侯爵の思い出
遅くなりました。6話目になります。
毎日投稿とかしている方はいつ寝ているのだろうと思う今日この頃。よろしくお願いします。
●リーズベルト王国 ケスラー侯爵領 ウズベル
侯爵領の街、ウズベルの外壁の外では、怒号と喚声が鳴り響いていた。
「隊列を崩すな!!突出すれば囲まれるぞ!」
「怯むな!敵は数が多いだけの獣共だ!狩りの腕前を見せてやれ!」
「負傷した者はさっさと退がれ!邪魔だ!」
「倒したと思っても油断はするな!魔法を使ってくるものもいるぞ!」
「くそっ!誰か来てくれ!同僚が足をやられた!」
「数が多い!しかも妙に連携が上手いぞ!こいつら!」
「衛生兵!負傷者はこっちだ!撤退を援護する!」
「連携ならこちらも負けん!合わせるぞ!」
「俺達の故郷を襲ったこと、後悔させてやる!」
「おい、誰か武器を貸してくれ!穂先が折れた!」
「畜生!刃が畜血塗れで斬れ味が!?研ぎに出したばっかりなのに!」
「ひゃっはー!高値な魔獣の素材だらけだぜ!お前ら!狩り尽くせ!」
「「「へいっ!リーダー!!」」」
「弱い!弱すぎるぞっ!魔獣共!もっと気合い入れてかかってこいやーっ!」
「隊長荒れてんなぁ。」
「なんでも昨日副隊長と呑んでる時に延々と惚気話を聞かされたそうです。」
「あぁ、なるほど。副隊長は隊長が彼女のことをずっと昔から好きだったことを知らないもんなぁ。」
「まぁ、隊長も長いこと副隊長とあの娘が恋人同士だって気付かなかったですからね。事実を知った時の隊長の顔は今でも古参メンバーの酒の肴になってますし。」
「大丈夫ですよ、隊長ー!きっといい出会いがありますってー!」
「うるせぇぇぇっ!というかお前らも喋ってねぇで戦えっ!!」
貴族たちが部下を鼓舞し、兵士達が奮戦する。雇われた傭兵達も各々自由に、時に連携しながら戦っていた。
「「「逆巻く風よ!彼の地の澱みを払え!」」」
「「「渦巻く水よ!彼の地の澱みを押し流せ!」」」「「「【逆巻く強風】!!」」」
「「「【渦巻く水流】!!」」」
『『『ガアァァァァ!!!?」
魔法兵達が合同で魔法を放つ。魔獣の群れの中心部へと飛んで行き、炸裂した魔法が魔獣達を吹き飛ばす。群れの先頭にいた魔獣達は後ろで起こった事態に動揺し、次々と討たれていく。
「よし今だ!包囲を縮ろ!一気に数を減らすぞ!」
戦線の総指揮を採っているグリント伯爵が両翼の兵に伝令を走らせ、攻勢を強めていく。
押し寄せた魔獣の群れは着実にその数を減らしていったーー。
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●ケスラー侯爵領 ウズベル 外壁内
「どうやらデニス殿はかなり張り切っているようですね。」
「そのようだ。かなり鬱憤が溜まっていたようだしな。貴殿もそうであろう?」
「ええ、連中に対する憤りはデニス殿にも劣らぬつもりです。それは各領地から避難して来た兵や民も同じでしょう。」
ウズベルの街外壁の内側、現在指令所として使われている一室でケスラー侯爵とオスカー子爵が話をしていた。
「しかし、このままでは終わらぬだろうな。」
「そうですね。【魔の森】から出てきた魔獣の数は今この街を襲っている数の十倍はいたはずです。」
「それに報告にあった魔人共の姿も見えん。」
「王都方面に出した斥候からの報告は?」
「はっ!現在は特に問題の報告はありません!」
オスカー子爵の問いに待機していた兵士が答える。
「ふむ。こちらを迂回して王都へ向かっている訳ではないのかな?」
「あるいは北や南の領地を滅ぼした後、他国へ向かったのかもしれませんね。」
「国境からは連絡が来ていないな。…おそらくはまだ戦っている者たちがいるのだろう。」
各地に斥候兵を放ってはいるが、東側の貴族領がほぼ滅ぼされ各地に魔獣が溢れているせいで、情報が入ってこない。現時点で魔獣に荒らされていないのは王都周辺と王都より西側の土地だけだった。
「伝令っ!およそ1時間程の距離に魔獣の群れを確認!魔人の姿も確認されました!」
「っ!来たか…!数は確認できたか?」
