さすらう3
心臓を一突きか……。
「あの兎……将来は魔王に違いない」
再び目覚めるとTシャツの胸の所に穴が。ほのかに覚えている記憶には、突進力を活かした兎の攻撃を受けて、「……ぐはぁ……」とか言ってる俺がいたとかいないとか。
「魔王候補と早々に相見えるとは……ふっ。始まっちまったな、伝説」
無駄にキラリと歯を輝かせて三度立ち上がる。
負けても何度も立ち上がる俺の勇姿にチビッコ達が大興奮ですよ。ショーの最後にアンコールですよ。
いい加減無事な荷物袋に違和感とか覚えるよ。ここにコア入れてる限り無敵なんじゃね?
荷物袋を持ち上げてマジマジと見つめるが変な様子は見受けられず。俺に鑑定系の能力が無いことはわかった。
血だらけで穴の空いたTシャツを着た軽装の男が街道に到着。ワタシです。
あとは街道を歩いて街へ。冒険者登録して俺杖。ハーレムからのレジェンドですね。楽勝ですね。
なんて、
「む! り! だからぁあああああああああああああああ!?」
発作的に上げた叫び声が空に吸い込まれていく。現代日本で叫び声を上げようものなら即ピーポーだから少しスッキリ。やだ店長の悪口とかも叫ぼうかしら?
「いやいやいやいや無理! 無理無理無理無理! なんかすげぇ能力とか貰わんことにはあ!? こんな寝間着で森放置とかハードモードが過ぎるわっ。むしろ普通の人よりやや劣ってるスペックだからっ。高卒ですから!コンビニ店員ですからっ!」
全然やっていける気がしない。知識チートとか発揮できるくらい優秀ならそもそも就職くらいできるからっ! ハーレム作れるくらいの器量があるなら彼女ぐらいできるからっ!
文明の利器も無けりゃあ頭の出来も良くない。ジャンクフードも飲み屋もない。力も金も家もないっ!
「やって、らんねぇえええええええ!」
しかも角が生えてるってだけの兎に負けるほど弱いんだよ!? どうやってダンジョンに君臨するんですかもうっ!
「はぁ、はぁ……」
まあまあスッキリ。
「……歩くか」
うちの近くの歩道で絶叫なんてしたら補導されちゃうが世の定め。……しかしなんだ? こんなにシャウトしたのとか何時ぶりだろうか………………小学校の時に出た大声コンテストぐらいしか思いだせん。あの時は羞恥心が邪魔して入選も駄目だったんだよなー。
そんな物思いに耽りながら街道を歩く。なんとなく見上げた空には変わらぬ太陽。別に不自然に大きかったり二個に分裂してたりしない。
「……まだドッキリの可能性があるな。あるね」
希望は決して捨てないのがあすなろ男子の性だ。夢なのに痛かったとかは考えない。むしろ夢だから痛かったに俺は一票入れたい。
「大体、異世界召喚されるなら勇者が良かった。もう騙されてもいいから綺麗なお姫様的な人に抱きつかれて『ヘルプミー』とか言われたかった。ダンマスってなんだ。最近の流行りを踏襲ですか? 出てくるモンスターより弱いマスターってなんですか? 知略系ですか? しかし私の偏差値は五十三です残念。あと二回のっ!? ったいなぁ!」
素足で歩いていたせいか尖った石を踏み抜いてしまい、足の裏から血が!? 思わずうずくまり足を押さえる。
「……おぅ。残機が二機減るよりも、こっちの方が地味にヘコむな。……痛い。誰か僕に消毒スプレーと絆創膏をください」
なんか涙も出てきたよ! やだー、お家かえゆー。
半泣きで痛みを堪える俺の後ろから荒々しい足音が近付いてきた。思わず振り返るとマッチョな皮装備の方々が走ってくるのが見えた。なにあれ怖い。
「……えーい、次から次へと」
「大丈夫か!?」
もしかしたら俺に用は無い可能性を考えて、ヒョコヒョコと道の端に寄ったのだが、バッチリと顔を合わせて声を掛けられる。
「いえ駄目です」
「うぉい!? 駄目か!」
なに驚いてんだ、このおじさんは。見るからに駄目だろ。血だらけだよ俺。ボロボロだよ俺。主に精神が。
「酷い怪我じゃねえか! 魔物にやられたのか? しっかりしろ。今、回復薬を……」
「あ、大丈夫です。足切っただけなんで」
「どこがだよ!? 血だらけで……」
「ハンスキン、ちょっと落ち着け」
「ハンスさん、そいつ血だらけだけど、なんか今すぐ死にそうには見えないッス」
茶髪を短く刈り上げたマッチョの後ろから、辺りを警戒しながらスキンヘッドのマッチョと金髪の細マッチョが声を掛けてくる。
「……おお? そういや結構しっかり受け答えしてんな。なんだ、なにがあった? お前だよな、叫び声を上げてたのって?」
諫められた茶髪のマッチョが問い掛けてくる。
…………あれが原因ですか。そうですか。
「いえ、ちょっと尖った石を踏んで血が出たので」
「それだけぇ!?」
「あと魔物にも襲われて」
「普通そっちが先じゃね!?」
「そっちは、ちょっと二度ほど死に目にあっただけなんで大したことないんですが……」
「人生の一大事だろ!」
「尖った石は俺の足の裏をちょっと切っていったんで…………泣いてました。思わず叫ぶほどに」
「もっと叫ぶところあるだろう!?」
「ハンスキン。落ち着けハンスキン。多分、からかわれてるんだ」
「至って真面目です」
「……そうか」
「だーから放っておきましょうって言ったじゃないッスかぁ。男の叫び声なんて絶対碌なことないですって」
「同感です」
「……いや、あんたが言っていいことじゃねえッス」
足の痛みには慣れてきたが、傷は回復しなかった。どうやら死んだら蘇ることができるようだが、一々傷の回復はしないらしい。なんて不便。つまり傷を治すためには一回死ぬ必要があると?
俺は疲れた表情を浮かべる目の前のマッチョに頼んだ。
「すいません」
「……なんだよ?」
「ちょっと俺のこと殺してくれません?」
「嫌だよっ!? なに言っちゃってんだお前!」
「できれば痛くないようにお願いします」
「嫌だって言ってんだろ!? なんで受けた形になってんだよ!」
「でも足が痛くって」
「お前の中で足が痛いってどんだけ悲観することなんだよ!」
「もう! じゃあどうすればいいんですか!」
「こっちが聞きたいわ!」
スキンヘッドに、魔物を呼ぶから、と止められるまで、ここぞとばかりに不満を茶髪マッチョにぶつけた。
なんだかんだで茶髪マッチョはこちらの無礼な物言いにも一々反応してくれた。良い奴だ。もちろん普段ならコワモテのマッチョにこんな言い方したりしないが。
今は現実逃避が俺の心の十割を占めていた。
今なら異世界転生とか考えた奴に説教できる、と思う。
「もうほんと、誰か助けてくれええええええええええ!」
作者
「助けましょう」