第百一話 同盟の意味
私がハザンに協力してもらっていたのは事実だ。ドルベルはそんなハザンの件を持ち出し、不問にするから同盟を結べなどと言ってきた。
正直悪魔の件など私たちには逃げる理由がなかったのだがな。悪魔化したガイアクは悪魔化の中では大したことはなかった。あの程度で遅れをとることなどありえない。
尤もそれは私の尺度で考えたらばの話だ。その部分を強く言ったところでこの連中は否定することだろう。
正直同盟なんて考えてもいないが、とりあえず話は聞いてみるか。
「不問にするなどと言われる覚えはないが、その同盟を結んで一体何をしようと言うんだ?」
「何、それほど難しく考えることではない。この通り内容はこの用紙に記してある。読んでみるが良い。決して悪い条件ではない筈だ」
私はドルベルから手渡された紙に目を通した。同盟についての条件が書いてある。メイにも見てもらったが彼女も呆れていた。
「魔導具の取り扱いを冒険者ギルドに一任すると書いてあるようだがこれは何だ?」
「見てのとおりだ。今後魔導ギルドで作成した魔導具は冒険者ギルドが管理し販売も行う」
「それのどこにメリットがあるというのでしょう?」
メイが不審な目を向ける。当然だな。私からしても何の冗談だ? と言いたくなるような事項だ。そもそもそれが嫌だからブランド化したのだし。
「聞くところによると現在魔導ギルドはかなり多忙なようで作業が追いついていないそうではないか。それも魔導ギルドの仕事が多すぎるのが原因だろう。だからそれを冒険者ギルドが補う。この条件に従ってもらえれば我らが魔導具の管理や販売を引き受けるのだからそちらはただ魔導具の開発に専念してくれればいい」
「開発に専念ね。だから量産をドイル商会に任せるなどと記載があるのか」
「そうだ。ドイル商会はこの町一番の商会で信頼に足る相手だ。君たちの開発した魔導具を効率よく量産してくれるだろう。そのうえでドイル商会の販売網も活かすことが出来る」
馬鹿かこいつは? それは結果として冒険者ギルドとドイル商会を間に挟むという話だろう。そうなれば当然その分卸値が高くなる。
今私たちはフレンズ商会を基本的には通しているが、それだけだ。しかもフレンズはドイルのように悪どくない。かなり良心的な価格設定で価格を決める時にも私たちと相談して決める。
だが、ドイルなんかに任せたら価格などあいつの胸三寸で決まってしまうことだろう。何せご丁重に価格については冒険者ギルドとドイル商会とで決めるとまで記されている。魔導ギルドのまの字も見当たらない。
「顧客の管理も冒険者ギルドとドイル商会で、そうありますね。これはつまり冒険者ギルドとドイル商会だけで魔導具市場を独占しようという話でしかないのでは?」
メイが鋭い目で指摘する。全くもってそのとおりだな。あれだけ散々魔導ギルドを馬鹿にしておきながら、金になると踏んだ途端、同盟という体で取り込もうとしてきているわけだ。
「それは誤解だ。私たちは君たちの負担を少しでも軽減させてやろうと思っているに他ならない」
「ならば余計なお世話だな。今は人手も増えてそれなりに余裕も生まれている。そもそも私たちは冒険者ギルドを通さないやりかた、つまりブランド化を行い魔導具の販売を行っている。それで顧客にも満足してもらっている。今更冒険者ギルドに任せるメリットなど皆無だろう」
「その件だが、現在商業ギルドにはブランド化という制度そのものを廃止するよう求めている」
「なんだと? それは一体どういうことなのかな?」
「問題を感じたからだ。魔導ギルドは現在、安易なブランド化による業務で多忙を極めている。人手が増えたとは言え、魔導ギルドはただでさえ一度魔導具の暴走という問題を引き起こしている。今は顧客に満足してもらえているようで何よりだが、このまま魔導ギルドだけに負担を強いるようではまたいつ問題が起きるとも限らない。そもそもブランド化は現在魔導ギルドでしか申請されていないようだしな。そのような危険を伴うものであるならば、なくしてしまった方がいいだろう。そして冒険者ギルドと手を取り合って安全で便利な魔導具づくりに専念して欲しい」
