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1-6話 それは悪魔に近い生き物で


 ダメだ。

 あれはダメだ。

 だってあれは、痛いモノだ。

 笑って笑って追いかけてくるものだ。

 どこまでもどこまでもどこまでも。

 僕を追ってきて、追ってきて、腕を折るんだ。

 僕が悲鳴を上げて、のたうちまわるのを嗤って笑って。

 じわじわと近づいて僕の足を踏み潰して。

 腹を潰して、目を潰して、首を折って。

 あれ?

 なんで僕生きているんだろう?

 あれ?

 なんで僕生きてられるんだろう?

 ああ、そうか。

 わかった。

 僕は今からまたあれに嬲られるのか。

 そっか、だから僕は――――?



「目を覚ませオラァ!」

「すっっっっっっっぱぁぁぁぁぁぁぁ!!!!????」



 口の中に広がる刺激に痛みすら感じてのた打ち回る。

 何度も咽て喉の奥まで入り込んだ小指ほどの実、ボルボワの実を何とか吐き出そうとするも、どれだけ咳き込んでも口の中の違和感が取れず、それでも何とか話せるくらいまで回復した青年が必死に抗議の声を上げる。



「ちょっ、なにするんですか!?」

「あっ、おきたね、悪いけど走るよ」



 そう言うが早いか、青年の手を掴むとリカは駆け出していく。

 その速度は、かなり早い。

 掴まれた手は強い力で引っ張られ、周りの風景があっという間に後方へ流れていく。

 なんで走るんだろうと、手を引かれつつ考えていた青年は、後ろから響いた巨大な何かがぶつかり合うような音にようやく理解が追いついた。

 あの化け物の存在を。



「あ、あああああ、ごめんなさい!ごめんなさい!」

「うん、大丈夫っ!大丈夫だからっ!後ろを見ないで!足を回して!!」

「はい!はい!!!」



 リカが顔も向けずに、今まで聞いた事の無いほど早口にそう言って走り続ける。

 途切れもせず続く背後からの轟音に、どうしようもない焦燥感に駆られて必死に足を動かす。

 少しでもアイツから遠ざかるように、少しでも安全な所へと。

 リカは疾走しながら、青年に言い聞かせるように、安心させるように話掛ける。



「大丈夫、大丈夫。パズズ程度があの結界を破れるわけないから。パズズ程度が私たちに追いつけるわけないから。エリィのところまで辿り着けばあの程度の奴なんて―――」



 じゃあ、なんで逃げているのかなんて思ったのも束の間。

 

 耳元で発生したかと思うほど、大きな破裂音が森の中を木霊した。

 ヒッ、という悲鳴が口元から零れる。

 いつの間にか、青年を安心させるように言葉を途切れさせなかったリカが無言になった。

 疾駆している二人の足音以外、何も聞こえない。

 先ほどまで連続していた破壊音も、今はもう聞こえない。


 しばらくしても、後ろから追跡するような足音一つしない事実に、緊張していた青年も、もしかしたら結局結界を壊すことが出来なくて諦めたのだろうかとだんだん安心してきて。

 リカに対して何か声を掛けようと口を開いて。 






「くるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくる」



真後ろから発生した異音に総毛だった。

 

 風を感じて後ろを振り向けば、嗤うアイツが目と鼻の先に居て。

 弧を描くソイツの口から覗くのは血に濡れた赤い歯。

 振り絞られている鈍器のような腕が、ボッ、という音とともに消える。

 直後、暴風を感じた。



 不意に感じたのは、浮遊感。

 痛みはなく、なんだろうと思っていると目の前には怪物が腕を振り切った体勢で固まっている。

 自分を目掛けて振るわれたその腕は見当違いの方向へ伸びていて。

 アイツの懐には、いつの間にか、包帯だらけの彼女がいた。



「煩いな、お前」



 採取に使っていた小さなナイフが振るわれる。

 赤の双眼が切り潰される。

 そして、すっと、少なくとも青年にはそう見えるくらい優しく怪物の頭に触れると、まるで砲弾のように、怪物の頭が後方へ吹き飛ばされた。

 リカの倍以上ある怪物の体躯が宙へ浮かび、木々をなぎ倒していく。


 空中で怪物を吹っ飛ばしたリカは地面に着地して、呆然とする青年に視線も向けずに言う。



「逃げて、エリィを呼んできて」

「た、倒せて?」

「ない、だから早く」


 