「はっ!…申し訳ありません。正確な数は不明であります。およそこちらに襲撃してきた群れと同規模と思われます。」
「構わぬ。魔獣共は大きさも姿形もバラバラだからな。数えるのも一苦労だろう。…グリント伯爵には?」
「すでに伝えてあります。」
ケスラー侯爵はその後も幾つか確認すると、兵士を労い下がらせる。
「さて、後1時間程の距離ということだが魔獣共の足ならもう少し早いだろうな。」
「今戦場に雪崩れ込まれると戦線が崩壊しかねません。…私が出れば時間を稼ぐ事が出来ますが。」
「いや、貴殿の軍は後詰に必要だ。王都側に抜けられた際に後背を突く役目もある。」
「しかし、今の戦闘があと1時間以内に終わるとは思えません。」
オスカー子爵の言葉にケスラー侯爵が答えようとした時、部屋の扉がいささか乱暴に開かれる。
「ベルノルト殿!エッケハルト殿!報告を聞いた!私の力が必要ではないだろうか?!」
ディートハルト・リーンがそう声をあげながら部屋に入ってきた。
「勘がいいな、ディートハルト。ちょうど貴殿を呼ぼうと思っていたところだ。」
ケスラー侯爵が苦笑しながら迎え、オスカー子爵が視線でどういうことかと問う。
「ディートハルト、状況は理解しているな?敵の数はおよそ3000体を超えるの魔獣の群れ。魔人も確認されている。…騎士団のみでどこまでやれる?」
「!!」
「うむ…魔獣共を殲滅する事は難しい。単純に人数が足りませんぞ。だが追い散らすのならば余裕ですな!」
「!!!、お二人とも本気ですか?」
「エッケハルト殿、何も心配は要らんぞ?貴兄も知っている様に我々騎士団はこの国最強の存在。何よりこの私がいるのだ。たかだか数千体の魔族等吹き飛ばすことは造作もない。」
オスカー子爵は騎士団のみで数倍の敵に当たらせるという話に驚愕するが、当の本人であるディートハルトはどこ吹く風だ。
「では、出撃する!ベルノルト殿、エッケハルト殿!また後ほど会おう!武運を祈っていてくれ!」
「うむ。正門は封鎖されておるから裏門から出るといい。デニス殿にはこちらから伝えておく。…ディートハルト!最強の証明を!」
「うむ!最強の証明を!」
そしてディートハルトは出撃の為に退出する。それをオスカー子爵は今だ驚愕から回復しないままに見送った。
「心配はいらぬ。」
「ですが…。」
「エッケハルト殿。貴殿はディートハルトが戦うところを見たことがないのかな?」
「え、えぇ。訓練などは見学したことがありますが…。彼と知り合った時、私はすでに当主を継いでいたので遠征などの話を聞くだけでした。閣下は見たことが?」
「うむ。彼が騎士団に入る前は我が侯爵家に仕えていたのだ。」
「なんと。ディートハルト殿が元々は何処かの貴族に仕えていた、とは聞いたことがありましたが…。」
「ふむ、貴殿の不安を取り除く為にも少し昔の話をしようか…。」
そう言ってケスラー侯爵は状況が動くまでの間、ディートハルトとの出会いを語り始めるーー。
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●ベルノルト・ケスラー侯爵の回想
当時15歳になった私は、父がつけた数人の護衛を連れ、武者修行と称して【魔の森】監視用の砦を巡りながら魔獣狩りを行なっていた。
当時の私は同年代の貴族の子弟の中では最強と言っていい実力を持っており、将来は侯爵家を継ぐよりも国内最強の証である王国騎士団団長になりたがっていた。私に騎士団団長は務まらないと言う父を認めさせるだけの結果を出してやろうと意気込んでいたのだ。…まぁ、若気の至りだな。
そんな折、立ち寄っていた砦に魔獣の暴走発生の報せが来た。規模は小規模のようだったが、半数程が砦をすり抜け私が立ち寄っている貴族領内に入り込んだという。
「!!…行くぞ!魔獣を追う!」
「若!?なりませぬ!」
「若君、ここは他の貴族様の領内です!勝手に動いては侯爵閣下にご迷惑がかかりますぞ!」
「俺が魔獣狩りに来ている事はここの貴族も知っているだろう!これも魔獣狩りの一環だ!何より今まさに襲われている民がいるかもしれんのだ!他領の民だからと見捨てる事など出来はしない!俺は行くぞ!ついて来れる者だけついて来い!」
