第百十話 勝ち誇るドイル
魔導ギルドにやってきたのは噂していたムーラン・ドイルだった。全くはかったように入ってきたな。どっかで盗み聞きでもしてたんじゃないのか?
「……ドイル商会の長がこんなところまでどのようなご用件でしょうか?」
最初に対応したのはメイだった。淡々とした口調だが、どこか嫌悪感が滲み出ているような口調にも感じられる。
「ふふ、相変わらずいい女じゃないか。どうだ? こんな今にも死に体な三流ギルドなんかより私の下に来るというのは? 特別に専属秘書として出迎えてやるぞ?」
「……絶対的な拒否感を示しお断り致します。例え世界が滅びたとしても私は貴方の秘書にだけはならないでしょう」
「はっはっは照れているのか? ういやつだ」
「……御主人様大変です。この男には人間の言葉が通じません」
「当然だ。猪なのか豚なのかはっきりしない生物に人の言葉がわかるわけないだろう」
「誰が豚か猪かはっきりしないだ! てかほぼ一緒だろう!」
「毛の量が違う。そしてお前は生えてるんだか生えてないんだかはっきりしろ」
「黙れ!」
髪のない頭頂部に血管を波打たせ、顔も赤くなっていた。何だ怒ったのか。
「ふん、所詮負け犬の遠吠えか。その無礼も今だけは勘弁してやろう。どうせこのギルドはもう終わりだ」
「ほう? 何故だ?」
ドイルは得意げに鼻息を吹き出し、蛙と豚が融合したような歪んだ笑みを浮かべていた。語る言葉には勝利を確信したような感情が垣間見える。
理由はわかっているが、一応聞いてみた。
「ふん、とぼけおって。既に知っているだろう? 鉄と魔法銀はうちだけが冒険者ギルドから卸してもらえることになった。つまり貴様らには今後一切鉄も魔法銀も入らないということだ!」
「そ、そんなのおかしいです! どうしてうちには卸してくれないんですか!」
アレクトが立ち上がり文句を言った。
「はっはっは、決まっているだろう? このギルドは危ない。そう領主様も判断されたのだ」
「危ないだと?」
どうやら思ったとおりあの胡散臭い領主が関係しているようだ。だがその理由には納得しかねる。
「……御主人様が企画した魔導具は人々の役に立っております。危険視される謂れはありませんが」
「そうです! この町だって救ったじゃないですかぁ~」
メイとアレクトがドイルの話に異を唱える。だがドイルはそんなことは知ったことか、と鼻を鳴らし。
「随分と姑息な真似で客に取り入っているようだが、領主様は流石は聡い御方よ。おまえたちの魔導具は使いようによっては凶器になりえる。それに魔導ギルドは以前魔導具を暴走させた前例があるが、それにしてももしかしたらテロ行為の一環だったのでは? と領主様は訝しんでいるのだ。そんな連中に貴重な鉄や魔法銀を譲るわけがないだろう」
「なんてことを……アレクトさんが言われてましたが、この町を悪魔の手から救ったのはエドソンさんは勿論魔導具があってこそ。なのにそのようなことを!」
「ふん、何を言おうと領主様の決めたことよ。それよりフレンズ、貴様は自分の心配でもするのだな。何せ鉄も魔法銀もなければ魔導具など作れやしない。貴様の商売もこれで終わりということだ。まぁ恨むならこのような愚かなギルドに協力した無能さを恨むのだな。ガッハッハ!」
そこまで言うと、ドイルがギルドから出ていこうとした。だが、扉の前で立ち止まり。
「メイよ、気が変わったらいつでもくるがいい。それとついでにアレクトも飼ってやっていいぞ? 一度は裏切られたが私は寛大だからなア~ハッハッハ!」
随分と好き勝手なことばかり言い残して去っていったな。そんなことを言うためにわざわざ来たというのだから暇な奴だ。
「うぅ、腹も立ちますが凄く気持ち悪いです」
「……あれは女性が生理的に無理なタイプですね」
「わかるわかる、あのねっとりとした視線とかもう見られるだけで蕁麻疹が出そうよ!」
メイとアレクトとブラがそんなことを口にする。他の女性陣も同じ気持ちなようだ。嫌悪感が凄い。
「しかし、実際これからどう致しましょうか? ドイルの口ぶりから察するに、冒険者ギルドに頼んだところで鉄鉱石や魔法銀を譲ってくれるとは思いませんし」
フレンズが心配そうに眉を落とす。冒険者ギルドには最初から期待していない。例え譲ってくれるという話になったとしても、あの意味のわからない同盟を結べと迫られるだけだろう。
