戦乱の幕開け
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〜現在より5年前〜
●大陸極東 リーズベルト王国国内
【魔の森】監視砦
夜半の砦。見張りの兵士達が雑談をしている。
「ふわぁぁぁ…。寝みぃ…。」
「デカい欠伸だな。ちゃんと寝てるのか?」
「今日は非番の予定だったから朝まで飲んでてそのまま寝てないんだよ…。」
「へぇ、なんで此処にいるんだ?」
「ジョンと代わったんだよ。ほら、あいつ去年結婚しただろ?奥さんが近くの町にいるらしいんだが、早馬が飛んで来たんだよ、産気づいたって。」
「おぉ!そりゃ大変だ!でも勝手に抜けたりしたら厳罰ものだろ?」
「まぁな。だからその場で飛び出していきそうなジョンを掴まえて、ここの責任者のカスパー子爵のとこに行ったのさ。」
「直談判かよ…。根性あんな…。」
「そん時は酒のせいで気が大きくなってたんだよ…。んで、子爵に事情を説明して、宣言しちゃったんだよ。俺がジョンの業務を引き継ぎます!って。」
「で、此処にいると。」
「あぁ…。ふわぁぁぁ…。…やべぇ、寝そう…。」
「はっはっは!頑張れ!自分で言い出した事は守らないとな!気付けに頭を叩いてやろうか?」
「やめろよ…!お前の馬鹿力で叩かれたら逆に永眠するわ!」
此処はリーズベルト王国の東端。隣接する魔鏡、通称【魔の森】を監視するための砦。
【魔の森】は大陸の東側外周に沿うように広がっているため、かなりの数の砦が監視のために造られていた。
戦乱はここから始まるーー。
「ん?」
少しでも眠気を覚まそうと、目を見開いて遠くを見ていた兵士が何かに気づく。
「どうした?」
「いや、なんか森が蠢いてるように見えて…。」
「おいおい、しっかりしてくれよ。突然倒れんなよ?」
もう一人の兵士が笑いながら話しかけるが、相方の兵士は応えない。見れば体が小刻みに震えている。
「おい、マジでヤバいなら少し仮眠を取ってこいよ。」
「………ヤバい…っ!!」
「だからヤバいなら…………?!!!」
無理矢理にでも休ませるか、と近づくと、相方の兵士が森の方を凝視していることに気づく。なんだ?と思い視線を辿り、驚愕の声が漏れる。
「うそだろ……?」
「早く、早く知らせなきゃっ!?」
視線の先にいたのは、魔獣、魔獣、魔獣、魔獣…。森の外周を埋め尽くす程の数えきれない魔獣の群れだった。
「魔獣の暴走だっっ!!!」
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●リーズベルト王国 首都 王城 会議室
王城の会議室はまるで戦場のような騒ぎだった。
「カスパー砦陥落!カスパー子爵は生死不明!」
「カリン砦陥落!カリン男爵は自領に向け撤退中!」
「【魔の森】近郊の貴族領内に魔獣の群れが進入!現在領軍と交戦中!」
「魔獣の群れの中に多数の魔人を確認!」
次から次へと、代わる代わる伝令兵が入ってきては退出して行く。会議室に集った者達は、何とか状況を把握しようとするがすぐに新しい情報が入るため、中々状況を掴めずにいた。
「こんな時期に魔獣の暴走とは…!!」
「何か前兆は無かったのか?!砦の兵士達は何をしていた?!」
「ここ数年、【魔の森】の魔獣の数は減少していたのではなかったのか?!」
「これ程大規模なスタンピードは初めてだぞ!監視砦が全て陥落などありえんだろっ!?」
「陛下っ!このままではっ!!?」
パンっ!
