天使と悪魔
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天使薫。
彼女はある土地神を祀る神社の家に生まれた。
自らの体を依り代として神を憑依させる神懸りの儀式を「巫」と呼ぶ。巫女とはその儀式を行う女性の名称である。
彼女は生まれつき巫女の資質を持っていた。彼女は生まれた時から霊力が高く、修行を開始する以前から霊を視ることが出来た。だが、それは彼女に霊が寄ってくることを意味し、自然に霊に憑依を許してしまう。彼女の人生に一般人とは違う悩みや苦しみを痛感させた。
霊に襲われるのが日常茶飯事。周りに危険が及ぶから、他の子らと遊べない。友達を作ることが許されないと自分で戒める幼少期だった。
不浄を取り除く術――祓えを当然のように修得した。
彼女はまず霊と話す。怖がって出来なかったことも、祓えを修得してからは心に余裕が生まれた。話を聞くだけで霊が成仏することもよくある。
まれに、彼女に襲いかかり肉体を奪おうとするのもいるが、彼女の前に為すすべもなく祓われ消滅した。
そんなある日、彼女は神社の片隅で膝を抱えて座っている謎の女性の霊を見つける。そしていつものように話し掛けた。
「あなたどうしたの? どうしてここに来たの?」
※
「B」は悪魔である。名前はそれしかない。
ここから遠い異世界から次元の狭間を抜けてやって来た。異世界の主神が遊びで始めたランダムに勇者を召喚する――勇者ガチャ、それの微かに残った波動を道しるべにして、命からがらここ日本に到着した。
「B」はかなり弱っていた。肉体的にも精神的にも。力を失ったせいで、名前が頭文字だけになるほどに。
仕事を宣伝するためにサブリミナル効果を狙ってCMの途中に文字を割り込ませた。
“あなたの願い叶えます“
「B」がした宣伝はこれだけだった……。それも宣伝に使われた文字は異世界の古代文字であり、日本人に理解できるわけもなく…。
勿論契約はまだ取れていない。
「B」は途方に暮れていた。
仕事がこない。仕事がなければエネルギーが回復しない。力を取り戻せない。ひたすら無意味にさまよった。
街が欲望で溢れていのは間違いない。何が自分に足りないのか? 意味もなく街の上空を漂い、観察した。
人間なんてどこの世界もそう大した違いなんてないはず。なのに契約はまだ0件。
神から悪魔に堕ちて2,000年。その長い間、何もしていない事に気付いた。したことは必死な思いでここに逃げて来ただけ。
(そうだ、私は何も知らない…)
神として生まれてきた時に既にあった力に、最低限の知識があっただけで、神でいた時も悪魔にされてしまった時も何かした訳ではない。行動に移したことがないので学んだことも少なく、経験も少ない。
「B」は拝められるのをただ見ているだけの神だったのだ。
人間の本質的なところも深く知ろうとしなかった。
それがいざ動かなければならないときに、バックボーンとしての積み重ねた経験も知識もない。それは致命的だった。
「B」はそのことを今更ながら気付き、絶望し自己嫌悪する。
どこかの山に降り、「B」は座りこんだ。風に流されるように飛んできた場所は神社だった。
(ここはどういった場所なんでしょう?)
見渡せば、桜の木々に包まれた境内に、鳥居に狛犬、手水舎、注連縄が張られた御神木、古くもどっしり構えた社殿、初めて見る異文化に、神域に圧倒されていた。
冷や汗をかいている気持ちになった「B」は石畳の参道を鳥居にの方に向かって進みだす。
鳥居を抜けると少し楽になった。石段に腰掛け休憩する。
(……なんか疲れました)
本当はやらなければならないことは沢山あるはずなのに、気持ち疲れと何をすればいいのか分からない不安。身動きがとれなくなったことへの恐怖、モヤモヤする不安、意気込んでやって来たのに喪った自信からくる虚無感、そんな中時間だけが過ぎていく。
どうすればいい? 何をすればいい? 何を考えればいい? 何を調べればいい? 私に何が出来るの? 何も出来ない? 死ぬしかないの? 消えればいいの? 私は――。
「あなたどうしたの? どうしてここに来たの?」
不意に掛けられた言葉に我にかえる。話し掛けてきたのは幼い少女だった。歩く姿に先程の圧迫してくるような神々しい空気を纏い少女は歩いて来た。真横に座りこちらを向いていることに「B」は驚く。
「……あなた私のことが見えるのですか?」
声が届くか分からないが、恐る恐る尋ねながらも、「B」はそのことがとても疑問に思った。悪魔は精神でつくられた精霊体である。大抵の人間にはその目には映らない。今までも「B」の存在に気付く者はいなかったのだ。
「見えるわよ。知っててここに来たんじゃないの?」
「…いえ、私は知りません。どうしたらいいか、何も分からないのです」
その少女――薫は、いつもの幽霊とは違う感じに首を傾げながらも続きを促した。
「実は私は、
・・・
・・・・・・」
「…異世界?」
薫は訝しむ。悪魔と言われると、そうなのかなと思える。元は神様だったと言われると、悪い一神教もあるものだと思える。が、異世界となったら話は別だった。流石にひどくとんだ話に、はいそうですか、大変でしたねとは言えなかった。だが、目の前の自称悪魔は嘘をついているようには見えないし、呆けが酷いようにも思えなかった。異世界は分からないけど、宇宙人という認識にすればいいやと無理やり納得した。
「とりあえずいいかしら?」
「はい、なんでしょう?」
薫はまだ子供ゆえ営業に関して詳しくはない。だが子供でも分かることを口にする。
「契約したい人間がいたとして、どうやって連絡をとればいいの?」
「へ? 連絡…?」
「B」は目から鱗が落ちた気持ちだった。やり取りするにはまず出会う方法が必要だし、向こうの考えや思いをこちらに伝える手段が無い。
「電話なり、住所なり、あなたに会うための手段が必要だと思うわ。まあ、普通の人にはあなたの姿は見れないから待ち合わせしたとしても素通りでしょうけど」
「B」の姿は大人に見えても、長く生きていても、精神は子供のように思えた。薫は放っては置けないと思った。まるで捨てられた子猫を飼うような気持ちだった。私が飼わないと死んでしまう。
「ですが、電話って何ですか?」
「…そこからなのね…」
薫は兄弟がいなかったから今まで経験がなかったが、下の子から助けてとお願いされる感覚はこんな感じなのだろうと困りながらも少し嬉しく思う。助けたいと強く思った。
「私に憑依するといいわ。それならこの世界の一般常識も分かるかもしれないし、何よりあなたが消えることはないでしょ?」
「憑依とは――」
薫は直ぐ様行動に移した。「巫」をやれば手っ取り早く説明出来るし、助けられる。
彼女たちの周囲が光を作り始め、渦を巻きながら天へと昇っていく。「B」は渦に巻き込まれ上昇し、薫目掛けてゆっくり下降し吸い込まれていった。
薫に出会い「B」は助かった。彼女が「B」を知ったことで、存在が少し確立した。薫に憑依することで精神を維持しやすくなった。そしてこれから知識が増えていくことになる。
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