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8話 自暴自棄

 魔王室で一息ついた俺たちは、サキュレに事情を説明しに行く。


「――というわけで、心配はないそうだ」

「なるほどね。なら安心だわぁ」


 機能に引き続き来ることになってしまったが、相変わらず目に悪い部屋だ。

 なぜ医務室の壁紙が全面桃色になっているのか。

 いや、たしかにサキュレの裁量に任せている範囲ではあるのだが、目への刺激が凄いんだが。


 しかしサキュレは自身の髪色と同じ壁紙について気にするそぶりも見せず、壁際に控えていたアリスに目を付ける。


「あらアリスちゃん、また来てくれたのね」

「し、仕事ですから!」


 鮮やかなピンクの舌をだし艶美に舌なめずりをするサキュレに、アリスはザザッと壁に身を寄せる。


「……あら? もしかしてあたし、嫌われてる?」

「今更気づいたのか?」


 むしろなんでいままで好かれてると思ってた。

 たしかにサキュレに悩殺される魔族は男女問わず多いが、全員が全員というわけでもない。

 アリスはそちら側ではなかったというだけの話だ。


 サキュレはアリスのおびえたような様子を見ながら瑞々しい唇に人差し指を触れる。

 そしてそのままアリスに投げキッスをした。


「あたしに魅了されないなんて、変わった子ねぇ。……ちゅっ」

「っ……!」


 フェロモンの塊みたいな存在のサキュレにそんなことをされて顔が赤くなってしまったアリスに非はないだろう。

 それを見たサキュレは満足げに微笑を浮かべる。


「ああ、よかったわ。単に理性が強いだけみたい。安心したわぁ」

「俺の秘書を実験台にするな」

「ま、魔王様!」


 アリスは俺を救世主でも見るかのように見つめる。

 いつも散々言っているくせに、お前も都合がいいやつだな。まあいいけど。


「……あらあら、へぇー」

「なんだよ」


 サキュレは細い手で口を押さえ、ニヤニヤと笑っている。

 これに限っては、小悪魔というよりはおせっかいの姉が浮かべるような笑みだ。

 サキュレはその笑みを浮かべたまま俺の方に近寄ってくる。

 そして俺の胸板に人差し指でぐりぐりと触れた。


「あたしぃ、魔王様と楽しいことしたいなぁ~」

「一人でしてろ」


 俺に色目を使うな。

 俺はお前みたいなフェロモンむんむんさせてるやつが苦手なんだ。


「ああんもう、つれないんだからぁ」


 俺のにべもない返答に、サキュレはくるりと回って踵を返す。

 そこに、慌てたようなアリスの声が飛んだ。


「駄目ですよサキュレさん! そんな、ふ、ふしだらなことは私が許しませんからねっ!」

「……ねえアリス、あなたはこういうことは興味ないのかしら?」

「あ、ありません! ハレンチすぎますよ!? ちょっとだけあります!」


 その言葉が発された瞬間、医務室の時間が止まった。

 うわあ……。

 これはもう、なんとも言い難いというか、とにかくあれだな。これ以上なくご愁傷様だな。


「……泣きそうなんですけど」


 アリスは顔を熟れた果実のように真っ赤に赤面させ、ぼそりと呟く。


「ご、ごめんなさい……」


 これにはサキュレもたまらず真面目に謝った。

 まさかサキュレが真面目に謝罪する日が来るなんてな。

 こんな光景が見られるとは思わなかった。


「サキュレさんなんかもう嫌いです! 好きです!」

「あ、ありがとう……で、いいのかしら」

「……もう嫌ぁ!」


 アリスはついに限界を迎えたようで、床にぺたんと腰を落とす。

 こうなるともう駄目だな。

 こうも発言という発言全てが裏目裏目にでるやつもいるものなのか。かわいそうに……。


 気の毒そうにアリスを見ていると、アリスはなぜか不意に笑いだす。


「おい、どうしたアリス」

「あはははは! どうしたんですか二人とも、笑ってくださいよ! 惨めな私を笑ってくださいよぉ!」


 うわあ……。何これ、どうしたらいいの。


「いたたまれねえ……」

「笑って……くださいよぉ……。じゃなきゃもう……」


 アリスは笑顔から一転涙目になり、俯いてグズりだす。

 さすがに同情しかない。

 意図せずとはいえ元凶となってしまったサキュレもこれには動揺したようで、アリスのもとに近づいて背中を擦ってやる。


「あ、アリスちゃん、ごめんなさい! あたしが悪かったわよね。あたしのことどうとでも好きにしていいから、それでなんとか許してくれないかしら……?」


 その言葉に、顔を上げたアリスはサキュレの豊満なボディーを見ながら言った。


「……ぐすっ……サキュレさんのような、魅力的な女性になるにはどうしたらいいんですか」