薄々勘付いていたことだが、やはり領主も冒険者ギルド、それとドイル商会よりな考えを持っている。というよりかなり偏向していると見ていいだろう。
しかし、いくら領主に言われたからとあの商業ギルドがそう簡単に首を縦に振るとは思えないが。
「商業ギルドはそれを認めたのかな?」
「まだ正式な返答は得られていないが、この街でギルドを続けていきたいならルールには従ってもらう必要がある」
それが伯爵の考えか。暗に脅しを掛けているようなものだ。いよいよ本性が垣間見えてきた気がするが。
「そもそも疑問なのだがなぜドイル商会なのだ? ドイル商会がガイアクに協力していたのは知っているはずだろう? だからこそ罰金となったわけだしな」
「確かに結果的にはドイル商会が協力してしまった形だが、悪気があったわけではない。奴隷を使ったチェスにしてもあくまで提案であり、奴隷が怪我をしないよう防具もしっかり着用してのルールとしていたのだが、ガイアクがそれを守らずゲームを進めてしまった。そう聞いている」
「とは言え、管理がなっていないのも事実。だからこそ罰金となったそうだ」
無茶苦茶だな。それを信じている時点で怪しすぎる。冒険者ギルドに関しては完全にわかって言ってそうだしな。
「――とにかく、この条件じゃとても同意できないな。断らせてもらおう」
「……それは残念だ。だが、それは領主の意向に従わないということでもあるぞ?」
「私としてはその答えはとても残念に思う。この町の為にも冒険者ギルドと魔導ギルドには手を取り合い上手くやってほしいと切に願っているのだから」
「……そのお心遣いには感謝致します。ですが、それであれば同盟など結ばなくても問題はないでしょう。それぞれこれまで通り互いを尊重して業務に専念すればよい。必要なことがあればその都度話し合っても良いではないか」
「……なるほどそういう考えもあるか。ならば一つ、同盟を結ばない以上、ハザンをそちらに向かわせるわけにはいかないな。ハザンはあくまで冒険者ギルドの人間なのだから」
「……それはハザンの決めることではないか?」
「勿論こちらからもハザンにはよく言っておくとしよう。勿論、正式な依頼であれば今後は窓口でしっかりと受けさせてもらうがそれで構わないかな?」
「ハザンが納得するならな。だが、ギルドに顔を出すのまで禁止にするのはやりすぎだと思うが。さっきも言ったが私はハザンを友と思っている」
「ふむ、まぁそのあたりは私からも良く聞いておこう。だが、あいつとて今は大事な時期だ。Aランクになれるかどうかという意味でもな」
つまり、それでもうちに顔を出すようなら昇格させないということか。しかもこいつなら場合によっては難癖つけて降格にする可能性もある。
「とは言え同盟についてはすぐには決めずに良く考えてくれたまえ。それに魔導ギルドには別にマスターがいるのだろう? アレクトと言ったかな。彼女とも良く相談することだ。ブランド化もそうだが、何が起きるかわからないのだからな」
伯爵は一見穏やかだが、その言葉の節々に静かな圧力を感じた。
「私も今は保留ということで納得しておこう。良い返事を期待しているよ」
「…………確かにマスターはアレクトだ。だから一応は持ち帰るが返事は変わらないと思うぞ」
「さて、どうですかな? ま、この話はここまででいいだろう。肝心の謝礼についてだが」
「それは丁重に辞退させて頂く。今回はたまたま悪魔を見つけ倒しただけだ。謝礼は必要ない」
「ふむ、しかしな」
「どうしてもというならば、ブランドについては口出ししないでもらえると有り難いが」
「それは残念だが無理な相談だ。そうだな、ならば他に何かあれば言うがよい。それまでは保留にしておこう」
保留ね。多分普通の謝礼を受け取ることはないだろうさ。
「ではこれにて失礼させてもらうが、約束もあるのでな。ご息女と話をさせて頂いても?」
「ふむ、約束だからな。それにあの子たちも話し相手が欲しいのだろう。執事のルイスをつけよう。部屋まで案内してもらうが良い」
そして私たちは伯爵の部屋を出た。しかし、これで伯爵と冒険者ギルド、そしてドイル商会に繋がりがあるのがわかった。だが、色々不可解な点も多いがな――