「若…その志!感服いたしました!私はついて行きます!」
「うむ、侯爵閣下も若君のご成長を喜ばれるでしょう!私もお供致します!」
こうして私は護衛全員を引き連れて魔獣の群れを追ったのだ。
幾ら少数かつ緊急時とはいえ、他領の貴族が武装した兵を連れて領内を走り回るなど非常識極まる行為だ。後に父から激しく怒られた。せめて護衛から使者を立てていれば、多少父の怒りも緩和されたのだろうが、この時の私はそこまで気が回らなかったのだ。私の心を占めていたのは助けを待つ民のこともあったが、この事態を解決すれば父も私の力を認めてくれるだろう、という思いだった。愚かであった。
…今にして思えば護衛の彼らも修行が足りぬな。こんな愚かな子供の言葉に扇動されるなど。
私たちは魔獣の痕跡を追い、いくつかの村に辿り着いた。辿り着いた村々からは既に魔獣が立ち去っており、残っていたのは数体の魔獣の死骸と、食い荒らされた家畜、壊された建物と大量の人間の死体だった。
「ここも間に合わなかったか…。」
「これで3つ目だ…。どうやらかなり足の速い魔獣のようだ。」
「若…行きましょう。今度こそ追いつけるはずです。」
「……あぁ。…すまない、後で必ず供養する。…行くぞ!」
この時の私は魔獣への怒りの感情もあったが、それ以上に現実の無情さに打ちのめされていた。まだ子供とはいえ、高位貴族の次期当主。綺麗なものだけを見てきた訳ではないし、人の死体を見たことも一度や二度ではない。だが、この時見たものはこれまで見てきたものとはまるで違っていた。私が想像していたものとはまるで違っていたのだ。
私は愚かにも人々の危機に颯爽と駆けつけ魔獣を駆逐していく己を夢想していた。だが現実は、ただひたすらに己の無力さを突きつけられるだけだった。
そうして魔獣を追う道で、私の心の中からは己の力を示す、父に認めさせるといった思いが消えていき、これ以上あの様な惨劇を繰り返させてはならないという思いだけが育っていった。ようやく少し大人になったということだ。
だか、もうすぐ次の村が見えてくるといったところで、前方から漂ってくる大量の血の匂いに気がついた。
この時点で私の心は限界に近かった。この先を確認したくないと、この先に広がっているであろう光景を見たくないと心が悲鳴をあげていた。護衛の者たちも表情が暗い。自然と馬の手綱を緩めノロノロと進んでいく。
そうして村を視界に収めて違和感を覚えた。
村の建物が一つも壊されたように見えなかった。それどころか村の内部に人の姿も見えた。
魔獣の痕跡を追っていたつもりだったが何処かで道を間違えたのか?だが先程感じた血の匂いは?
頭の中が疑問符で埋まり、血の匂いを辿って視線を向け気づいた。
村の入り口、そこから数十歩ほど離れた場所が赤黒く染まっており、何かが大量に積み重なっていた。そしてその側に小さな人影が一つ。
護衛の制止の声にも気付かず、私はその場所に向けて駆け出していた。
近づいてはっきり分かった。積み重なっていたものは全て魔獣の死骸。およそ50体分はありそうだった。おそらく領内に侵入した魔獣はこれで全て。残っていたとしても1、2体だろう。それならば村の住人でも対処できる。
そして側にあった小さな人影は、全身を赤黒く染めたおよそ10歳程の少年だった。
「にいちゃん、誰だ?」
「俺か?俺は…、いやそれよりも!これはどういうことだ!?誰がやった!?」
「これって?」
「この魔獣共だ!誰が倒した!?というかお前全身血塗れじゃないか!怪我をしているのか!?」
「にいちゃん、落ち着けって。これを倒したのは俺で、この血は全部魔獣の。俺に怪我はないよ。」
「………はぁ!?お前が?これを?一人で?」
未だ驚きはあったが、自分よりも年下の少年が落ち着いているのを見て多少冷静さを取り戻した。
この子供、確かに疲れてはいるようだが痛みを堪えている素ぶりは見せない。怪我はない、というのは本当なのだろう。ということは全身の血は魔獣のものなのだろうが、だからといってこんな子供が…?
