第百話 領主とドルベル
領主の部屋に通されたが、そこにいたのは冒険者ギルドのマスターであるドルベルだった。
まさかこんなところで出会うとはな――
「何故お主がここにいる?」
「私も伯爵に招待頂いたからだよ。今から君を迎えに行くからここで待っていてくれと言われたのでね。待たせてもらった」
領主の部屋で待たされたというのか? 普段から余程の付き合いがないとそんなことはさせないと思うが、この男、この領主ともそれなりの関係を築いているということか。しかし――
「私は何も聞いていなかったからな。少々驚いたぞ」
「騙し討ちみたいな真似になって申し訳なかったね」
タムズ伯爵が席につき、謝罪の言葉を述べる。確かに冒険者ギルドのマスターまでもが同席するとは聞いていなかったからな。
「ただ、此度の件は冒険者ギルドも無関係ではないからな。本来は本人も招待すれば良いのだろうが今はギルドの仕事で出ているようで残念だが」
本人、これは、ハザンのことを言っているのか?
「さて改めてだが今回の件、魔導ギルドのエドソンとメイ。そして冒険者ギルドのハザンには大変世話になった。おかげで悪魔の脅威から町も救われた。この町を代表してお礼を述べさせてもらおう本当にありがとう」
「何、冒険者ギルドとしては当然のことをしたまでと考えております」
「……悪魔化した人間がいたから放ってはおけなかっただけだ。お礼を言われるようなことではない」
私はそう答えたが、視線は自然とドルベルに伸びていた。まさか、こうなるとはな。
「何かな? 不満そうだな」
「……別に」
「はは、顔に出ているぞ。我らのギルドが評価されるのが不平か? しかしハザンは冒険者ギルドに所属している。今回の件も冒険者としての行動と見るのが当然のことだ。違うかな?」
やれやれつい顔に出てしまったか。確かに不満がないと言えば嘘になるがな。私の中で冒険者ギルドに対する不信は大きい。
「なるほど。噂には聞いていたがやはり冒険者ギルドと魔導ギルドは折り合いが悪いようだな。私としてはできれば両ギルドには上手くやって欲しいと思っているのだがな」
「私は特に何も思っておりませんよ。事実何度も魔導ギルドには協力を申し出ておりますが、一方的に魔導ギルドがそれを断ってきただけですからな」
「一方的? 全く面白い冗談だ。魔導ギルド側に不利な条件でいいように使っていただけではないか」
「はは、まだそんなことを根に持っていたのか。あれはうちの職員が勝手にやってしまったこと。勿論悪いとは思っているがだからこそあの職員を即刻追放とし、正規の金額を支払ったではないか」
魔導具の権利は一切返すこと無くだがな。しかし追放か。あの男があの後どうなったかなど興味もなかったが、本当にただの追放で終わったのかどうか。
「その辺にしておきたまえ。折角双方の功績を讃えようと思い招待したのだから、お互いを尊重して仲良くしたまえ」
「これは失礼致しました」
「こちらもご主人さまが少々大人げない真似を。失礼致しました」
「おいメイ――」
「ご主人さま、ここでは……」
メイが目配せしてきた。確かに、領主の前で言い争いをしていても仕方ないか。だが――
「一つ質問していいかな?」
「ふむ、何かな?」
「ガイアクの件だが、兵が動くのが随分と早かった。ハリソン伯爵は前からガイアクのことを怪しんでいたのであるか?」
「……ふむ、特にそのようなことはないが、話を聞くに随分な真似をしでかしたようであったからな。私の権限で兵をすぐ動かした。だが、まさか悪魔化するとはな。あれがそこまで心に闇を抱えていたとは。あの男のことは知ってはいたがそれに気づかずにいたのは領主としては失態だ。今後は気をつけねばな」
今の回答、これは、どういうことだ? 妙な引っ掛かりを覚えるが――。
「――この町では過去に悪魔化した人間は他にいるのかな? もしくはハリソン伯爵の側でそういったことがあったとか?」
「いや、私も伝承として書物で知ったことがある程度だ。まさかそれが本当に起こるとは今でも信じられないよ」
「ですが、その悪魔は退治されました。全くうちのハザンは勿論だが、魔導ギルドも中々やるではないか。最近は飛ぶ鳥を落とす勢いで成長しているとも聞くし、全く感心するぞ」
