」
私を見てドラムスがそんなことを言い出した。全くいきなり金とは下品な男だな。メイも呆れ顔で言い返してるし。
「な、何だと貴様! ちょっといい女だからと調子に乗るなよ!」
「私は本当のことを言ったまでですが?」
「貴様――」
ドラムスが隣の男に目配せすると、横にいた男の一人がメイに近づいてきた。
「おいネェちゃん。あんま舐めた口聞いてると痛い目、いぎっ! い、痛ェ! 痛痛。ちょ、ま――許して!」
メイが触れようとした男の手をあっさりと捻り上げ、そのまま関節を決めると大の男が涙を流して許しをメイに乞うていた。
やれやれ、よりによってメイに手を出すとは馬鹿な奴だ。
「全くいきなり手を出してくるとはお前らは一体どこのチンピラだ?」
「ち、チンピラだと? くそ! おい何なんだこの連中は! 私を馬鹿にしてるのか!」
ダリアを睨みながらドラムスが叫んだ。握った拳がプルプルしている。向こうでは子どもが怖がってるな。やれやれ仕方ない。
「私達のギルドの従業員がこの孤児院で育ったのだ。しかし、その孤児院が大変な目にあってると聞いてな。話を聞きに来た」
私がそう説明するとドラムスが目を丸くさせ、そして悪辣な笑みを浮かべた。
「そういうことか。なんともご苦労なことだ。大体子どもの貴様に従業員だと?」
また見た目で判断されたか。しかし、正式には今さっき雇うのを決めたばかりではあるけどな。まぁそれはいいだろう。
「全く一体何の冗談だ。こっちは子どものままごとに付き合っている暇はないんだからな」
「私は魔導具師だ。魔導ギルドに所属しているな。とにかく、借金については疑問がある。借用書を改めさせてもらおうか」
「何?」
ドラムスが訝しげに私を見てくる。とりあえずメイはダリアにも借用書を借りてきた。双方を見比べてしっかり確認しないといけない。
「そんな物見てどうする?」
「言っただろう? 確認のためだ」
この様子だと、そう簡単に見せてこない可能性もあるな。だが、その場合は不正をしていると言っているようなものだ。そこをついて――
「――ふん。まぁいいだろう。見せてやる」
だが、存外ドラムスはあっさりと借用書を見せてきた。何だ? 随分と自信がありそうだな。
「しっかり確認させてもらうぞ」
鑑定眼鏡をとりだして中身を確認した。勿論ダリアの持ってきた借用書と合わせてだ。
この自信だ。まだあぶりだしで浮かび上がる手を利用した可能性もある。
しかし――双方を比べてみたが、確かに借用書にはサインがしてある。だが、内容があまりに馬鹿げている。なんだこの利息は? こんな物まともに支払えるわけがない。
いくら何でもこの内容でダリアが納得するわけがないだろう。
「マザー・ダリア……この内容で本当にサインしたのかね?」
「そ、それが最初に聞いていたのとは大分違っていて……」
顔色を窺ってみたが明らかに狼狽している。やはり聞いていた内容と借用書の内容が異なっているということだ。
アレクトの顔が思い浮かぶ。あの女も最初はこんな感じでわけがわからないといった様子だった。
だが、今回の問題はこの借用書そのものには特に手を入れた様子がないということだ。アレクトのときとはそこが異なる。
「どうかな? なにか問題が?」
「……問題はある。あまりに利息が大きすぎだ」
「ふん。そうは言ってもねぇ。お互い納得しあっての契約だ。そこにサインだってあるだろう? 何なら筆跡鑑定をしてもらってもいいぞ? 結果は変わらんだろうがな」
随分な自信だ。だが、私の鑑定眼鏡でわからないぐらいだ。筆跡も問題ないということだろう。だがなぜだ? どうやらそれを知るにはもう少し時間が必要そうだ。
「そうか。それなら鑑定に出させてもらおう。それまではこの件は保留だ」
だからこれを利用しよう。鑑定ということにすればその分時間を引き伸ばせる。
「おっとそうは行かないぜ? こっちは鑑定に出しても問題がないと確証があるんだ。利息分だけでももらわないと納得いかないぜ。それも無理なら流石にこれ以上は待てやしない。とっととこっから出ていくんだな」
顎を上げて高圧的な態度で命じるように言ってきた。自信が随分とあるようだ。どうやら私の当ては外れたようだが、しかしこの言い方が気になる。
こいつらはどうやらどうしてもここからダリアや子どもたちに出ていって欲しいらしい。しかし、そこまでこだわる理由は一体何だ?
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