 ボトボトと、どこに隠していたのかと思うほどのナイフを地面に落としながら、視線は一切怪物の方から外れない。

 そのうちから、二つを無造作に空中で掴み取り、青年に向かって親指を立てる。



「あの程度なら時間稼ぎ位できるし、このまままっすぐ向かえば家に着く筈だから、お願いね!出来るだけ急いで貰えれば嬉しいな!」



 瞬間、怪物が吹き飛んだ方向から爆音が発生する。

 怪物が残像すら残して急速に肉薄してきたと思った時には、既に怪物の腕が地面に振り下ろされていた。


 大地を砕く一撃。

 地が割れ、鉱石のような土の欠片が浮かび上がる。

 続けてもう一つの腕を振り下ろす。

 もう一度。

 もう一度。

 もう一度。

 連打して連打して連打して連打して。

 連打連打連打連打連打連打連打連打連打連打連打連打。


 飛び散る土に、赤黒い液体。

 もはや原型を留めない地面を怪物は嗤いながら破壊し続ける。

 しかし、突如怪物は動きを止める。

 振り下ろしていた場所を不思議そうに眺める怪物が、自分の血まみれになった拳に気が付いて動きを止める。



「ほんと度し難い無能。散らばっている刃物に気が付かない事も、腕の痛みに気が付かないことも、私が避けていることに気が付かない事も」



 怪物の背後から掛けられた声に、飛び跳ねるように反応したソイツが首を百八十度回転させて、そのままの勢いで振り被りさまに剛腕を振るう。

 が、それが振り下ろされる前に幾重もの斬撃が怪物を切り裂いた。


 銀の閃光が迸る。

 赤黒い体液が、怪物の全身から噴き出して青年の視界を覆い尽くす。

 力無く振り下ろされた怪物の腕は、もはや大地すら穿つことはない。

 回転するように怪物を切りつけたリカはどんな足さばきをしているのか円を描くように怪物の背後に回り込み、手にした二つのナイフを怪物の背に突き立てると、ナイフを残してクルリと空中で一回転して青年の隣へ降り立つ。



「固い…、落とすつもりだったのに浅くしか入らなかった」

「す、すご…」

「――大丈夫?立てないの?」

「あ――?う、動かない」



 震え続ける足はまともに動かない。

 がたがたと、意志に関係なく震える手は握ることすらままならない。

 歯をがちがちと打ち鳴らす自分にようやく気が付いて、何とかいうことを聞かせようと全身に力を込める。

 それでも、体は全く動いてくれなかった。



「うごけっ、動けよっ!?なんでっ!?」

「…ううん、正常な反応だよ。あんな化け物、怖くて当然。それも一度殺されかけてるなら、なおさらだよ。」



 ついっと、視線を怪物へ戻したリカは眉をひそめる。



「腱は切った、普通ならこれで終わってもいいくらいなんだけど―――どうやらそうはいかないみたい」

「―――っ!?」



 ぐちゅり、そう聞こえたような気がした。

 怪物の裂かれたあらゆる部分が独りでに動き出す。

 断面の肉から肉が生まれ、盛り上がった筋が糸同士の絡み合いのように接合されていく。

 粘着性をもったそれらが、糸を引いて再生していくのをただ唖然と見つめるしかない。

 より巨大に、より強靭に。

 怪物の体が蠢き、形作っていく。


 理解する。

 ようやく、理解する。

 あれは、どうしようもない程化け物だ。

 あんなものまともな生き物でない、あんなものと対面していいわけがない。

 あんなものに、勝つことなど出来る訳がない。

 