室内の者達を眺めていた国王、フリードリヒ・リーズベルト7世が柏手を一つ打つ。
「皆の者、まずは落ち着くのだ。」
喧々囂々としていた会議室はフリードリヒ7世の言葉で静まる。
「まずは出来ることから始めるのだ。脅威から離れた場所にいる我等が混乱していては話になるまい。
案ずる事はない。我が国は武人の国。騎士や兵士はもちろんのこと、貴族や平民に至るまで、一筋縄ではいかぬ猛者ばかりよ。
熱くなるなとは言わぬ。頭は冷えたまま、心と魂を燃やすのだ。」
「は、はっ!御前をお騒がせして申し訳ありません!」
「そうだ、我々が慌てたところでどうにもならんのだ。そんな事にも気づけぬとは…。」
「陛下の仰る通り、相当冷静さを欠いておりましたな。」
「うむ。では出来る事から始めるのだ!まずは西側の貴族達に援軍の要請を!」
「はっ!」
「国境の警備兵も召集せよ!魔獣の暴走が起きた事を伝えれば共和国も良からぬ動きはせぬだろう。」
「かしこまりました!」
「国内に停留している傭兵団にも要請するのだ。国庫を開く。報酬は言い値で構わん!」
「はっ!」
大小様々な国王の命に従い、文官達が慌ただしく動き始める。そこに最初の混乱は見受けられず、各々が決意に燃えた目をしていた。
「宰相よ、どう思う?」
「はっ!魔獣共の動きが妙ですな。通常の魔獣の暴走ならば彼方此方で暴れまわるものですが、今回のこれは何か目標を持って動いているように見受けられます。」
「ふむ。宰相には奴らが何を目指しているか解らんか?」
「はっ…。陛下はお解りになられるのですか?」
「うむ。奴らはここを目指しておるのよ。」
「王都…でございますか?何故そう思われるので?」
「勘よ。」
「はっ…?勘、でございますか…?」
「はっはっはっ!勘を馬鹿にしてはならんぞ?」
国王の笑い声に何事かと文官達の視線が集まるが、気にするなと手振りで伝え、国王は話を続ける。
「宰相も知っておろうが、若き頃の儂は武者修行と称して【魔の森】へ狩りによく向かっていた。」
「存じております。数多の魔獣や魔人を狩り、その名を轟かせていたとか。」
「はっはっはっ。うむ。自分でも中々のものであったと思っておる。…そうした命のやり取りの中で、苦境は幾度も経験した。死を感じたことも一度や二度ではない。」
「それらを乗り越え、陛下は此処に居られるのですね。」
「うむ。絶体絶命の窮地ではな、己の勘に身を任せるのよ。そうして経験を積み、勘を磨き、儂は此処まで生きてきた。その勘が伝えるのだ。奴らは此処を目指している、奴らは儂の首を狙っている、とな。」
「それは……?!」
「グリント伯爵より伝令!伯爵領軍は領民を護衛しながらケスラー侯爵領へ撤退中!侯爵軍と共同で敵を迎え撃つとのことです!」
「オスカー子爵より伝令!子爵軍はケスラー侯爵の指揮下に入るとのことです!」
「っ!陛下、これは…!!」
「はっはっはっ!流石はグリント、オスカー、ケスラーよ!彼らもまた、武勇で名を馳せた武人。儂同様に魔獣共の狙いが王都であると読んだらしい。東から王都に向かうにはケスラー侯爵領を通らねばならんからな。」
「なんと…!しかし、魔獣がそのような戦略的目標を持って動くものでしょうか?いくら知性があるとは言っても…?」
「宰相よ。これは魔獣の暴走では無いぞ?連中の中に魔人を多数確認したという報告があったであろう?奴らには統率者がいるのだ。」
「まさかっ……!!」
「これは戦争よ。それも国の存亡を賭けた大戦よ!!来るが良い、魔獣共!魔人共!儂の国は手強いぞ?ははははははっ!」
獰猛な笑みで国王が哄笑する。
そんな国王を宰相は絶句しながら見つめていたーー。
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●リーズベルト王国 ケスラー侯爵領
ウズベル 領主の居城
「閣下。王都より援軍の方々が参られました。」
「うむ。入ってもらえ。」
ここはケスラー侯爵領内最大の街ウズベル。この街にあるケスラー侯爵の居城には多くの貴族、領軍兵、国軍兵が詰めていた。
領軍と国軍は普段はあまり仲が良くないが、多くの指揮官がすでに死亡していることもあり、現在はケスラー侯爵の下一つに纏まっていた。
これはケスラー侯爵が武人として有名であり、兵士達からの人望が高いことと、他の上位者であるグリント伯爵とオスカー子爵が、ケスラー侯爵の指揮下に入ることを認めているからだった。
「失礼する!久しぶりだな!ベルノルト殿!」
そう言って部屋に入ってきたのは、無骨ながらも歴戦の風格を漂わせる鎧を身につけた美丈夫だった。
「誰かと思えば、王都からの援軍を率いて来たのは貴殿だったのか、リーン騎士団長。」
「うぬぅ、そのような呼び方をせずに、ディートハルトと呼んでくれ!昔の様に!」
「ここは軍議の場、つまり公の場だ。貴殿も王国騎士団団長にして伯爵の爵位を持つ貴族なのだから、発言には気を配りたまえ。」
苦笑しながらベルノルト・ケスラー侯爵が、ディートハルト・リーン騎士団長に嗜めるように言う。