 なに聞いてるのお前。


「何言ってるのよアリスちゃん。あなたは今のままで充分魅力的じゃない」

「そんな言葉は信用できません! だって私は……む、胸も小さいですし、性格も……良くないですし……ぐすっ。なんですか私は! いいとこないじゃないですか!」


 なんか自分にキレだしたぞ……。

 子供のようにバンバンよ床を叩き、わぁわぁと泣くアリス。


 さすがにサキュレにもお手上げのようで、俺の方へと近づいてきた。

 そしてアリスに聞こえない様、耳元で言う。


「ちょっと魔王様、なんとかならないかしら」

「俺かよ!?」

「お願い、さすがにあの状態じゃあたしじゃ無理だわ。……というより、きっと魔王様以外じゃ無理ね」


 俺以外じゃ無理? どういうことだ……?

 ……ああ、俺が一番一緒にいる期間が長いとか、そういうことか?

 まあ俺としても、魔王軍の同じ仲間が泣いているのを見過ごしておけるほど情がないわけでもない。

 俺はしゃがみこんでいるアリスに近づき、その方をポンポンと叩いた。


「なあアリス」

「ぐすっ……なんですか、魔王様。こんな私になんのご用ですか」


 すごいやさぐれてるなぁ。

 俺は屈みこみ、アリスと目線を合わせる。

 涙を溜めこんだ金の瞳がキラキラと光を反射して輝いていた。


「俺はそのままのお前が好きだよ」

「……本当ですか?」

「ああ、本当だ。じゃなきゃ魔王軍に迎え入れたりはしない」


 これは俺の本心だ。

 しかし、アリスはまだ半信半疑のようだ。


「このままの私と胸が大きい私なら、どっちがいいですか」


 なんだその質問は……。


「今目の前にいるアリスが一番だ」


 そう答えると、アリスは小さく一つ頷いた。

 しかしまだ言いたいことがあるようだ。


「……でも私、性格悪いです」


 アリスはそう言うが、そんなことは心配するまでもないことだ。


「魔王軍でやっていくにはそのくらいがちょうどいいだろ。ただのいいやつだと俺みたいに苦労することになる」


 魔王の俺が言うのもなんだが、なんせこの魔王軍にはまともな性格のやつなんてほとんど皆無なんだから。

 例外は俺くらいなものだ。いや、本当に。

 俺は自分を指で指し示し、アリスに笑いかける。


「寝言は寝ていってください」

「酷くないか!?」

「冗談です……えへへ」


 そう言って、アリスはやっと笑ってくれた。





 平静を取り戻したアリスは俺とサキュレに頭を下げる。


「お手数おかけしました。不肖アリス、ただいま完全復活とさせていただきます」

「今回のことはあたしの責が大きいわ。ごめんなさいねぇ。謝罪の気持ちは今度ゆっくり身体で伝えさせてもらうわぁ」


 そう言って、サキュレはアリスに密着する。

 サキュレ、お前は謝り方というものを一度勉強するべきだ。


「だ、大丈夫です! もう許しました、許しましたから!」

「アリスちゃんは心が広いのねぇ。ありがとう。感謝するわ」

「きょ、恐縮です」


 顔を綻ばせるサキュレと顔を固くするアリスの対比が面白いな、と他人事のように思った俺だった。




 ところ変わって魔王室。

 医務室から帰ってきた俺とアリスは紅茶を飲みながら一息ついている。


「今度から、サキュレさんのところに行くときは私は同席しないというのはどうでしょうか」


 どうやら完全にサキュレに対して苦手意識がついたらしい。

 アイツに対する反応は完全に二分するからな。ちなみに俺も合わなかった側だ。


 俺はアリスの提案に首を横に振る。


「却下だ。俺が一人で行ったら俺が餌食になるだろ。お前がいればそれを盾にできる」

「……ちょっと魔王様!? そんなこと考えてたんですか!?」


 アリスが非難の声を上げた。

 飲んでいた紅茶を置き、俺の方に驚いた顔を向ける。


「ちょっとだけな」

「そんなこと考える人のどこが性格良いんですか! この悪辣為政者!」

「だって俺魔王だしぃー。悪辣で結構っていうかぁー」


 俺の人を食ったような態度にアリスはわなわなと震えだす。

 そして次々と俺に悪口を言い放った。


「卑怯者! あんぽんたん! まぬけ!」

「ふはははは! 罵倒が気持ちいいわ!」


 俺はマントをバサリと広げ、邪悪な笑い声を出す。

 久しく魔王らしい台詞を吐いていなかったからな。これはこれでいいものだ。

 やはり俺は魔王、こういう台詞が似合――


「え、なんですかそれ。ドン引きです」

「なんでお前俺が調子乗って来るとすぐに引いちゃうんだよ」


 もうちょっと付き合ってくれてもいいだろ。けちんぼめ!

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