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6話 サキュレ【種族:サキュバス】

 魔王室の朝は静かだ。

 俺とアリスしかいない空間というのは、口に出しはしないが中々心地いいものである。

 だが、いつまでもそうは言っていられない。

 俺は魔王軍のトップ、魔王だからな。


「今日の予定は何かあるか?」


 俺はデスクで執務作業を行うアリスに尋ねる。

 アリスは立ち上がり、俺の傍に立ち控えた。


「予定はありませんが、最近戦闘部隊のほうで怪我人が増えている傾向が見られます。なので、医療部門の担当者であるサキュレさんにお話を伺ってはどうかと思われます」


 怪我人が増えている……それはたしかに何か問題につながりそうな気配がするな。

 近頃は長いこと平和であったはずだが、また何か起きているのかもしれない。

 であれば、今必要なのは迅速な対応だ。


「ふむ……では、行くとしよう」

「かしこまりました」


 俺たちはサキュレのいる医務室へと向かった。





 医務室へとたどり着いた俺の鼻に、甘い臭いが入ってくる。

 その匂いは医務室の中から漂ってきていた。


「邪魔するぞ」

「あら、いらっしゃい。魔王様がここに来るなんて珍しいわね」


 そこにいたのは、辺りに漂う甘い臭いの元凶だった。

 魔王軍の医療部門担当、サキュレだ。

 サキュバスであるサキュレは桃色の髪を肩まで伸ばし、胸元を大胆に露出した白いシャツの上に白衣を纏っている。

 白衣の背中側に開けられた穴からは、一対の黒い翼が飛び出していた。

 白衣をこれだけ官能的に着こなす医者もサキュレぐらいなものだろう。


「俺はお前が苦手だからな」


 そのジャムを煮詰めたような話し方はいいとしても、性格がいただけない。

 具体的に言うと、エロい。目の前の女医はエロ過ぎるのだ。


「あたしは好きよ? 魔王様のこと」


 サキュレはそう言って、彼女自慢のハートマークが浮かんだ桃色の瞳で俺を見つめる。

 そして器用にウィンクしながら投げキッスをしてきた。

 こういう動作が似合うあたり、さすがは正真正銘本物の小悪魔といったところだ。


「勘弁してくれ……」


 俺はサキュレに苦々しく断りを入れる。


 サキュレは男も女もいけるらしく、その妖艶な見た目に吸い寄せられる魔族は後を絶たない。

 そして彼らは大抵翌日には干からびたようになって発見される。

 復帰までに一週間かかることもあり魔王軍の長としては勘弁してほしいのだが、いかんせん腕がある上に被害者が皆幸せそうなので強くも言えないのだ。


「好意を寄せる女に向かって勘弁してくれだなんて酷い人ねぇ。そうは思わない、アリスちゃん?」

「魔王様はダントツで性根が腐っていると思います。尊敬してます」


 そう言うアリスの目線は何故かサキュレの顔よりも少し下を向いていた。


「よかったわねぇ、尊敬されてて……あらぁ?」


 それに気づいたサキュレはその目線の向かう先を確かめる。

 そこにあったのは、巨大な双丘だった。

 アリスのやつ、何を見てるんだ。仕事中だぞ。


「す、すみません、無礼でした」


 自らの失態に気づいたアリスは顔を赤くして謝罪する。


「なぁに、気になるのぉ?」


 情欲的に微笑むサキュレは胸元のボタンを一つ開け、上下に揺らし出す。

 ただでさえかなり大胆に露出されていた胸元は、もはや今にも零れんばかりの様相だ。


「うわぁ、ばいんばいんしてます……」


 アリスは顔を赤らめてそれを見る。

 なんだその感想。

 仕事中だぞお前。


「うふふ、可愛いわねぇ」


 サキュレは立ち上がり、桃色の髪を耳にかけながら一歩ずつアリスの方へと歩きだす。

 そしてアリスの細腕をとり、自身の胸に当てた。


「あ、柔らかい……」


 そういう生々しい感想やめてくれない?

 仕事中! アリス、お前今仕事中!


「何してんだお前ら。アリス、正気に戻れ」


 俺の言葉に、アリスはようやくまともな精神状態に戻ったらしい。

 顔をカァッと真っ赤にしながらサキュレの胸から手を離す。


「ハッ! し、失礼しました! で、でも胸は大きければいいってもんでもないですから! もっと大きくなりたいです」


 リアクションに困る本音を言うのは止めてもらいたい。

 というか、いつの間にこんな話になった。俺は戦闘部隊の怪我人が増えてることについて聞きに来たはずなんだが……。


「大丈夫よぉ。あたしはどっちでも好きだし、あたしの見立てによると魔王様は小さい方が好みの顔してるから」


 どんな顔だそれは。


「そ、そうなんですか魔王様!?」


 なんてことだ、サキュレのせいで俺までこの会話に巻き込まれてしまった。

 というかなんで俺が性的嗜好をお前に暴露しなきゃならないんだ……。


 アリスはその金色の目で俺をジッと見つめてくる。

 ……言わなきゃいつまでもしつこそうだな。仕方ない。


「胸とか見かけとか、そんなことは関係ない。ただ……俺を思ってくれる人がいいなぁ、とは……思う」


 なんだこれは。なんだこの罰ゲームは。

 なんで俺がこんなことを発表しなきゃならない。


「素敵な考え方ですね。好感が持てます。……魔王様にしては」

「なんで一々上から目線なんだお前は」


 さっきまで人の胸揉んで「柔らかい……」とか言ってたやつの発言とは思えないぞ。


「あらあら、初心ねえ。チューしたくなっちゃうわぁ。ちなみにあたしの好きなタイプは生物よ。生きてさえいれば男でも女でも大体ムラムラするの」

「色欲魔のお前は黙っててくれ……」


 守備範囲の広さにも限度ってもんがあるぞ。






 少しして、落ち着いたところで俺は話を切り出すことにした。

 やっとだ。ようやく本題に入れる。


「最近戦闘部隊の方で怪我人が増えてきてるというのは本当なのか?」

「そうね、確かに最近は多い気もするわ。一度見に行ってあげた方がいいんじゃなぁい? ああ、でも今日は何か催し事をしてるって聞いたから、行くなら明日が良いかもしれないわ」

「サキュレさんの言う通り、今日は戦闘部隊部隊長のタウロスさんが中心となって、仲間内で武を競う大会のようなものを開いているようです」


 なるほど……そこに俺が乱入しては部隊の仲間たちに動揺が広がってしまうかもしれないな。

 俺自身としては必要以上に敬わなくてもいいと思っているのだが、それを強制することもできない。

 俺がその場に現れたら大会どころではなくなってしまう可能性がある。


「そうか、なら明日だな……。ありがとうサキュレ、参考になった」


 そう言って帰ろうとする俺を、サキュレの腕が止めた。

 振り返る俺の視界に上目遣いのサキュレが映りこむ。


「言葉のお礼はいらないわぁ。お礼は身体で払ってほしいの」

「……アリス、あとは任せた」


 俺はアリスを身代りに、むりやり医務室を突破した。


「……え、ちょっと、魔王様!?」

「アリスちゃん、あなた可愛い顔してるわよね。前から気になってたのよぉ。ねえ、気持ちイイことに興味なぁい?」

「あ、いえ、私はあの、そういうことはちょっと……魔王様、帰ってきてください! 魔王様ーっ!」


 ありがとうアリス、お前は俺の自慢の秘書だ!

 お前の犠牲は忘れない!


 医務室から聞こえてくるアリスの悲鳴を背に、俺は廊下を駆けるのだった。

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