「うぬぅぅ、…はっ!よく見ればデニス殿にエッケハルト殿も居るではないか!御二人からもベルノルト殿に言ってくれ!」
「久しぶりだな、リーン伯爵。残念なことだが私もケスラー侯爵に賛成だ。」
「相変わらずですね、リーン卿。私は子爵ですから、ケスラー侯爵のお言葉に逆らう術を持ちません。」
デニス・グリント伯爵とエッケハルト・オスカー子爵がそれぞれ挨拶を交わす。
「オスカー子爵、その言い方ではまるで本心は別だという風に聞こえるぞ?」
「いえいえ、とんでもない。侯爵閣下のお言葉に反対しようなど、考えたこともございませんとも。」
オスカー子爵のその言葉に、ケスラー侯爵とグリント伯爵が笑い出す。
「ぐぬぬぬぬ…。」
ディートハルトが不満そうに唸りを上げ、ケスラー侯爵が溜息を吐いて苦笑する。
「仕方ない…、貴殿にヘソを曲げられると軍議に響くからな。この場は無礼講としよう!皆も今日のところは見て見ぬフリをしてくれ!」
「はっ!承知いたしました!」
ケスラー侯爵がそう言うと、注目していた周囲の者達が返事をする。
「流石はベルノルト殿だ!大いなる海のように心が広い!」
不満そうにしていたディートハルトだが、ケスラー侯爵の言葉を聞いて顔を輝かせる。無意味に顔がいい彼のその笑顔に、思わず見惚れてしまう者が続出した。
ちなみに王都では、理想の男性という話題に、およそ8割の女性がディートハルトの名を挙げる。その事についてケスラー侯爵が、『私に娘はいないが、居たとしてもアレを婿には選ばない。』と、言ったとか。
「さて、改めて…よく来てくれた、ディートハルト殿。貴殿がいれば何より心強い。」
「よしてくれ、ベルノルト殿。友の危機、延いてはこの国の危機なのだ。私が駆けつけるのは当然だろう。」
「ディートハルト殿、どの程度の戦力を率いて来られたのですか?」
「うむ。私は王国騎士団500を率いて来た!明日ぐらいには国軍兵5000に大量の食料も到着するはずだ!」
オスカー子爵の問いにディートハルトが答える。
「王国騎士団500!全軍ではないか!?」
「それに国軍5000とは…!王都の方々も思い切ったな…。」
「王都の護りは大丈夫なのか…?」
「食料とは有り難い。敗残兵や難民を迎え入れているおかげで心許なかったのだ。」
救援に来た戦力に周囲がざわめく。
「ふむ、なるほどな。どうやら陛下には随分と心配をかけてしまっているらしい。」
「そのようですな。それにどうやら王都も連中が此処を抜けて王都を目指すと思っているようですな。」
ケスラー侯爵が苦笑を滲ませ、グリント伯爵が答える。
「しかし、魔獣共がこの街を無視して王都を目指す可能性はないのでしょうか?」
文官の一人がそう疑問を呈する。
「この街を無視する事はあるまい。魔獣共の指揮官がどの程度のものかは判らぬが、此処の戦力を放置する危険は理解出来るだろう。」
「それに報告によれば連中はご丁寧にも街や村を潰し回っているそうだ。まるで我々を根絶やしにするかのようにな。」
と、ケスラー侯爵、グリント伯爵が答える。
「仮に別働隊のようなものが王都に向かったとしても、この街から兵を出し後背を突けばいい。王都にも護りの兵はいるのでしょう?」
「その通りだ、エッケハルト殿。今向かっている国軍兵のほとんどは国境警備から引き抜いてきた者たちなのでな。王都の兵力はあまり減って居ない。此処に押し寄せた魔獣共を殲滅し、援軍に駆けつけるだけの時間は稼げるだろう。」
オスカー子爵が問えばディートハルトが答える。
昔からの友人であるこの4人。互いの性格や力量は熟知しており、強い信頼関係で結ばれている。
この4人が揃った状況で敗北などあり得ぬ。その思いは周囲にも伝播して行き、危機的状況ではあるが落ち着いて話を進められていた。
兵力は充分。各地からの敗残兵や撤退してきた軍を吸収し、すでに街に収まりきれないほど。食料の問題が噴出していたが、それも明日の来援で解決される。
指揮系統も問題ない。ここは武人の国。ケスラー侯爵の権威は確立出来ているし、指揮を採れる貴族の数は他国の比でない。
来るなら来い!返り討ちにしてやる!
兵も貴族も平民達でさえ、いずれ来る魔獣の群れを迎え撃つ覚悟は完了していたーー。
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●リーズベルト王国 某所
「エンファ様。」
「あら?どうしたの?」
「どうやらこの先の街に大量の人間共が集まっているようです。」
「あらぁ?王都とやらに逃げ込んでいるのだと思っていたけど、こんなところに集まってるのねぇ。」
「おそらく我々を迎え撃つつもりなのでしょう。」
「妾達を迎え撃つぅ?人間がぁ?…あはははははっ!面白いわぁ。面白くって、とっても妬ましいわぁ。いいでしょう。このまま王都まで向かおうと思っていたけど予定変更よぉ。」
「了解いたしました。」
「妾たちを狩りの獲物としてしか見ていなかった人間に、どちらが狩られる側なのかを教えてあげないといけないものねぇ。」
お読みいただきありがとうございました!




