第百十五話 いざ魔石を求めて
鉱山迷宮で作業場となるスペースは無事確保できた。そして限定的にその場所には魔道具による結界を張ってある。
流石に作業が始まる前に魔物に占拠されたらたまったものじゃないからな。今回に関しては私の手持ちの魔導具で対応した。
勿論一時的な物で、アレクトにはすぐに作成に取り掛かってもらったがな。鉄や魔法銀が入ってこないということで時間が空いてたし丁度いいだろう。
そして私はと言うとフレンズを乗せて件の男爵領に向かっている。今回ハザンは同席していない。
鉱山迷宮や周辺の森で暫く狩りをしていたいと言っていたからな。あの辺りの素材は鉱石としてはいまいちだが、後の魔導具作成に役立つものは多い。
それにハザンは1人であの石の番人を倒すのが目標とも言っていた。目指す目的が出来てやりがいが生まれたってことだろう。
それならその気持ちは尊重すべきだろう。
まぁ途中の魔物も私とメイだけで十分対処出来るしな。
魔導車で森の中を移動する。運転は勿論メイだ。私は助手席で流れる景色を見続けている。
あれから何度か練習したがなぜかメイのようには上手く運転出来ないのだ悔しい。
「ご主人様、よければ今度運転中の私のお膝をお貸ししますが?」
「いや、何でそんなことを?」
「そうすれば気分だけでも運転している感じが出るかと」
「ば、馬鹿にするな!」
「……そうですか。失礼いたしました」
形の良い眉を落としてがっかりしている様子のメイである。か、からかっていたわけではないのか……。
「……ま、まぁ今度お願いするよ」
「! はい、喜んで」
途端に機嫌が良くなった。感情機能が正常に働いている証拠ではあるが、しかし本当もはやどうみても人間と見分けがつかないな。もっとも高い戦闘力などはしっかり人間離れしているが。
「ところでフレンズ、道はこちらで大丈夫か?」
「はい。魔物の多い森ですが、それでも比較的安全なルートというのがありまして向こうの商人もそのルートで来ていたのですが……」
フレンズがそこで言葉を濁す。そういえばこの間フレンズは、以前ブジョー男爵領と取り引きがあったと言っていたな。
しかし、以前ということは……。
「フレンズよ。前に聞いて気になってはいたが、今はこれから行く町の商人とは取り引きがないのか?」
「そこなんですが、ある時からパタリとプジョー男爵領から商人がこなくなったのです。一度領主様にもお伺いを立てたのですが特に返事もなく、商業ギルドには魔物が多くなってこれなくなったようだという話ししか……結局それ以後そのまま関係が消失してしまっていたのです」
それはまたなんとも妙な話だな。その後は元々ブジョー男爵領から入ってきていた宝石は別な形で入荷するようになったようだ。ただ価格が上がった割に質が低下したようで宝石を扱う商店は随分と困惑したようだ。
しかも、その時、代わりに宝石を卸し出したのはあのドイルらしい。その時点で怪しい匂いしかしないな。
「実はそのことがあるので若干不安もあったのですが」
「ふむ、とは言えこちらとしても火の魔石が欲しいところだからな。何とか上手くやりたいものだ」
「そうですね。あ、そのまま真っすぐ行けば川があるので橋を渡って行くことになると思います。そこから先がブジョー男爵領ですね」
ほう橋か。どうやらそこが領地の境界線となっているようだが、そういえば外界の橋を見るのも300年ぶりであるな。さて、今はどうなっているのか。
「……フレンズ様、この先に橋は無いように思えるのですが?」
「え?」
だがメイが指摘したことでフレンズが戸惑いの声を上げる。気がついたのは魔導車に組み込まれているマップをみたからだろう。
そして実際私から見てもマップに橋らしき物が映っていない。
「とにかく向かうか」
「はいご主人さま」
そしてメイの運転する魔導車はあっという間に川辺までやってきた。川幅は1000メートルはあるな。水深もかなりありそうだし何の道具も使わず歩いて渡るのは厳しいだろう。だからこその橋なのだろうが。