 にちゃりと、嗤いを浮かべたその化け物は二人を虐殺するべく動き出した。







 


 

 パズズという魔物がいる。

 体躯は二メートルから三メートルで、形は人型。

 全身を覆う羽毛は刃のように鋭く、隆起した筋肉は丸太のように太く鋼鉄のように固い。

 頭部は鳥類のような形をしており、もっと言えば梟のような顔をしている。

 生息しているのは森が主な場所だが、場合によっては岩場や水辺にも出没する、いわゆるどこにでも生息する魔物の一種だ。

 主食は特にない。

 雑食で、草木や木の実、虫や肉、何でも食べる。



―――――――そして、その性格は、酷く残忍だ。


 

 食べる訳でないのに生き物を殺し。

 殺すのも、存分にいたぶって玩具の様にそれらを破壊する。

 悲鳴が好きだ、苦痛に歪む顔が好きだ、動かなくなっていく様を見るのが好きだ。

 無邪気な子供のように良く笑い、悪魔の様に力を振るう。

 そういう存在なのだ、彼らは。


 だから、ある種の象徴として語られることも多く。

 魔物としての知名度もそこそこに高い。

 その特徴も、戦い方も、残虐性も、身体能力も、多くの人たちに知られていて、当然のようにリカも完全に把握していた。

 だが、



(なんだこいつは、なんでこいつはこうも情報と違う)



 パズズの剛腕を、風圧にすら巻き込まれないように余裕をもって回避しながら、潰したはずの赤い双眸を一瞥する。

 拳の一撃、足による蹴り上げ、真っ赤な牙による噛み付き。

 そのどれもが驚異的な威力を誇り、一つでもまともに当たれば生命にかかわる事態になることは想像に難しくない。

 だが、そんなものはどうとでもなる。

 