全盛期ならばやれる自信があるが、当時の私には50体もの魔獣を1人で相手にするのは厳しい。村を守りながらという条件が付けば不可能だった。
だからだろう。事態が収束したことで心に余裕が生まれていた私には、己には不可能な事をやってみせたと言う少年に、反発する心が湧き上がっていたのだ。
「武器は?何を使った?剣か?槍か?」
「剣とか槍がこんな所にあるわけないじゃん。普通にクワとか鎌だよ。途中でダメになっちゃったから素手だけど。」
「ほう、素手か?」
所詮は子供。素手で魔獣を倒すなど訓練を積んだ兵士でも難しい。出来るとしたら騎士団の人間ぐらいだ。
事態は収まった。色々な調査はこの地の領軍に任せればいい。まずは調子に乗っている、おそらくは付近の村の悪ガキであろうこの少年に、現実を教えてやろうとした。…無力感からくる苛立ちを誰かにぶつけたかった。
「お前、貴族に嘘を吐いてはいけないと知らないのか?」
「嘘なんて吐いてねぇよ!ていうか、にいちゃん貴族なのかよ!?」
「あぁ、そうだ。まぁ、今は俺のことはいい。それよりもお前だ。本当にコレをお前がやったというならばその力を示してみろ。」
「……どうやって?」
「俺に一撃を与えてみせろ。もちろん、俺も本気で迎え撃つ。コレを一人でやったのなら出来るだろう?」
「えぇ…。俺疲れてるんだけど…。ていうか貴族様を殴っていいのかよ?」
「構わん。殴れるならな。ちなみに俺は同年代の貴族子弟の中で負け無しだ。」
「にいちゃん、大人気ねぇなぁ…。わかったよ!ちょっぴり本気で行くからな!」
「若!何を遊んでいるのです!?その子供は!?」
「若君!遊んでいる暇はないですよ!?この魔獣は一体…!?」
「まぁ、待て。若君には少し憂さ晴らしが必要だろう。あの少年には悪いが…。」
そうこうしていると護衛達が追いついてきた。落ち込んでいた私を気遣ってか好きにさせてくれていた。護衛達も私の実力を知っていたからな。私が村の子供をからかって憂さ晴らしをしていると思っていたようだ。
「行くぞ!にいちゃん!」
「来い!」
言ったと同時、少年が視界から消え私は背後からの衝撃を受け吹き飛んだ。薄れゆく意識の中で『やべぇ!?やり過ぎた!?』という声を聞いた気がした。
目を覚ました私が見たのは、私を介抱しながら少年に剣を向け警戒する護衛の姿だった。
目覚めた私を見て安堵の表情を浮かべる護衛と少年。私は護衛達に剣を収めるように言い、少年に問うた。
「何をした?」
「え?」
「先ほどのだ。突然視界から消えただろう?そういう魔法か?」
「いや、本気で走って背後に回って殴っただけなんだけど…。」
私は驚きに目を張り、護衛達に視線を向ける。渋々剣を収めていた護衛達は、私の視線にある者は首を横に振り、ある者は頷いた。
頷いた護衛に問うと、僅かに見えたと答えた。
「大いなる地よ!難敵を防ぐ堅牢なる盾を!」
「【大いなる岩壁】!」
私は徐ろに魔法を唱え、岩で出来た壁を出現させた。壁の大きさは大人一人分ほど。壁というよりは巨大な盾だな。
知っての通り込める魔力で大きさと硬度を変えられる。大きくすればするほど硬度が下がるのでな。この大きさが当時の私の限界硬度だった。
「殴れ。」
「えぇ…。一応聞くけど何を?」
「もちろんその壁だ。言っておくが相当硬いぞ。本気で殴れ。」
「これ殴ったら帰っていいか?」
「殴れ。」
「わかったよ…。にいちゃんはアレだな。おーぼーだな。」
「早くしろ。」
そして少年は気合いの声をあげて壁を殴る。ドゴンッと大きな音が響く。壁は殴った箇所が貫通し、全体にヒビが入りボロボロと崩れ去った。
護衛達は驚愕に目を見開き、声を失っていた。
私は笑った。大いに笑った。世界の広さを笑い、己の小ささを嘲笑ったのだ。この時初めて、私は天才を知った。
私はこれまで自分は天才なのだと思っていた。同年代で私に敵う者はいなかったし、精強で知られる父の領軍の訓練にもついていけた。最強に至るまでに足りないのは経験だけだと思っていた。
だが違った。私は天才ではなかった。私に才能が無かった訳ではないだろう。だがそれは人の範疇の才能だった。
天才とは。天から与えられた才能とは。天に認められた才能とは。人の常識など軽々と飛び越えていくものなのだと知ったのだ。
「お前。名前は?」
「…色々やらせておいて今更それぇ?」
「すまん。少し…いや、かなり苛立っていたのだ。お前を嘘つき呼ばわりしたこともだ。すまなかった。」
私が頭を下げると少年もそうだが護衛達が慌てていたな。当時の私はそこそこ傲慢だったからな。
