第8筆 7月の手紙
拝啓
天国のお母さんへ。
今日は学校のことを報告します。私、写真部に入ることになりました。
いつものように、学校の中庭で一人で弁当を食べていたら、おどおどした様子で別のクラスの男子が声をかけてきたんです。
それが、写真部の勧誘でした。
写真部は、いま4人しかいないらしくて、名前だけでもいいから入ってくれって。なんでも恐い先輩がいて、「とにかく新人を入れろ、入れないと殺す、入れても殺す」って言われてるんだって。
入れても殺されるなら、入れなくていいんじゃないの。と思いつつ、あまり必死に頼むし、可哀想になってきた。
それに、部室が屋上にあるというのが魅力的でした。部員は、こっそり屋上の合鍵を持ってるんだって。入部してしまえば、お昼ごはんを食べる場所に困らない! ということで、部室へ行ってみることにしたんだ。
そこで出会ったのが、最低の男でした。
放課後、私は屋上につながるドアの前で途方にくれてました。……鍵がかかっていて屋上に出られない。風子の迎えもあるし、帰ろうかどうしようか一人で唸ってると、背後から、「邪魔なんだけど。どいてくれる?」だって。
一見して根暗そうな背の低い男子が無愛想な調子で放った一言に、すでにイラついていた私は、若干、キレ気味に応じて。……やっぱりキレコなのかも。
「はぁ? 何なのあんた。
いきなり、邪魔とかないでしょ。困ってる女子に手をさし伸ばそうという気はないわけ?」
と突っかかってみた。そしたら、そいつは、「ないよ」と一言。華麗にスルーして、ガチャガチャと鍵を回すと、さっさと屋上へ出て行ったのです。
予想外の対応に、私はもう見事に固まりました。そして気付きました。鍵を持っていたってことは、こいつも写真部の一員だと。
正直、やっぱり帰ろうかなと思ったけど、何はともあれ鍵だ。屋上の鍵さえ入手できれば、もう用はない。耐えるのだキレコ。
ということで、屋上に出ました。
広々とした空間。
左手に雲に巻かれた山並みが見え、右手には海、中央に寂れた街。屋上の右端に貯水槽があり、用途不明のアンテナ類、中央に倉庫のような小さな建物。そのドアが開いたままになっていた。これが部室に違いないと思って、そこへ入っていくと。
やっぱり居た。さっきの奴だ。
パイプ椅子に腰掛けて写真雑誌を見ている。私が入っていっても、雑誌から目を離さない。
声をかけると、そいつは、ああ、だか、おおだか応じて、こっちをチラリと見た。何も言わずに雑誌に目を戻すから、雑誌を奪い取って、「写真部に勧誘されたんですけど?」と言ってやった。そしたら、そいつ、
「知ってる。1年のキレコだろ」
だって。なんだ、こいつは。初対面で、いきなりキレコ呼ばわりとは。せめて裏で言え、裏で。いや、裏も嫌だけれども。
その最低な男は2年の浅田なんとかで、一応、先輩と判明。確かに私も無礼だったかもだけど、「先輩に対する態度が悪い」、「潰れたカラスみたいな目つきだな」、「二の腕より、頭に栄養を回したらどうだ」などと、言いたい放題。なので、こっちも好き放題言ってやりました。一種、爽快です。
互いに抉りあいをしているところにもう一人の先輩が来て、とりなすように入部届けを受けてくれました。勧誘してくれた同級生の男子と、もう一人同級生の女子が居て、全部で4人。私を入れて5人で、これで同好会落ちせずに済むって、浅田以外は喜んで歓迎してくれました。
風子の送迎のことも話したら、全然、問題ないって。みんな、好きな時に来て、好きな時に帰って行くんだって。
同級生の女子、小里奈緒ちゃんはカメラまで貸してくれました。「しばらく使ってみて、カメラのことが分かってきたら自分のカメラを買えばいいよ」だって。最初はキレコの噂にびびってる感じだったけど、ちょっと話したら、すぐに仲良くなれました。
写真部に入って良かった。浅田に出会ったこと以外は。
神様、口も目つきも悪いあんな奴は、地獄に叩き落としてやってください。……と思ったけど、自分も落とされそうなので、やっぱりいいです。
敬具