 問題なのは、その再生力だ。

 新たに取り出したナイフでコツコツとパズズの柔らかい部分を抉り取っているのに、そのどれもが瞬く間に再生していく。

 さらに悪いのはその再生がだんだんと早くなってきていることだ。

 最初は、一時的に動きを止めれるくらいまで効果があったのに、今では腕の半分を抉ってもそのまま戦闘を継続するほどの高速再生を行っている。


 まずいと思う。

 深刻な問題だ。

 終わらないというのは、今の自分にとって最悪な状況なのだ。

 一方的に倒すことならいくらでも出来る。

 しかし、それは十分な休息を挟んで戦う場合だ。

 継続的な戦闘を永遠に行うことなど出来ない、それもこの怪物を圧倒する程の動きとなると、それを行えるのは数えるほどになってしまう。

 即座に持久戦の構えに移ったが、これもいつまで持つのか。

 コイツの再生は回数制限か、それとも再生の核があるのか、若しくは本体でないとか。

 様々な可能性を考えるが、どれも検討するだけの価値が出てしまう。

 普段の生活の中でゆっくりと考えるならまだしも、今この一撃貰うだけで敗北する状況では、検証することなど至難の業だ。



「ほんとに勘弁して…」

「くらくらくらくるるるるるるっ!!!」



 苛立ちを隠そうともしないパズズの大振りに、軽く手持ちのナイフを添えて骨と肉を分断させるが、それもあっという間に接合されることで無為に終わる。

 これは無駄だな。

 そう思って、伸縮式のナイフ限界まで引き伸ばし槍の様に変化させパズズの太ももに突き刺し、地面に縫い留めて距離を取った。

 幸いなことに、縫い留めたことで再生力が仇になったのか槍と太ももが見事に接着して離れる様子はない。

 腕を振り回して怒り狂うパズズの底知れない体力に溜息を吐きつつ息を整える。


 ちらりと震える青年の方へ目を向ければ、当初よりは大分収まったもののいまだにカチカチと震え身動きがとれない状態なのが目に入る。

 仕方がない、それはそうだ、でもそろそろ本当に余裕無いんだけどな、なんて考えながら残りの武器の残量を考える。

 ただの軽量ナイフが18本。

 特殊な加工をしたものが5本。

 さらに奥の手として作ったものが2本。

 つまり、砕かれたのは40本を超えるのかと考えて、下準備が出来てきていることも念頭に入れた。


 大丈夫、決め手はまだある。

―――ただし、それらを本当に有効活用をしなければ、ジリ貧になった上、体力勝負で押し切られてしまう。

 そうなれば残る道は一つ、青年諸共死ぬのみだ。



「まだ動けないよねぇ…、うう、ボルボワの実投げ捨てないで持ってくれば良かった…」

「ごめんっ、本当にごめんなさいっ…」

「まあ、大丈夫だよ。―――そろそろ、賭けに出るけどね」



 自分の足ごとナイフを殴り潰すことで自由になったパズズは、その再生力で転倒もすることなくこちらに飛び掛かってくる。

 もともと赤かった目が沸騰したように淀み怒りに満ちているのを見て少し安心した。

 こちらには動けない青年が居るのだ、自分を見ていてもらわないと困ってしまう。


 そう思いながら、一つのナイフを掴み取る。

 特殊加工、伸縮式切断特化のナイフだ。

 刻印により、切断属性を付与したもの。

 つまり、ただの良く切れる剣である、耐久性はお察しであるが。


 肉薄するパズズがこちらに辿り着く前に五つのナイフを宙に放り投げた。

 直後に振るわれた腕を紙一重で潜り抜け、手に持った刃で股座から頭部目掛けて振り上げる。

 音もなく、抵抗すらなく、半分に裂かれた怪物の体躯だが、それも即座に再生を開始する。

 子供が入れるくらいに裂けた右半身と左半身を、いくつもの筋となって繋ぐ肉と体液。

 あまりの光景に吐き気を催すが、リカは何の反応も示さないまま振り切った瞬間に砕け散った刃をそのまま放り捨て、空中で回転するナイフのうち二つを掴み取り怪物の体躯を繋いでいた筋を切り裂く。


 

「その再生の要因、見せて貰う」


 

 そう言って、手に持っていたナイフを縫い針の様に、怪物の体が結合されないように繋ぎ留める。

 事前に放り投げていたものを全てと足りなかった分を追加で取り出し、即席の標本を作り上げると、片手に持ったナイフで内臓の解体を始めた。

 息を飲むような音が後ろから聞こえたが、無視する。

 なりふり構ってる余裕はないのだ。

 返り血を浴びるのも気にせず、淡々と作業をこなす。

 出来る限り迅速に、出来る限り内臓の機能を破壊しつつ、それでいて慎重に器官の一つ一つを見定める。

 変質したものはないか、本来無いものはないか、もしくは足りないものはないか。

 それらすべての可能性を虱潰しにするため、最初で最後のこの好機をものにするために、リカは全力で思考を回転させる。

 そして―――



「―――っ!!」



 分断されているにもかかわらず、両腕で握り潰そうと襲いかかってきたパズズから素早く距離を取った。

 鼻先を掠めたパズズの一撃の危険性を、噴き出した自身の血液を拭いつつ再認識する。

 この戦闘が始まって初めての負傷、なおかつ武器の大半を失う形で作り出した好機も、予想外の生命力によって中途半端に終わった。

 状況はさらに悪化したことは間違いない。

既に半分になっていたパズズの体は先ほどよりも巨大になって復元している。


―――だが、それでも、一歩前に進んだ。



「…見つけた」



 リカの目に不気味な光が灯る。

 内臓を掻き分け進んだ先に、黒い器官があった。

 脈動するそれは胸の中心、その中央に鎮座していたのを確かにこの目で確認した。

 あれが再生の、この特殊個体の核だ。

 