その割に目は笑っていないがな。しかし、何故私たちとこの男を同席させた。別々でも良かったではないか。
「ふむ、ドルベルは流石は冒険者ギルドのマスターだけあって懐が深いな。最近は本来なら冒険者ギルドが扱っていた仕事も随分と減ってきているという話だったが」
「えぇ、まぁそれはありますが。しかし、私はいつまでも魔導ギルドといがみ合っていても仕方ないと考えておりますので」
突然、2人が私を脇において話しだしたな。少しきな臭くなってきたぞ。
「さて、どうだろうか? さっきも話したが、私としては折角町で評判のギルドがいつまでも不仲では領民のためにもそして今後の町の発展の為にも良くはないと考えている。今回の事件においても魔導ギルドと冒険者が協力することで悪魔を打ち倒すことが出来たわけだし、お互い手を取りあい協力体制を築いては? 何なら私の立ち会いのもと今から同盟を結んでもらっても構わないぞ」
そう来たか……まさか礼がしたいと呼ばれてこのような話になるとはな。
「私としては一向に構いませんぞ。勿論色々と思うところもあるが、ここでしっかり互いの立場をはっきりさせた上で協力できるなら過去のことは水に流そうではないか」
「水に流すだと? 一体何の話だ? 我々には水に流してもらうようなことなどないぞ?」
「やれやれ、折角領主様がこう言ってくれているというのに。大体全く記憶にないとは言えないはずであろう。ただでさえハザンの事があるのだからな」
「ハザンのことだと?」
「……そうきましたか」
私の頭には疑問符が湧いたが、メイはなにかに気がついたようだ。
「さっきも言ったがハザンは冒険者だ。冒険者ギルドに所属している人間だ。にも関わらず魔導ギルドはハザンを顎で使ってくれているようではないか。それに対してなんとも思わないのか?」
「顎で使うだと? 馬鹿をいえ。こっちは働いた分の報酬は――」
「ご主人さま――」
メイが私の言葉を遮るように口を挟んだ。何だ? 一体どうしたというのか?
「はは、今更もう遅い。さて、どうやらハザンに仕事をさせ報酬も支払っていたようだが、何度も言うが奴は冒険者だ。ギルドにだって所属している。にも関わらず当のギルドを飛び越えて直接報酬を支払うとはどういう了見であるかな?」
自信に満ちた顔でドルベルが問うてきた。メイが止めたのはこれがあったからか。
「何か勘違いしているようだが、ハザンは冒険者であると同時に今や私の友人でもある。私に協力してくれていたのはあくまで個人の範疇だ。ギルドが関与することではないだろう」
「はは、面白い冗談だな。その範疇で素材集めや魔物退治を頼んでいたとでも言うつもりか?」
勝ち誇ったようにドルベルが言った。メイが首を左右にふる。くそ、少々無理があったか。ハザンが個人的に協力してくれていたのは事実だが、それで済む話ではないということか。
「さらに言えば今回の悪魔についてもある。ハザンは冒険者として先ずやるべきはギルドへの報告だろう。悪魔が出るということはそれほどの重大事だ。だが、お前たちに協力を求められそれを怠る結果となった。本来ならハザンは逆にお前達を引きずってでも町に戻りギルドに報告すべきだった」
「馬鹿を言うな。あの状況で冒険者ギルドになど戻って判断を待っていたら被害が拡大するだけだ。あの場で倒したからこそ被害はガイアクの敷地と屋敷程度で済んだのだ」
「しかし、それは結果論ではないか?」
私が反論すると、タムズの声が間に入り込んできた。
「確かに悪魔は倒された。それには感謝もしている。だが、もし倒せなかったとしたならば、冒険者に適切な知らせがなければ対応が遅れていた可能性がある」
「……来ていた兵は先に逃しておいた筈だが?」
「そうかもしれないが、兵は悪魔のような未知なる存在が相手だと萎縮してしまい判断が遅れる可能性がある。そこはやはり冒険者ギルドの方が対応が早いだろう」
領主自らそれを言うのか……兵がいざとなったらやくたたずだと言っているようなものだろう。
すると、ドルベルが、ふっ、と笑い。
「――とは言え、結果的に悪魔は倒された。それが事実だ。だからそれについては不問にしよう。これまでのハザンの件もだ。それ故の同盟だ。それさえ結んでおけば今後はこのような下らぬことに悩まされることはないだろう」