「いや、別にいいよ!?ちょっとムカついたけど思いっきり殴ってスッキリしたし。」
「そういえばお前に殴られたんだったな。…貴族を殴るとはどうしてくようか…?」
「えぇ!?にいちゃんが構わないって言ったんじゃん!それに思いっきり殴ったのは壁のことだよ!」
「冗談だ。…まずは俺から名乗ろう。ケスラー侯爵家次期当主ベルノルトだ。お前の名は?」
「いぃ!?侯爵様かよっ!にいちゃんすげぇ偉いじゃん!!」
「俺が偉いのではなく父が偉いのだ。俺のことはベルノルトと呼んでいい。」
「ベルノルト…様?何か言いにくいな…。まぁ、いいや!俺はディートハルトっていうんだ!」
こうして私とディートハルトは出会ったのだ。
また来ると言って別れた私は直ぐに父の元に向かった。ディートハルトを何としても我が家に迎え入れるためにな。…まぁ、そこで他領での勝手な行動について叱られたわけだ。
私と護衛達からの話を聞いた父は直ぐに行動に移した。
侯爵家からの依頼であったことと、ディートハルトの両親がすでに亡くなっていたこともあり、直ぐに彼は我が家にやってきた。
立場は侯爵家の騎士見習いであり、私の護衛ということになった。最低限の礼儀作法を身に付けさせるのが最も大変だったな。…今でも実を結んだとは言えぬが。
私は次期当主としての、彼は侯爵家に仕える騎士としての勉学に励みながら、合間を縫って狩りに出掛け、友情を育んでいた。
彼が侯爵家に来てから8年程経った時の事だ。海から巨大魔獣が2体現れ猛威を振るったのは。貴殿も聞いた事があるだろう?その時に最も活躍したのがディートハルトだ。彼の名前はこれを切っ掛けに国を超え他国にまで広がった。
この功績によってすぐさま騎士団に取り立てられた為に彼が我が家の騎士であったことは噂レベルに留まったがな。
「ディートハルトに対して王国騎士団への推挙があった。」
「はい。」
「本来ならば個人の意思で断ることも出来るが、今回の事は陛下も歓迎されている。断ることは許されない。解るな?」
「…はい。」
「…ディートハルトには私から伝えても良いが?」
「お気遣いありがとうございます、父上。ですが私からお伝えいたします。」
「ディートハルト!お前に王国騎士団への入団が許されたぞ!やったな!」
「おお、ベルノルト!…それは何か凄いのか?」
「お前…。王国騎士団だぞ!この国最強の戦闘集団だぞ!国王陛下にお前の力が認められたんだ!」
「おお!国王陛下に!それは凄い!」
「ああ、凄いんだ。だから直ぐに荷造りをしろ。時間をかけては失礼になる。」
「…何故荷造りを?此処から通うのではダメなのか?」
「阿呆。貴族領の中では近いとはいえ、此処から王都まで何日あると思っている?当然我が家を出て王都で暮らすのだ。」
「ならば断る!」
「ふざけるな!陛下がお認めになられたと言っただろう!断ることは許されないのだ!」
「だが俺はこの侯爵家から出たくないぞ!」
「……お前の気持ちは嬉しい。だがこれは決定事項だ。私やお前の我が儘が通る話ではない。」
「だが、俺は…」
「ディートハルト。お前は最強だ。この世の中で誰よりも強い。お前に敵う者を私は知らぬ。だがそれはこの侯爵家の人間だけが知ることだ。世間での最強は王国騎士団だ。その団長だ。私にはそれが我慢ならん。名実ともに最強になれ。それが私の願いだ。」
「……ベルノルトは俺が王国騎士団団長になると嬉しいか?」
「ああ!」
「分かった。俺は王国騎士団団長になる!この国最強の証明をする!」
「よく言った!ならば私も宣言しよう!私は最も良き貴族となる!この国で一番有名な貴族に!」
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●ケスラー侯爵領 ウズベル
「…そうしてディートハルトはあっという間に騎士団長まで登り詰め、英雄として知られるようになったのだ。」
「なんと…。僅か10歳の子供が50を超える魔獣の群れを…!それに子供の頃からの友人であるとは知っていましたが、御二方にそのような物語があるとは。」
「はっはっは。少々長く語り過ぎたな。歳をとるとどうにも話が長くなる。…そろそろディートハルトから何かしらの報せが来るだろう。」
「王国騎士団からの伝令!こちらに接近していた魔獣の群れを撃退に成功!ある程度の追撃を行なった後、帰還するとのことです!」
「なんと!本当に……!!」
「はっはっは。だから心配はいらぬと言ったであろう。我等が英雄は最強なのだから。」
司令室にはケスラー侯爵の嬉しそうな笑い声が響いていたーー。
お読みいただきありがとうございました。