かと言ってこのままじゃどうしようもないのも確かだ。勿論やろうと思えばベンツから鉱石を買い取るという手がないわけでもない。
だがそれはあまり好ましい手と言えない。そのやり方は本来この領地で行えることではない。持続性のないやり方など結局ただの一時凌ぎに過ぎない。
私が魔導具を作る素材を現地で集めた物にこだわっているのはそういった理由からだ。
しかし、今回は相手側の悪意があってのこと。こっちも正攻法だけでは厳しいのかもしれないが――
「おい兄弟、大丈夫か!」
私が考え込んでいると、妙に懐かしくも思える声がギルド内に響き渡った。
「お前、ハザン、どうしたんだ?」
「どうしたんだも何もないぜ。冒険者ギルドで噂になってたんだよ。鉄鉱石や魔法銀が冒険者ギルド管理になったってな。それで兄弟のギルドが大丈夫かと思ってよ」
「そうだったのか……しかし、お前こそ大丈夫なのか? 冒険者ギルドはお前がここに来ることを好ましく思っていないようだが?」
そう。あの時もドルベルがハザンがここに来ることに文句を言っていた。
「あぁ、確かに言っていたし俺のランクにも影響するとか言っていたけどな、知ったことかと言って怒鳴ってやったよ。請けてた仕事は残ってたからちょっと来るのが遅れたがそれも全て片付いた。これからは兄弟の為に協力するぜ!」
「ですがそれでは冒険者ギルドから目をつけられてしまうのでは?」
「そうだ、あいつらなら冒険者の資格を剥奪などといいかねないぞ」
「だったらそんなギルドこっちからやめてやらぁ。その時は兄弟、ここで雇ってくれよ?」
そう言ってハザンが豪快に笑った。全くこいつは……。
「言っておくがうちは安いぞ。今は色々と大変だからな」
「本当かよ。ま、でもなんとかなるか」
「はは、ハザン殿は豪快でスパッとしてますね。ただ、現状があまり芳しくないのは確かです」
「それはやっぱ鉄と魔法銀か?」
フレンズの話にピクリと反応し、ハザンが俺たちに聞いてきた。まぁ確かに。
「それが大きいな。やはりその二つは大事だ。せめて鉄だけでも手に入らないとな」
「なるほど、よしわかったぜ兄弟! 俺が何とかしてやるよ!」
うん? 今何とかと言ったか?
「何とかなるのか?」
「そりゃそうよ。俺だって冒険者ギルドでバリバリやってたんだ。鉱石がなくてもなんとかなる手は知ってるぜ。例えばメタルリザードを狩りまくるとかな!」
「おお、なるほど。メタルリザードですか!」
ハザンのアイディアにフレンズも喜色を示した。だが――
「それはそこまで効果的な手ではないな」
「え? な、なんでだよ兄弟?」
ハザンの言う手は私も考えたことだ。だが――
「メタルリザードは皮膚にしか採れる鉄がない。その上、あの魔物は死んだ後不純物が一気に増える。一匹で採れる鉄の量は驚くほど少ないんだ」
「え? いやしかし兄弟、メタルリザードの買取価格は高いぜ?」
「それは魔核の価値が大きいだろう。それと肉だな。メタルリザードは鉄分豊富な食材だ。生きてる内は皮膚も筋肉も硬いが死ぬとある程度柔らかくなり旨味が増すのもあって市場での人気も高いはずだ」
「あぁ、そういえばメタルリザードの肉料理は美味かったな」
ハザンが思い出したようによだれを垂らした。全く素材の価値が何にあるかぐらいは知っておいた方がいいと思うがな。
「だけど、ギルドはメタルリザードの鉄も集めていたようだがなぁ」
「……なるほど」
なんとなく読めた。きっと冒険者ギルドも今回の鉄と魔法銀不足の情報は予め知っていた。だからこそうちが場合によってはメタルリザードに目をつけると考えて冒険者に狩らせていたのだろう。
「……ですが、それであればメタルリザードもかなり数が減っているのではありませんか?」
メイがハザンに問いかける。メタルリザードもそこまで大量に発生する魔物じゃないしその疑問は当然と言えた。
「いや、それがよ。ここから北東にある森にメタルリザードが大量発生したからって結構狩れてたんだよ」
「メタルリザードが大量発生だと?」
「そうそう。元々危険の多い中立地帯だったんだけど、そのおかげで結構森の外側まで出てきてくれたから狩りに行く冒険者も一気に増えたりしててな」
その言葉に、私の中である推測が湧いた。そうだ、メタルリザードが大量に出るということは……しかも今ハザンはこう言った中立地帯と。
「ハザンでかした! これは、一発逆転に繋がるかもしれないぞ!」