 一度断ち切ったためか、鎧のような筋繊維が胸部を中心に隆起しているのが分かる。

 あれを貫いて、さらには正体不明の核を潰すのはそれ相応の威力が必要となるだろう。

 威力が出せるものが手持ちにあるにはあるが、それをまともに、寸分違わず的中させるのは過程が必要である。

 木偶の坊ではない、暴れまわるアイツを拘束した上で必殺を叩き込まなければならないと考えて、瞬時に判断する。

 ちらりと地面に目を向けて、散らばったナイフの欠片を確認した。



「…ほとほと、呆れるくらいの生命力。でも、もう疲れた」



 懐から、一つの歪なナイフを取り出す。

 幾重にも弧を描き、銛のように鋭い先端を持つ異様なそのナイフは、リカが手に取ったことで形を変える。

 伸縮式の様に長く長く長く、リカの背丈を大きく超える程長大に伸縮するとそこでようやく変形を止めた。

 リカは変形を終えたそれを、パズズへと突きつける。

 それを見て初めて、パズズが動きを止めた。

 じっと見定めるように、その変形した武器を見つめる。

 直感的に感じたのだ、あれは危険だと。


 そのナイフ、いいやその槍は槍としても酷く歪だ。

 所狭しと刻印が刻まれているそれは、捻じれ、うねり、牙のような刃が無数に突き出している。

 属性は、不壊と加速。

 銘は冥狗という。

 そして―――



「終わらせよう、木偶の坊」



 その一言で、パズズは咆哮を上げてリカに飛び掛かりに行く。

 何としてもあれを放たせてはいけないと、その前に潰してしまおうと、リカとの距離を必死に詰める。

 そして、リカもパズズとの距離を詰めるため駆け出した。

 どちらも全力で、どちらも先に相手に己の信頼する武器を叩き付けるために、加速して。

 ほぼ同時に武器を振り上げて、そのままの勢いで叩き付けた。


 先に振り下ろされたのはパズズの拳だった。

 大地が大きく陥没するほどの威力で振り下ろされたその拳は、目標通りリカが辿り着くであろう地点を叩き潰した。

 だが、パズズは嗤えない。

 あの時と同様に、そこには何もいないのだから。

 パズズの視界から消えたリカを探すため、周囲の確認をするが、居るのは腰を抜かしてこちらを見る男一人で、あのチビの姿はどこにもない。


 リカは―――自分を探す化け物の姿を空中から補足していた。

 衝突する直前に槍の柄を地面に突き立て、後方の宙へと飛び上がったリカは、体を限界まで引き絞る。

 ピキピキッと、引き絞った腕から聞こえてくる。

 限界まで振り絞り、渾身の一撃を下すため、完全なる準備時間を作り上げた。

 終わりだ、そう思う。

 もう、下準備は終わった。


 ようやく自身の姿を見つけたパズズが咆哮を上げて、空中で身動きが取れないリカを叩き落とそうと足に力を入れた瞬間。

 

 耕された地面から、巨大な無数の刃が現れ、あらゆる方向からパズズを串刺しにした。

 足を貫かれ、頭を縫い付けられ、腕を落とされた。

 これは、あらかじめリカが仕込んでいた下準備。

 砕かれた武器の数々を土とよく混ぜ合わせて、錬成して、刃とした。

 もはや、この場の大地は、それ事態がリカの武器となっている。

 パズズはもう動けない、腕で防ぐことすら出来はしない。




 その槍は酷く歪だ。

 所狭しと刻印が刻まれているそれは、捻じれ、うねり、牙のような刃が無数に突き出している。

 属性は、不壊と加速。

 銘は冥狗という。

 そして―――冥狗の真価は投槍にある。




 リカから放たれたその槍は当初こそ目で追えた。

 だが次の瞬間にはその姿が消える。

 属性は加速。

 限界まで属性を高めたこの槍は、一メートル進む度に元の速度の倍になる。

 リカに大きく距離を取られたパズズのもとへ槍が辿り着くまでに、槍の速度は音を超え――そして、それは寸分違わずパズズの核に辿り着いた。


 爆音と暴風の旋回。

感覚を混乱させるほどの暴威が炸裂して、槍が放たれた方向の景色が一変する。

 槍が通過した後に残ったのは砕け散った刃の残骸とパズズの僅かに残った足だけ、さらに破壊の跡はそれだけでなく、パズズの背後にあった木々も化物が抉られた形そのままに切り取られ、それは少なくとも目に見える範囲で留まることはなかった。

