第百二十八話 湖のヌシ
魔導車のおかげで湖まではあっさりとたどり着く事ができた。何匹か飛び出してきた魔物はいたが、轢いて倒したので問題はない。
さてと――見た感じ綺麗な湖だけど、一応鑑定眼鏡をつけてと。
「いかがですか御主人様?」
「うん。水質は問題ないね。見た目通り綺麗な水だ。飲料水としても問題ない」
鑑定眼鏡はこういう時に便利だ。いざ利用しようとしても毒性が強かったら意味がないし。
「さて、次はこれだ」
「転移門ですね御主人様」
「うむ」
転移門は門の形をした魔導具でどれだけ離れていてもそれぞれ門を設置することで繋げる事ができるのが特徴だ。
感覚的には瞬間移動扉に似ているが、あれは使用者の記憶にある場所へ瞬時に繋げるのに対して、これは門と門を繋ぐ。
一見すると瞬間移動扉の方が便利そうだけど、例えば今回みたいに湖の水を特定の場所と繋げたいといった条件がある場合はこちらの方が役立つ。
それにこの転移門は細かい設定が可能だ。例えば水だけ通して生物や魔物の類は通さないとかな。
だから常設したい時もその分こっちの方が便利なのだ。
「取り出した時は手のひらサイズで可愛らしいですね」
「はは、確かにね」
この転移門は大きさもある程度自由に変えられる。今は小さいが設定しておけば水門に相応しい大きさになる。
「底についたらそこで固定するように設定と。大きさはこんなものかなと、通す水量なんかは向こうで調整すればいいかな」
よし、設定が終わったら水門を水に沈める。これで大丈夫だな。特に問題のない簡単な作業だった。
さて――
「!? 御主人様! 何か来ます!」
戻ろうかなと思ったらメイが叫んだ。メイには危険が近づいた時に察知できる機能を施しているから何かに気がついたのだろう。
途端に湖に巨大な水柱が立ち、巨大な魚の頭が姿を見せた。蒼く美しい鱗が特徴な巨大魚――ディニクティスか。
「旦那様、これはもしや?」
「あぁ、間違いなくこれが湖のヌシだろうな」
全長で10メートルはある巨大な魚の魔物だ。
これだけ大きければヌシとして扱われるのも仕方ないのかもしれない。
「どう致しますか?」
「う~ん、この魔物はいるだけで水を浄化して綺麗にする力があるし、ヌシとして扱われるような魔物を排除すると生態系に影響を与えかねないしね」
私はあくまで魔導具師であり、ハンター気取りの冒険者とも違う。必要のない戦いはしないに限る。
「やぁ、もし気分を損ねたなら悪かったね。こっちの用は済んだからもう行くよ。だから君もゆっくり休んで」
「御主人様!」
刺激しないようにヌシに話をしているとメイが私を抱きかかえて大きく跳躍した。
刹那――ヌシの口から超高圧の水が放出された。
水が線となり木々をへし折り突き進む。地面に巨大な溝が出来た。
「ありがとうメイ。助かったよ」
「いえ、御主人様のためなら当然です」
メイが答えて微笑んだ。一応私のベストがあれば直撃しても平気だとは思うが、念の為というのもある。メイの気遣いが嬉しい。
それはそれとして――まさかここまで問答無用で攻撃を仕掛けてくるとはな。
思い返してみればメイの危険察知に接触したのだから、相手から殺気が漏れていたということになる。
しかし、ディニクティスはどちらかと言えば温厚な魔物だ。勿論明らかに敵意がある相手ならば今のように反撃することもあるが、そうでなければ自分からなにかしてくることもない。
だから解せない。少なくとも私は敵愾心を持たず、武器も持っていなかった。ここから去る意思さえ示したのに――
「どう致しますか旦那様?」
メイが少し離れた場所で着地し、私を下ろした後で問いかけてきた。ただ興奮状態にあるだけならこのまま離れてもいいが、どうにも気になる。
それにあの門は水を通すよう設定する必要がある。あの高圧な水の影響を受けるのは少々面倒かもしれない。
ま、設定次第でどうとでもなるけどあそこまで凶暴化してるヌシを放置しておくわけにはいかないというのもある。
「……場合によっては倒すことになる。だが――」
どうにも気になる。私は改めて鑑定眼鏡を使ってあのヌシを見たが――
「これは、魔力がカオスに傾きすぎている。妙だと思ったがこれが原因か――」
つまりこれは魔力の暴走ってことだ。ただ、元が温厚なだけにまだ修正は可能だ。
ならば魔力を調和してやるのが一番だな。
「メイ、原因がわかった。魔力の調和に入る。だが、その為にはヌシをある程度無力化する必要があるな」
「それならお任せください」
メイが拳をポキポキと鳴らした。あれ? 何か怒ってる?
「御主人様に危害を加えようとしたこと、とても許すわけにはいきません」
「ま、まぁ暴走が原因だからお手柔らかにね」
私を思ってのことだろうが、やりすぎてしまわないか多少心配かもしれない。
「いきます。ハァアアァアァアア!」
メイが飛びかかり、電撃を帯びた拳で攻撃した。
さすがメイだな。良くわかっている。水場で暮らす魔物に効果的なのは電撃だ。
ヌシもメイの攻撃で体が右に左に揺れている。あれでは放水どころじゃないな。
よし、その間にマイフルを取り出し、弾を込めた。調聖弾――高まったカオス寄りの魔力をロウ側に傾ける魔弾だ。ただ、今のままだと考えなしに撃ち込んでもすぐにカオス側に戻ってしまう。
だからある程度無力化させる。抵抗力が落ちれば魔弾もより効果的になるからな。
だが、ヌシもただ黙ってやられてはいないか。皮膚から水弾を四方八方に飛ばしていた。これも強力な圧が加えられており相当な威力だ。
だが、メイには通じない。あの程度に耐えられないほど軟な体はしていないからな。全て手で鬱陶しそうに払い、更に殴る蹴るの乱舞を決めた。
一つ一つの所作が本当に美しい。流れるような動きで相手を圧倒している。ただ、やりすぎないかだけが心配だ。
「~~~~~~~~~~!」
よし! 明らかに様子が変わった。水面に背中を叩きつけられ、腹を見せて浮かんでいる。
……死んではいないよな? メイに限ってそんな心配はないか。
私はマイフルを構えてヌシであるディニクティスに向けて調聖弾を撃ち込んだ。ヌシの身がピクンっと跳ねる。
だが、暫くして魔力が調和され穏やかな物に変化していった。
「ふぅ、良かった正気を取り戻したようだな」
――バシャバシャ。
ヌシは水を尾ひれでパシャパシャさせた後、水の中に戻っていった。今の、謝罪のつもりだったのかな?
ふむ、とにかく戻ったなら問題ないな。
「よかったですね御主人様」
「あぁ、無駄な殺生もしなくてすんだしね」
さてと、これで問題は解決と。そのまま再びメイの運転で戻ることにした。
それにしても、こんな穏やかな場所でしかも温厚な性格のディニクティスの魔力がカオスに向くとは考え難いんだがな――