さて、なぜマップに橋のマークが記されていないのか。その理由はわりとすぐにわかった。
「もしかしてここに橋が掛かっていたのか?」
「はい。ですが……」
フレンズが眉を顰めた。橋があったであろう場所には橋は掛かっておらず、しかしここにあったであろうことを証明する残骸のみが残っていた。
「どうやら橋が落ちてしまったようだな」
「そのようですね……」
「しかし、見たところここに掛けられていたのは木製の橋のように思えるが?」
残骸として残ってる橋台が木製だしな。それに川辺に木片も幾つか散乱している。残った部位から推測するに構造も単純そうだ。
「はい、おっしゃるとおりここに掛けられていたのは木製の橋ですね」
「……まさかと思うが、木製以外の橋を作る技術が無いとはいわないよな?」
少し不安になって聞いてみた。この辺りは魔導具一つとっても技術がかなり低いからな。
「とんでもない。とうぜん石造りの橋も掛ける時には掛けますよ」
「そ、そうか……石造りね……鉄ではどうなんだ?」
「鉄? はっはっは、鉄は流石に重すぎて橋には適してませんね」
何か私が妙なことでも言ったかのような反応だった。私としては最低限でも鉄橋ぐらいはというつもりだったんだけどな。
「まぁ細かいことは置いておくとして、それならせめて石ぐらいは使わないとすぐに落ちるだろう」
このあたりは魔物が多いから木製の橋なんて掛けても壊されることが多そうだしな。
「はい。ですが、ここは場所的に材料の石を運びにくいんですよ。今言われた魔物がそのままネックになりますからね。だから壊されてもすぐ直すというやり方で対応してきたんです」
うん? 今のフレンズの話だと、そもそも壊される前提のようにも思えるな。
勿論壊れないに越したことはないのだろうが……。
「それなら壊れていることを報告すれば済む話なのか?」
「いえ、私が驚いたのはどちらかというと壊れていたことよりもまだ直っていないことになんですよ。何せブジョー領の商人がこなくなってからかなり経ってます。にも関わらず直してないなんて……」
フレンズの様子を見るに、本来なら既に直ってなければいけないのが壊れたままという点がおかしいのか。
気になることがあるな。フレンズの話だとどうやら商人がこないのは魔物が増えた影響だったと言われていたらしいが実際は橋が壊れているからだ。
「橋を直すのは誰なんだ?」
「最近だと冒険者ギルドになるかと……」
これまた懸念が増えたな。しかも冒険者ギルドなら領主にもし直すなと言われればホイホイ言うことを聞くだろうし、そのことを口止めさせるのも簡単だろう。
それに魔物が増えたということにしておけば、冒険者ギルドはシドの町からブジョーに行こうとする商人がいてもそれを理由に護衛を断れる。
しかも今回ブジョーとの取り引きがなくなったことで明らかに得をしているのはドイル商会だ。きな臭過ぎて逆に笑えるレベルだな。
「それにしても、橋が壊れていては川を渡れませんね……どう致しましょうか?」
弱った様子でフレンズが聞いてくるが私はすぐに言葉を返す。
「うん? 何を言っている。そんなもの問題ではないぞ」
「え? でも橋が……」
「いいから乗れ。メイ頼んだぞ」
「はいご主人様」
そして私たちは魔導車に乗り込み、メイが一旦バックした後。
「では行きます。しっかり捕まっていてくださいね」
「え? 捕まって、うわっ!」
メイがアクセルを踏み込むことで魔導車が急加速、そして川近くまできたところでブーストを作動させ魔導車が飛んだ!
ふむ、中々だな。やはりブーストを利用してのジャンプ機能は付けておいて正解だった。
「ひ、ひいぃいい!」
「フレンズ、着地の時に舌を噛むなよ!」
そして魔導車は無事に川を飛び越え向こう岸に着地した。橋がなければ飛べばいい。単純な話だったな――