 怪物の残骸から遅れて噴き出した血も足からは大した量も出ることなく、すぐに滴るくらいに収まった。


 音を置き去りにして、パズズの上半身全てを吹き飛ばした槍はリカが握り拳を作ると遠くで自壊する。

 あれだけ煩かった戦闘音はもうなく、ただ静寂だけが辺りを包んだ。

 軽やかに着地したリカは、動かないパズズの残骸を見て肩を落とす。

 もう、五年分くらい働いた気分だった。



「す、…ごい、すごい、凄い、凄い!!!!倒しちゃったんですか、アレを!!?」

「うん…、そうだね、なんとかなったよ…」



 興奮したように喜ぶ青年への返答が適当なものになる。

 それくらい今は疲れていた。

 その場に座り込みそうになったリカは、ぎりぎりで、残った残骸も処理してしまおうと思い直しふらふらと歩を進める。

 今は再生する様子を見せないが、何かの拍子に治り始めたら面倒だった。

 体感的に、治るごとに強くなっていく印象があったから、もしこれでまた治ったら、少なくとも自分では倒せないのではないかと頭を過ったからだ。


 残骸へ歩を進めながら、青年に目を向ければ震えがようやく収まり始めたのか、立とうと挑戦を繰り返している。

 だが、まだまともに動かないのだろう何度も転げまわりながらも興奮冷めやらぬといった顔の青年に、思わず笑みを零してしまう。

 もう少し待っててもらおう。

 残骸をしっかりと処理したら、肩を貸して、とっとと家まで帰ろう。

 エリィには悪いけれど、すぐに睡眠をとって体を休めなければと考えて、最後のひと踏ん張りだと足に力を込める。


 ようやく残骸までたどり着くと、そこには槍が発揮した威力がありありと残されていた。

 あの生命力であったから、動き出すことも警戒していたものの、近くで肉片を見ても肉が独りでに動くことは無い。

 完全に倒したことに、ほっと息を吐いて。

 簡単な火の魔法で焼き尽くしてしまおうと、呪文を唱えるために肉片に手を伸ばした時に、視界の端で何かが動いた気がした。


 あの人動けたのかな、と思ったのも束の間。

 

 全身に激痛が走り、身動きが取れなくなる。

 あれ、なんて思わず口を吐いて出た言葉は口から零れだした大量の血液に邪魔をされ、敢え無く立ち消える。

 体を見下ろしてみれば、パズズの体から流れ落ちていた黒い血液が触手となって自身の体の至る所を突き刺していた。


 後ろから、青年の悲鳴が聞こえてきた。

 自分の名を呼ぶ叫びが聞こえてくる。

 うるさいなぁ、なんて思った時、身動きの取れない体を貫いたままの触手が宙へ持ち上げてくる。

 ぶちぶちっと、体の至る所から何かが切れる音が聞こえてきて。

 もう首を動かす力も無く、垂れ下がった視界から見えるパズズの残骸に、黒い触手が集まっていくのが見えた。

 

 パズズの形が作られていく。

 ああ、とリカは思う。

 あれは、パズズなんかではなかったのかと思った。

 黒い鎧に包まれたようなその化け物をぼんやりと眺め、触手に放り投げられるまま手足の感覚もなく宙を舞う。



「―――えりぃ、ごめん」



 直後に、激しい衝撃を感じて。

 もう感覚もないまま、地面に叩き付けられた。


パズズ

凶暴が代名詞の人型の魔物。

設定されている危険度は8、体長は2から3メートル程であり刃のような羽毛と怪力が武器の危険生物。 

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